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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第1章
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転落エリート


ちょっとだけ・・・・・・BLっぽい表現が入ります。いや、本っっっ当に、少しだけですよ!(汗)




 

 謁見の間に入ったところで、ようやくミシェルは事態の異常さに気が付いた。

 空気が嫌に冷たい。

 何故か謁見の間には、ミシェルと国王陛下以外にも、各兵団長や両大臣や、すなわち“重鎮”と称されるような者たちが雁首を揃えていた。近衛兵も、やけにたくさん居る。


(え?・・・・・・なんだ、これは。おかしいぞ。――――まさか、“アレ”がバレたわけでは無かろうな・・・・・・?)


 今までやってきた様々な悪事が脳裏をよぎり、それを弾劾されて狼狽える自分の姿がまざまざと浮かんでくる。


(いや、そんなまさか!バレるはずがないだろう?俺のやり方は完璧だったんだ!それに――――――――ここにいる奴らの中にも、俺からの金を受け取った者がいる!ここで俺を弾劾すれば・・・・・・共倒れになることは目に見えているじゃないか。つまり――――バレてなど、ない。大丈夫だ。)


 それを必死に否定しながら、ミシェルは間の中央に膝を突き、(こうべ)を垂れた。


「お呼びでしょうか、陛下。」

「・・・・・・うむ。ミシェルよ・・・。」


 国王の、いつにも増して低く深刻な声が、ミシェルの胸を打つ。しん、と静まり返った謁見の間は、季節を無視して真冬のような冷たさを宿していた。

 永遠にも思えた沈黙を経て、王は再び口を開いた。


「そなた・・・・・・」

「はいっ。」

「・・・・・・。」


 更なる沈黙と間が置かれ、いよいよミシェルが耐えられなくなりそうになった時、国王は重々しく、ようやく呼んだ理由を告げた。


「そなた、王子を・・・・・・我が息子を、“手込め”にしたとは真か。」

「・・・・・・はい?」


(て、手込め?手込めと言うと・・・・・・え?)


 ミシェルには、身に覚えの無い話である。大事な大事な出世のチャンス――――もとい、第1王子様を、どうして傷付けることが出来ようか。

 さらに言わせてもらえるならば。一口に“手込め”と言っても、含まれる意味にはかなりヤバイものがある。どちらかと言うと最近は、その俗的な意味合いが強いのではないだろうか。辞書にもきちんと、『狭義では・・・』と書いてある。それはすなわち――――“強姦”。

 謁見の間に入った時の、あの嫌な空気の正体とは、これのことだったか。ミシェルはまず納得して・・・・・・それから、一気に狼狽えた。全く別の形で、“最悪の想像”は実現してしまったのである。


「な、ななな、何を仰いますか、陛下!私が本当に、そのような無礼を働いたと、そうお思いですか?断じてっ!そのようなことは致しておりません!!」


 生まれてこのかた、ここまで必死になったことはあるまい。この無実の罪が認められてしまえば、ミシェルはエリートコースを外れるばかりでなく、自身の社会的な地位や名誉まで失うことになってしまうのだから。必死になるのも当然のことである。

 しかし、陛下の目は白いままだ。疑惑は晴れていない。ミシェルは脂汗を額に浮かべ、状況打破のために頭をフル回転させた。――――――――そもそも、なぜこのような疑いが掛けられているのか、そこからして分からない。誰かが告発でもしない限り、こんな状況にはならないと思うのだが、見てもいない犯罪を告発するなど出来るはずもない。つまり・・・・・・・・・・ハメられた?

 それ以外には考えられない。


(ハメられた・・・・・・のか。しかし、一体 誰に・・・・・・?)


「――――――あくまでも、白を切るつもりだな?ミシェルよ。」

「っ!・・・白など――――」

「もうよい、話すな。――――――――これを見るがよい。」


 と、国王陛下は手にしていた一枚の紙を、近くに控えていた従者に渡した。従者が、それをミシェルに(かなり嫌そうに)手渡す。


「王子の部屋から見付かったものだ。それを読んでもまだ、とぼけるつもりなら、そうするがよい。」


 その紙は、どうやら手紙のようだった。それを読んで――――――――――彼は、愕然とした。そこには、王子の筆跡で、このように書かれていたのである。



『拝啓 親愛なるお父様へ


 春の訪れに浮き足立つような気分の今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。お父様がお忙しいのは重々承知の上ですが、近頃 顔も合わせられないこと、寂しく思っております。

 さて、突然申し訳ありません。私がこのように姿を消したのには、理由があります。本当は、直にお父様にご相談するべきなのだと思うのですが、あまりに由々しき出来事ゆえ、こうして書面を通じてお話すること、どうかお許しください。

 非常に申し上げにくいことなのですが・・・・・・先日、私はこの上ない辱しめを受けました。従者長の、ミシェルによって。


 二日前のことです。私は突然、彼に呼び出されました。「大切な話がある」と。指定された場所は、今現在は使われていない、東の塔の一室です。怪しく、思わなかったわけではありません。しかし私は、彼を信用しているので・・・・・・きっと、万が一にも誰かに聞かれたくない話なのだろうと思い、私は一人でそこに赴きました。

 部屋に入ると、彼はかなり酔った様子でそこにいました。そして突然、私を押し倒して(涙で少し滲んでいる)すみません。これ以上は・・・・・・。


 お父様。

 私は悔しいのです。

 日頃の修練の成果が咄嗟に発揮できず、為すがままにされたことが。護身の為に、と、味方を傷付けることも出来ない、自分自身の甘さが。

 そして何より、悲しいのです。信じていた者に、裏切られたことが。


 私が負った傷は、癒えることは無いでしょう。とにかく今は、この王宮から離れたい。その一心のみです。ご安心ください。自害などという馬鹿な真似は致しません。


 時が全てを洗い流してくれることを、心の底より、祈っております。


                                    敬具

               第1王子 ラッヴィアンド・ベーネ・イル・カント』




 これ以上は無いというほど、確かな告発文だった。

 食い入るように文面を見つめて固まっているミシェルに、国王は冷たくトドメを刺しにかかる。


「――――二日前の夜。そなたはどこで何をしていた?」

「・・・・・・。」

「答えよ、ミシェル。」


 決して声を荒げず、淡々と話すその口調が、逆に怖い。無実の罪のハズが、本当に自分がしたような気さえしてくる。


(いやっ・・・・・・してない!二日前?二日前って、俺は、俺は――――――――)


 思い出す。二日前の夜、ミシェルは行き付けの酒場にいた。特別なことが無い限り、あまり率先して酒を呑みには行かないミシェルだが、その日は―――――――『ミシェル、いつもご苦労。』―――――――涼しげな声がミシェルの脳裏に蘇った。


(・・・・・・そうだ、その日は)


「・・・・・・言えないのだな。」


 ミシェルは顔を上げた。分かったのだ。誰が自分をハメたのか。そして――――あの人が自分をハメたのなら、逃れようがないことも。


「拘束せよっ!」


 国王の命令に応じて、衛兵たちが数人がかりでミシェルを取り押さえた。

 大理石の床に頬をくっつけたまま、それでもミシェルは目線を上げて、国王を睨んでいた。

 国王の瞳は何も写していない。本当に、何も・・・・・・自分の息子を酷い目に合わせた犯人を見る、親の目では無かった。


「追って、沙汰を下す。それまで、地下牢に入れておけい。」

「はっ!」


 王の命に敬礼を返し、衛兵たちはミシェルを乱暴に引き摺り立たせた。そのまま、連行していく。


「畜生っ・・・・・・。」


 ミシェルは血を吐くように呟いた。一気にエリートコースを転落させられたかつてのエリートは、怒りに震え、謁見の間を出る瞬間、沸騰した頭のままに叫んだ。


「畜生っ、ラッヴィアンドッー!!」


 最後まで国王は無感情の目のまま、転落した平民を見送った。

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