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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第3章
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欲求不満の従者

 

 小さい頃の記憶の中には、いつも優しい兄がいた。

 7つも歳上の兄は、まるで娘のように、妹のアリシアを可愛がっていた。

 アリシアの家は中流の貴族である。両親は基本的に放任主義だったため、アリシアの面倒は兄アルシエがよく見ていた。

 ある時、兄が言った言葉を、アリシアは今でもよく覚えている。


『アリシア。』

『なぁに? おにいちゃん。』

『俺、大きくなったら、王宮に仕えて、この国のために働く! この国は良い国だよ。だけど、もっともっと良くなるような気がするんだ。どんな形でもいいから、俺はそこに関わりたいんだ。』

『おにいちゃん、かっこいい! 頑張って! アリシア、応援してる!』

『ありがとう、アリシア。俺、頑張るからな。』


 それから兄は王宮に上がり、数年後にはそれなりの地位を確立させていった。そんなある頃、兄は突然、アリシアを王宮へと呼びつけ、第2王女付きの従者にならせた。


『国家を掌握しようと思う。』


 そう打ち明けられたのは、第2王女に出会ってから4年と半年後、つまり今から半年前のことだった。


『え・・・・・・?』

『お前も協力しろ。いいな。』

『ちょ、ちょっと待って、待ってよお兄ちゃん?! 何を――――――』

『口を慎め、従者。ここは職場だ。』


 反論は鋭い眼差しに貫かれて、封じられた。


『・・・・・・し、失礼しました・・・。』


 混乱は彼女を追い詰めて、視界を狭める。強制された選択肢には、協力か裏切りかの二択しかなく、家族を裏切れるほどの冷酷さを彼女は持ち合わせていなかった。

 そうして、全ての感情や疑問を、心の奥底に追いやって、協力する道を選んだ。

 彼女の知らない間に、兄に何があったのか―――――――――今となっては知りようのないことである。

 ただ、アリシアは後悔する。

 例えば、もっと兄のことを知っていたら。もっと早く兄と同じ職場に行っていたら。あの時、もっときちんと問い詰め、糾弾し、制止していたら。

 兄の苦しみの理由を、知ることが出来たのではないか、と――――――――――――


***


 暖かいものが頭の上から離れていって、アリシアは名残惜しさに顔をしかめたが、睡魔には勝てず、再びの夢の中に取り込まれた。夢? あぁ、そう、夢を見ていた。優しくて暖かい、幼い頃のような夢を。成長が2人を引き離して、ぬくもりが消えていく――――――抱き締めて欲しかった――――――・・・・・・・・・・・・・・・

 目が覚めた。


「う・・・・・・んんー・・・。」


 目を擦りながら上体を起こすと、肩から毛布がずり落ちた。

 上半身を預けていたベッドの中は、薄っぺらで、誰もいなくなっていた。

(もう、行ってしまったんだ・・・・・・・・・。)


 頭というより、心がぼうっとする。

 起き抜けだからだろう、変な体勢で中途半端に寝てたからだろう――――と分かりきった虚言で理由を付け、アリシアは立ち上がった。

 いつまでも酒場(ここ)にいるわけにはいかない。


(シルヴィア様の元へ戻ろうか、右大臣様の元へ行こうか、それとも、第1王子様を追うか・・・――――――)


 3つ目を選びそうになる決定は先伸ばしにし、アリシアは階下へと行った。

 午前中の酒場は休業中だ。1階の食堂はがらんとしていて、アリシアの微かな期待は見事に裏切られてしまった。

 階段のふもとで立ち止まったアリシアに、カウンターの中で何やらごそごそやっていた店主が気が付いた。


「ども、おはようございますー。体調はいかがっすか?」

「あ、店主さん・・・おはようございます。大丈夫です。ありがとうございます。」

「それじゃあ、朝飯どーぞー。」

「え・・・あ、いや、そんな、甘えるわけには――――」

「――――いや、いまさら朝飯程度で遠慮されても遅いです。」

「あぁ・・・そうですよね、すみません・・・・・・。」


 店主の正論に返す言葉がなく、アリシアは恐縮して頭を下げた。

 苦笑いを浮かべつつ、店主はサンドイッチをカウンターに置いて、身振り手振りでアリシアに席を勧めた。

 いつまでも遠慮していてはむしろ失礼だろう。そう思って、アリシアは大人しく席についた。

 薄っぺらいサンドイッチをかじる。途端にアリシアは空腹を思い出して、しばらくは黙ったまま、食べることだけに集中したのだった。

 

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