表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
56/90

店主のお節介

 

(まったくおんなじ順番だなー。)


 と、店主は意味もなく思った。

 何が、というと、3種のサンドイッチを食べる順番が、である。商人と従者とで、見事に一致した。

 卵・ツナマヨ・ハム

 合間合間にコーヒーを一口挟むところまで同じである。店主占い(当たるも当たらぬも自己満足)によれば、2人の相性は最高。しかし、


(・・・・・・まぁ、もう意味ないか。)


 何せ再会の目処は無いのである。

 立場がもう少し違えば、或いは出会いのタイミングが違ったなら、きっと結ばれていたに違いない。

 従者はサンドイッチをさらっと食べ終えて、半分ほど残っていたコーヒーをストレートのまま飲み干した。

 ――――――その手がカップを離さない。視線はどこか虚ろで、うつむきがちだ。


(あー・・・なんつーの? 恋する乙女の悩み、って感じじゃなさそうだなぁ。もっと深刻な感じ・・・・・・?)


 店主はタイミングを見て皿を回収し、空のカップには請われる前におかわりを注いだ。従者はなにも言わずに厚意に甘んじている。

 これでも客商売に携わり数十年の店主。なんとなく、客の望みは察せられる。たまに迂闊な言動をすることはあるが、気を抜かなければお客を不愉快にさせることは大抵ない。


(何に悩んでんだか・・・。)


 面倒臭そうなのでまかり間違っても関わりたくないが。声すらかけたくない。そのまま氷のように溶けていってほしい――――――本音とはいえ、そうも言ってられない。彼には声をかけなければならない理由があった。

 髪を掻いて、意を決す。


「――――――あの、すみません。」

「・・・あ、はいっ?」

「これ、ええと、フェルリーさん・・・さっきの、商人さんから、貴女へ、って預かった物なんですけど・・・――――――」

「えっ?!」


 わかりやすく目が輝いた。

 カウンターに預かり物を置く。シンプルな髪飾りだ。茶色い革紐に、銀でできた小さな花が付いている。5枚に分かれた花びらは、先の方へ行くにつれ、ほんのり青くなっていく。かなり精巧に作られている。

 元々は別の物だったのを、商人がこの場で器用にくっ付けて作った一品だ。

 従者の目はそれに釘付けになっている。

 しかし手は出さない。見ることだけに全力を注いでいる。目だけが残って後は死んだかのような硬直っぷり。

 店主は静かに溜め息をついた。

 仮にも、人生経験の長いおっさん――――――大人である。こんな時どんな言葉をかければいいか、嫌になるほどよく分かる。


(まだまだ、子供(ガキ)だなぁ・・・。)


 関わりたくない、が、このまま硬直され続けても困る。ほっとけば1日中 固まっていそうだ。それは営業に支障が生じる。

 仕方ないなぁ、と飾りを指差して、


「その花――――――」

「・・・・・・?」

「――――ゲンティアナを模しているんだそうです。」


 商人からは“竜胆”だと聞いた。が、ここら辺の人にはこちらの方が分かりやすいだろう。

 そして、ここから先は完全なるお節介。


「花言葉は、『正義と共に』『勝利を確信する』―――――――なんだそうで。」


 商人から聞いたわけではないが、わざとその(てい)を装って言った。


「正義と共に、勝利を確信する・・・?」


 従者はぼんやりと繰り返し呟いて、ようやく目を髪留めから外した。

 翠の瞳が店主を見上げて揺れている。


(――――~~~~~頼むから、そんなすがるような目で見ないでくれよ・・・っ!)


 余計なお節介をしたくなるじゃないか。

 いやしかし、面倒事はもうたくさんだ。王族がどうとか脱走が何だとか、もう聞きたくない。こんな面倒なガキどもには1秒も長く俺の店にいてほしくない。早く出ていってくれよ。早く――――――焦って店主は口走った。


「ほら、きっと、あれですよ。自分の正義、っつーか、良心に従って、後悔しない道を選べば、それが勝利に繋がりますよーってことなんじゃあ・・・ないっすかね~・・・? たぶん・・・。」


 言いながら(何を言ってるんだ俺は?)と思い、語尾がだんだん不確かになっていく店主。

 しかし、従者には充分だったようだ。

 ゆらゆらと不安定だった目線が、次第に定まっていく。


「自分の良心・・・・・・後悔しない、道を・・・?」

「えっ?! いや、知りませんよ? 俺はただ適当に言っただけであってそんなに深い意味は――――――」

「そっか、そうですよね・・・ありがとうございます! 私は、もう、後悔したくない・・・」


 従者は呟いて、コーヒーを一息に飲み下し、髪留めをそっと手のひらで包むと、唇を引き締めて凛とした面持ちになった。

 何を心に定めたのかは分からない、が、店主の言葉が引き金となったことだけは間違いない。


(え・・・? 俺、もしかして、すっげー余計なこと言った?)

「店主さん。」

「は、はいっ?」

「昨晩から、本当にお世話になりました。食事代や宿泊費等は後ほど必ず、お届け致しますので、少々お待ちいただけますか?」

「あー、はい、大丈夫っす、いつでも・・・・・・むしろ忘れても良いっつーか・・・。」

「必ずや、恩に報いりますので!」


 などと晴れ晴れしく宣言されても、


「は、はは、はぁ・・・。」


 店主は苦笑いしか浮かべられない。

 従者は店主の苦笑などには目もくれず、「それで・・・・・・」と言葉を繋げた。

 ―――――――――従者の目が、先程とは違った輝きを見せている。それに気付いた瞬間、店主は己の迂闊さを呪った。


「ご迷惑なのは重々承知しています。しかし、他に頼れる方がいないのです。どうか、私に力を貸していただけないでしょうか・・・?」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ