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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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振り返らない悪人

 

 右大臣は、第2王女の部屋の前で立ち往生していた。


(まずい・・・!)


 追い出されてしまった。

 このままでは、アリシアがすべてを話してしまうかもしれない。いや、話してしまうだろう。右大臣が部屋に入った瞬間の彼女の顔は、完全に覚悟をした顔だった。右大臣を見て揺らいだようだったが、見張っていなければそれも束の間のことだろう。


(まずい・・・・・・まずいまずいまずい。非常に、まずいぞ、これは。)


 右大臣は歯噛みし、脳みそをフル回転させだした。どうすればいいのだろう?

 同時に、いつまでも部屋の前にいては怪しまれてしまうので、他所へ向けて足を踏み出した。

 歩きながら思考を進める。


(落ち着け、私の目的は何だ? 王権の奪取だ。目的を見失うな。そのためには手段を選ばない。さぁ、まず、何をすればいい? 王権を手にするために――――――)


 そもそもの始まりを思い返す。

 右大臣アルシエ・スティングル。若くしてこの地位に就けたのは、ひとえに彼の血の滲むような努力の成果である。彼の偉大なところは、その“努力”の方向が―――――ミシェルや騎士団副団長のように―――――悪さへ向かわなかったところだ。


 スティングル家は、もとは大臣を輩出している最上級貴族のひとつであった。

 しかし、アリシアが生まれる少し前――――――アルシエが7歳になったばかりの頃、没落した。

 下剋上を狙ったある家が、左大臣の家と結託し、当時の右大臣―――つまりアルシエの父親を、嵌めたのである。

 結果、アルシエの父親は職を追われ、家格は急下降。それでも最下層に行くことなく、中流貴族として生き残れたのは流石と言うべきか。


 ちなみに、アリシアにはこの事を教えていない。最初から、スティングル家は中流貴族だと思い込まされている。誰ぞに余計な事を吹き込まれないよう、社交にも出さなかった。


 父親は、数年後に過労が祟って亡くなった。彼が最期に遺した言葉は『恨むな。』であったことを、アルシエは未だ鮮明に覚えている。

 当時、アルシエにその言葉が指すことは分からなかった。しかし、はっきりと子供心に思ったのである。


『僕が頑張らなければいけない。僕が、家族を支えていかなきゃいけないんだ・・・!』


 家族3人と数少ない使用人たちを養うために、最も効率良く、最も早く、最も安定している職は何か? ――――――政府の役人だ。

 思い立ったが吉日を地で行うアルシエは、即座に政府に入った。目覚ましい活躍を上げ、明確な功績を積み、自分を妬みそうな輩は事前に味方に付け、異例のスピード出世を実現させた。

 その最中、母親が亡くなった。5年前―――すなわち、アルシエが右大臣になる直前のことであった。原因は過労と心労。

 その時、アルシエは思ったのである。


『過労の原因は没落したことにある。つまり、没落さえしなければ、両親がこんなにも早く死ぬことはなかったのでは?』


 没落した原因はどこにある? ――――――父を嵌めた奴らと、陰謀に気付かず父を裁いた国家にある!


 それからだ。

 復讐を考え始めたのは。

 ちょうどその頃、アルシエはジキルと知り合った。彼は復讐を目論むアルシエに、幾つかの提案と幾人かの紹介をした。

 アリシアを王宮に呼び、計画に一枚噛ませることを提案したのも、ジキルである。

 それから準備を重ね、ようやく実行に至ったのだが、まるで何かの意思が働いているかのように、上手く進んでいかない。

 しかし、


(ここまで来て・・・――――――)


 引き下がるわけにはいかないのである。

 右大臣は息を吸って、止めた。


(――――――私は目的を達成する。・・・たとえ、妹を傷つけることになろうとも、絶対に。)


 それが私の生きる理由だ、と、右大臣は断言できる。

 廊下の角の少し沈んだ死角に、男が1人、ひっそりと立っていた。右大臣はそれに気付きながら、一瞥もせずに通り過ぎる。男は当然のように、右大臣の斜め後ろ、2、3歩を開けて恭しく付いてくる。


「――――――ジキル。」

「はっ。」

「・・・・・・やれ。」

「承知いたしました。」


 悪魔の従者は深々と一礼して、決して振り返らない悪人を見送った。

 

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