メイドは見た
ハルシャは、1ヶ月前に王宮に上がったばかりの、新米の従者だ。
特技は掃除と洗濯。趣味は読書。好きなことは恋ばな。他人と違うところを挙げるとするならば、少々――――――いや、かなり――――――過激な選択をすることがある、という、その程度のことで、取り立てて目立つところも無い、ごくごく平凡な、ちょっと夢見がちな女の子である。
王宮を立て続けに襲うハプニングに巻き込まれ、新米ながら何か出来ないかと、表情を引き締めて廊下を歩いている。
(―――――――――王子様の脱走・・・・・・国王陛下の暗殺・・・・・・やだもう、わくわくしたら不謹慎よね! でも駄目、物語みたいでわくわくしちゃう!)
いや、表情を引き締めているのは、そうしないとニヤニヤしてしまうからだったか。歩き方にも気を付けてはいるが、油断するとスキップするように、飛び跳ねてしまっている。
(落ち着けあたしー、国王陛下がご逝去なされたのに、にやにやしてたら怒られるぞー、うふ、うふふふっ!)
怒られるのも時間の問題であろう。
さて、そんな彼女であったが、ただ無駄に歩き回っているだけ、というわけではない。きちんと訳あってうろちょろしているのだ。
(第3王子様、どこにいるのかなー?)
彼女は第3王子付きのメイドである。事態が事態のだけに、どこかで落ち込んでいるのだろう、とは思うのだが、その居場所が宮中の誰にも分からない、という状況ではいられない。
そこで、捜索が命じられたのだが、
(うーん、やっぱり、第3王子様って、立場弱いよね~。)
メイドは少し、眉をひそめた。
第1王子の姿が見当たらないとなったときは、第2王女付きの従者達も第3王子付きの従者達も、全員駆り出されて捜索に当たったというのに、第3王子の捜索はメイドたった1人だけである。
第3王子付き従者長に、『あっれー? カルディア様、何処行っちゃったわけ? ったくもう、面倒だなー。あー丁度いいや、ハルシャ! あんた今 暇だろ? ちょっと捜してきな。』と背中越しに言われて今ここにいる。
(・・・いくらなんでも、ぞんざい過ぎじゃない?)
と思う。
可哀想な第3王子様―――――――――何となく悲しい気持ちになりながら、廊下の角を曲がり、
「~~~~はまだか!」
突然の大声に驚いて立ち止まった。
廊下に面したドアが細く開いていて、声はそこから聞こえてくるようだ。
メイドは隙間に忍び寄った。息を殺し、中を覗く。彼女を突き動かすのは、純粋な好奇心―――――――――それと、『これってもしかして、リアル“家政婦は見た”?!』というちょっとした冒険心だけ。
壁にぴったりとくっついて、慎重に中を窺う。
中では、2人の男が向かい合っていた。1人は部屋の奥のデスクにつき、もう1人は従者だろうか、その前で直立不動の姿勢を保っている。
(あれは・・・・・・右大臣様ね? ・・・なんだかとっても、不機嫌そう・・・。)
メイドの見立て通り、彼は今この上ないほど苛立っていた。冷静さを失い、大声でがなりたてるほど。
その声は廊下の外にいるメイドにまで、ばっちり聞こえていた。
「まったく、なにをやっているんだ! 奴が死ななければ意味が無いではないか! 何のために“蜃気楼”を雇って、国王を殺させたと思ってるっ?!」
メイドは全力で自分の耳と脳味噌を疑った。
(え? 嘘、え? な、なに・・・・・・なんですって? え?)
メイドがどんなに混乱していようと、室内には関係ない。話は続く。右大臣の声音は少し冷静さを取り戻し、小さくなったが、耳を澄ませばはっきりと聞き取れる。
「・・・申し訳ございません、右大臣様。不測の事態に対処しきれず・・・・・・。」
「はぁー・・・・・・まさか、“蜃気楼”が裏切るとは、な・・・―――――――――次の手は?」
「既に。右大臣様の仰せの通り、ミシェルを解放して参りました。」
「よろしい。左大臣の所為にしてきたな?」
「勿論ですとも。」
「彼は、今日は?」
「ご自宅に居ていただいております。」
「うむ、いいだろう。多少、ズレがあったが―――――――――まだ、充分やり直しはきく。失敗も、後戻りも、許されないぞ・・・・・・気を引き締めて行け。」
「はっ。」
従者らしき男の方が直角に腰を折り、踵を返した。
(やばいっ!)
メイドは咄嗟に背を向けて、一目散にその場から逃げ出した。
一瞬――――――
コンマ1秒だけ、回避が遅れたメイドの視界に、振り返った男の右目を覆う眼帯が映って――――――
(きゃあああああヤバイ! やばいやばい! これはヤバイ! 誰かに知らせなきゃぁああああ!)
メイドはもはや、笑顔を隠す努力すらしようともせず、廊下を全速力で走り去った。




