王女の涙
国王陛下が没された。
その報告に、第2王女は目を見張った。
「な・・・・・・なん、ですって?」
起き抜けの頭に、金槌を振り落とされたような衝撃を喰らって、王女は目眩を感じた。
実際にふらりとよろめいた王女を、従者が支える。王女はその手を借りて目眩をやり過ごすと、歩き出した。一目散に、国王の寝室へと向かう。
部屋前の廊下には、人だかりが出来ていた。騎士や、臣下や、従者たちが、皆血相を変えて立ち往生している。
王女がそこに近付くと、慌ただしく道が開いた。
中に入る。
部屋の中は、しんと静まり返って、冷たく凍りついていた。
「姉上・・・・・・。」
ベッドの横に、第3王子が跪いていた。王女の登場に、立ち上がって場を開ける。彼の顔も真っ青だった。
王女は小さく震えていた。
ベッドには、国王が横たわっている。遠目に見ただけでは、ただ眠っているようにしか見えない。
しかし、その目はもう開かない。
王女はゆっくりとベッドに近寄って、父の手を取った。
「冷たいわ・・・。」
ぼんやりと呟く。
さっきまでの疑念がすっかり消えてなくなった。国王は、父上は、本当に死んでしまった。
確信に至ると、王女は唇を噛んだ。今すぐここで、泣き崩れてしまいそうだ。
しかし、王女のプライドは、彼女にそうさせることを許さなかった。
王女はうつむき、目を瞑った。
(お父様・・・お父様は、わかってらっしゃったのね、こうなることを・・・・・・。)
思い返すは昨夜の事だ。無駄話に来られたあの夜。何か思い詰めたような顔を、確かに、されていた。
「第2王女様・・・・・・少し、休まれたらいかがでしょう?お顔の色がよろしくありません。」
右大臣が優しく囁いた。
王女は、その言葉に頷いた。
「えぇ・・・ありがとう。申し訳ないけれど、少し、休ませてもらいますわ・・・・・・今後のことは・・・」
そこで、王女の脳裏に1人の男の顔が浮かんだ。そうだ、あいつ。あいつだけは、探さなければならない。その指示だけは、私が出さなければならない。右大臣やその他の人々を信じていないわけではないが、全権を無闇に王族以外に渡すのは、バカのやることだ。
王女は真っ青な顔で、しかし毅然とした態度で、右大臣に向き直った。
「今後のことは、第1王子に従ってください。」
「第1王子様に? しかし、王子様は今・・・・・・」
「探してください。恐らく、まだ国を出てはいないでしょう。騎士団を出して、総力を挙げて第1王子を探してください。・・・・・・父亡き今、国の全権は兄にあります。兄を、連れ戻してください。」
「―――――かしこまりました。王女様の仰せのままに。」
右大臣が恭しく礼をして、部屋を出ていく。
それを見送って、王女は、ようやく、涙を流せた。色を失った形の良い頬を、涙が音もなく伝っていく。
王女は目を瞑り、冷たい手に額を押し付けた。
(どうして・・・っ、どうして、父様・・・・・・父様は、亡くなられたの? 昨日は、あんなにお元気でしたのに・・・。)
王女はふいに嫌な考えを思い付いて、赤く腫れた目で第3王子を振り返った。
第3王子の顔色は悪いが、その目はやけに落ち着いていて、王女を心配そうに見返した。
「カルディア、お父様は、どうして死んだの?」
答えはない。まっすぐ自分を見返す王子の目に、否定されているような感覚を覚え、王女は質問を変えた。
「―――――お父様は、何者かに殺されたの?」
「・・・・・・。」
第3王子は沈黙したまま、うつむいた。
それは雄弁な肯定の態度。
哀しんでいるようにも、罪悪感に震えているようにも見える。
分かっている。何を言おうが、全ては後の祭りだと。けれど王女は、弟の沈黙が気に入らなかった。心ない慰めでも空虚な弁明でも何でもいい。とにかく、言葉が欲しかった。
「・・・何とか、おっしゃいなさいよ、カルディア・・・!」




