店主のお節介
(まったくおんなじ順番だなー。)
と、店主は意味もなく思った。
何が、というと、3種のサンドイッチを食べる順番が、である。商人と従者とで、見事に一致した。
卵・ツナマヨ・ハム
合間合間にコーヒーを一口挟むところまで同じである。店主占い(当たるも当たらぬも自己満足)によれば、2人の相性は最高。しかし、
(・・・・・・まぁ、もう意味ないか。)
何せ再会の目処は無いのである。
立場がもう少し違えば、或いは出会いのタイミングが違ったなら、きっと結ばれていたに違いない。
従者はサンドイッチをさらっと食べ終えて、半分ほど残っていたコーヒーをストレートのまま飲み干した。
――――――その手がカップを離さない。視線はどこか虚ろで、うつむきがちだ。
(あー・・・なんつーの? 恋する乙女の悩み、って感じじゃなさそうだなぁ。もっと深刻な感じ・・・・・・?)
店主はタイミングを見て皿を回収し、空のカップには請われる前におかわりを注いだ。従者はなにも言わずに厚意に甘んじている。
これでも客商売に携わり数十年の店主。なんとなく、客の望みは察せられる。たまに迂闊な言動をすることはあるが、気を抜かなければお客を不愉快にさせることは大抵ない。
(何に悩んでんだか・・・。)
面倒臭そうなのでまかり間違っても関わりたくないが。声すらかけたくない。そのまま氷のように溶けていってほしい――――――本音とはいえ、そうも言ってられない。彼には声をかけなければならない理由があった。
髪を掻いて、意を決す。
「――――――あの、すみません。」
「・・・あ、はいっ?」
「これ、ええと、フェルリーさん・・・さっきの、商人さんから、貴女へ、って預かった物なんですけど・・・――――――」
「えっ?!」
わかりやすく目が輝いた。
カウンターに預かり物を置く。シンプルな髪飾りだ。茶色い革紐に、銀でできた小さな花が付いている。5枚に分かれた花びらは、先の方へ行くにつれ、ほんのり青くなっていく。かなり精巧に作られている。
元々は別の物だったのを、商人がこの場で器用にくっ付けて作った一品だ。
従者の目はそれに釘付けになっている。
しかし手は出さない。見ることだけに全力を注いでいる。目だけが残って後は死んだかのような硬直っぷり。
店主は静かに溜め息をついた。
仮にも、人生経験の長いおっさん――――――大人である。こんな時どんな言葉をかければいいか、嫌になるほどよく分かる。
(まだまだ、子供だなぁ・・・。)
関わりたくない、が、このまま硬直され続けても困る。ほっとけば1日中 固まっていそうだ。それは営業に支障が生じる。
仕方ないなぁ、と飾りを指差して、
「その花――――――」
「・・・・・・?」
「――――ゲンティアナを模しているんだそうです。」
商人からは“竜胆”だと聞いた。が、ここら辺の人にはこちらの方が分かりやすいだろう。
そして、ここから先は完全なるお節介。
「花言葉は、『正義と共に』『勝利を確信する』―――――――なんだそうで。」
商人から聞いたわけではないが、わざとその体を装って言った。
「正義と共に、勝利を確信する・・・?」
従者はぼんやりと繰り返し呟いて、ようやく目を髪留めから外した。
翠の瞳が店主を見上げて揺れている。
(――――~~~~~頼むから、そんなすがるような目で見ないでくれよ・・・っ!)
余計なお節介をしたくなるじゃないか。
いやしかし、面倒事はもうたくさんだ。王族がどうとか脱走が何だとか、もう聞きたくない。こんな面倒なガキどもには1秒も長く俺の店にいてほしくない。早く出ていってくれよ。早く――――――焦って店主は口走った。
「ほら、きっと、あれですよ。自分の正義、っつーか、良心に従って、後悔しない道を選べば、それが勝利に繋がりますよーってことなんじゃあ・・・ないっすかね~・・・? たぶん・・・。」
言いながら(何を言ってるんだ俺は?)と思い、語尾がだんだん不確かになっていく店主。
しかし、従者には充分だったようだ。
ゆらゆらと不安定だった目線が、次第に定まっていく。
「自分の良心・・・・・・後悔しない、道を・・・?」
「えっ?! いや、知りませんよ? 俺はただ適当に言っただけであってそんなに深い意味は――――――」
「そっか、そうですよね・・・ありがとうございます! 私は、もう、後悔したくない・・・」
従者は呟いて、コーヒーを一息に飲み下し、髪留めをそっと手のひらで包むと、唇を引き締めて凛とした面持ちになった。
何を心に定めたのかは分からない、が、店主の言葉が引き金となったことだけは間違いない。
(え・・・? 俺、もしかして、すっげー余計なこと言った?)
「店主さん。」
「は、はいっ?」
「昨晩から、本当にお世話になりました。食事代や宿泊費等は後ほど必ず、お届け致しますので、少々お待ちいただけますか?」
「あー、はい、大丈夫っす、いつでも・・・・・・むしろ忘れても良いっつーか・・・。」
「必ずや、恩に報いりますので!」
などと晴れ晴れしく宣言されても、
「は、はは、はぁ・・・。」
店主は苦笑いしか浮かべられない。
従者は店主の苦笑などには目もくれず、「それで・・・・・・」と言葉を繋げた。
―――――――――従者の目が、先程とは違った輝きを見せている。それに気付いた瞬間、店主は己の迂闊さを呪った。
「ご迷惑なのは重々承知しています。しかし、他に頼れる方がいないのです。どうか、私に力を貸していただけないでしょうか・・・?」




