蛇蝎の女
2/5(水)編集しました。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。甘いねぇ。」
と、占い師“朽縄”は目を細めて笑った。
敵の命を取らないなど、占い師にとっては考えられないことだ。
悪人を生かすということは、チャンスを与えるということ。そのチャンスが、『更生の』になるか『反撃の』になるかは、神すらも知らぬことである。
占い師たち一団は、路地裏の暗がりに潜んでいた。
「―――――甘いよ、甘すぎる。お汁粉よりも甘い。」
「おしるこ? って、何スか、お頭?」
「極東の食い物さ。作り手にもよるが、まぁ、総じて甘いんだ。」
「ふぅん、美味そうッスね。」
「あぁ、あんたぁ甘党だったかい。それじゃあ、気に入るだろうよ。機会があったら食ってみるといい。」
「ウスッ、覚えときやす。」
「さぁて・・・――――――」
占い師の“朽縄”は、左手に杖を持ったまま、同じ手で器用に懐中時計を開いた。
時は午前8時。
大通りの人影はまだ少ない。関所が開くのは午前10時。順番待ちやら何やらで、賑わうようになるのは9時を過ぎた頃からだ。
「休憩数時間、その上 隻腕でやるのは、少々骨が折れるが、ね・・・・・・やらざるを得んなぁ・・・ま、無理をすんのも、たまにゃあいいかもしれないねぇ。ボケ防止になりそうだ。」
誰にともなく呟く。
かつての自分の全盛期――――――2日3日の徹夜だって歯牙にもかけず、“ブイブイ”言わせていた頃――――――を思い出しながら、占い師は乾いた唇を険悪な笑みに歪めた。
「お頭ぁ! たった今、目標どもが酒場を出て、関所を目指して進行を開始しやした!」
「よぉしっ、おっぱじめるかぁ! あんたら、気張りなぁっ!!」
「「おおおおおおうっ!!!」」
「自分のやることぁ分かってるねっ?! いいかい、抜かるんじゃないよぉっ!」
「「うおおおおおっすっ!!」」
「そいじゃ、総員――――――――――出陣っ!!!!」
怒号にも似た歓声が地を揺るがし、騒々しい足音は家々を潰さんとするかのごとき勢いで、あっという間にあちこちへと散らばった。
それを見届け、占い師は手近な木箱に腰を下ろした。
緩慢な動作で唇を嘗める。年相応のしわしわな唇の上を、年に見合わぬほど真っ赤な舌が、のたりのたりと這っていった。
舌舐めずりをする姿、まさに、蛇の如く。
(蛇蝎の女と呼ばれた時代を思い出すねぇ・・・。血が滾ってきたよ。)
この老婆、かつてはとある軍国の女魔術士として活躍していた過去を持つ。当時、最高峰とまで謳われるほどの使い手だった。先代“蜃気楼”と知り合ったのも、その頃である。
勝つためには手段を選ばない。どんなに非人道的な罠だろうと平然と使ってみせるその冷徹さに、“蛇蝎の女”などと言うあだ名がつけられたのも、冷酷さが過ぎて軍を追い出されたことも、今となっては良い思い出だ。
(標的の到着予定時刻は10時――――――下準備が終わって、人が出てくる前に片ぁ付けときたいから、)
「詠唱時間は30分か・・・・・・フン、充分すぎるわ。」
「そうですね。」
若々しく毒々しい表情で鼻を鳴らした老婆に、隣にいた青年の魔術士が軽く同意した。傭兵ミル。ランプでの攻防に参戦していた傭兵団の1人が、あの後そのまま“朽縄”に付いてきていた。
「俺もいますし、30分もいりませんよ。」
「あんたは本当にいいのかぇ? チームを抜けてきちまって・・・」
「いいんですよ。さっきも言ったじゃないですか。俺は貴女に憧れて魔術士になったんです。傭兵団はただの繋ぎでして・・・未練などありえません。」
「そうかぇそうかぇ。――――私に憧れるなんて、あんたもなかなかの悪人のようだねぇ。ま、いいさ、なんだって。」
老婆は心から楽しげに微笑んだ。遠い目はどこを見遣っているのだろうか。未来か、運命か―――――――
「何にせよ、この国とはこれで最後だ。勝たしてもらうぞ、“蜃気楼”――――――!」




