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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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心地悪い暗殺者

 

 心臓を掴まれた。気がした。


「くっ・・・・・・。」


 視界が霞み、歪む。


(呪いが成就したのか・・・。)


 暗殺者の身体中から力が抜けていく。冷たい汗が吹き出してきて、石畳に滴り落ちた。

 さっきから無かった余裕が完全に消えた。それどころか赤字だ。


(やばい・・・・・・いや、焦るな。)


 深く息を吸う。吸った息を、丹田を意識しながら吐く。

 すると、暗殺者は少しだけ肩が軽くなった気がした。――――気の所為? いや、それでもいい。気の所為でもなんでも、軽くなったならそれでいい。まだやれる。――――そう思わなければ、負ける確信があった。

 剣を払い、拳をいなし、ナイフを放つ。殺したかどうかは知らない。標的以外には手加減する癖が出ていれば、彼らは死んでいないだろう。殺すと決めたら一撃必殺を心掛ける癖が出ていれば、彼らは死んでいるだろう。そんなことを気にする余裕、今の暗殺者にはまったく無い。

 体の動きが蝕まれていく。

 時が経てば経つほど苦しくなっていく。


(まるで、水の中で魚を相手にしてるみたいだ・・・。)


「さて、どうします? 王子様、“蜃気楼”? 武器を置いて、大人しく投降なさった方が、よろしいかと存じますが。」


 言葉が水の中に飛び込み、魚の攻撃が止んだ。

 暗殺者は億劫に、声がした方を向いた。

 従者のような男が、倒れたフェルに足を置き、ナイフを揺らしている。

 一瞬で水が引いた。

 目の前が真っ赤に染まった。


「・・・・・・フェルを、放せ・・・っ!」


 暗殺者は従者を睨んで言った。

 従者は微笑んでいる。暗殺者は今すぐ、その嫌味な顔をぐちゃぐちゃに潰してやりたくなった。

 隣から視線が飛んできた。ほんの一瞬だが無視できない感情を含んでいる。さらりと一瞥を返した。


「今すぐ、武器を捨ててください。」


 仮面のような微笑みとともに、宣告された。暗殺者たちの周りの“残り物”が、じわりと間を詰めてくる。


(残り物・・・3人か。魔術士を残したのは、いけなかったな。)


 集中力が切れた今、もうろくに動けない。せめてフェルだけでも助けたいというかあの従者だけでも殺したいと思ったが、なにぶん距離がありすぎる。本調子だったらまだしも、呪いを背負った状態では足が重い。

 女性を掴んだ占い師が目に入った。老婆が杖を振り、口の中で呪詛を呟くのが見えた。


(あ・・・・・・・・・ヤバイな。)


 暗殺者は冷静にそう思った。

 手の中からナイフが落ちる。

 世界がぐらりと揺れて、視界にノイズがかかった。グレーや白の点々が視界を埋めて、ちらちらと光る。

 きゅう、と脳味噌が雑巾のように絞られた感覚。手足の神経が寸断され、感覚を失う。三半規管を直接振り回されているような気持ち悪さが、暗殺者の肢体を突き落とした。

 膝を突いて、そのまま倒れなかったのは暗殺者の矜恃が支えたからだろう。


(「・・・大丈夫か?」)


 ラヴィが囁いた。

 暗殺者は、大丈夫なわけが無いだろう、と答えたかったのだが、声は出なかった。


(「私が、呪いを代わろう。」)


 ラヴィが暗殺者の背に手を置いた。


(「【闇よ、我の中に流れ込め】」)


 暗殺者の視界が晴れた。拍動が音をたてる。手足に血が巡る。世界が定まる。

 背後に、“残り物”の2人がいる気配がした。うつむいたまま、落としたナイフの位置を見る。


「やってください。」


 従者が言った。

 瞬間、暗殺者は動いた。ナイフを掴み、振り返る。

 剣を振りかぶった傭兵の、驚愕の顔が見えた。その顔を蹴り、剣を手で弾き飛ばして、ナイフを太股に突き刺した。

 横で王子に向け、ナイフを振りかぶっていた奴が、動きを止めている。


(さすが素人だな。)


 まずは手を強く蹴り、ナイフを落とさせる。

 そこでようやく我に返ったのか、男は暗殺者へ掴みかかろうとしてきた。

 暗殺者はその手を避け腕を掴み、懐に潜った。


「っ!」


 呼気、鋭利に。

 暗殺者は男を投げ飛ばした。頭から地面に落ちた男は、もんどりうって転がり、動かなくなった。


「ザック、これに乗れ!」


 ラヴィが青い顔をして、石畳に立っているナイフを指した。

 暗殺者は躊躇いなく、ナイフの柄の上に飛び乗った。即座に、ラヴィの声が響く。


「【闇に乗って飛べ】!!」


 しゅん、と、一瞬目の前が暗くなった。目と鼻の先を鳥が掠めて行ったような、刹那の目隠し。

 そして、


「なっ・・・!」


 眼下で従者が息を飲んだ。

 暗殺者自身も驚いた。彼が立っていたのは、従者の手の上―――――同じナイフの柄の上だったのだ。

 暗殺者が固まったのはほんの一瞬。

 従者の手を蹴りつつ、地面に降りる。がらんっ、と石畳の上でナイフが跳ねた。


「くそっ・・・!」


 思わず、といった風情で毒づき、後退する従者。だがしかし、暗殺者は一息で距離を詰める。

 従者が何をするよりも速く、暗殺者はナイフを振るった。


「ぐああっ!」


 闇夜に鮮血が飛び散る。右目を押さえて踞った従者を、横に思いきり蹴飛ばして、暗殺者は従者が落としたナイフを拾った。拾った動作に繋げ、それを投げる。

 夜を切り裂いたナイフはまっすぐ飛び、老婆の杖(アリシアの顔の真横だ。アリシアはもう悲鳴すら出せない。)に突き刺さった。

 老婆は継続していた呪いを放棄した。


「ちぃっ! 【運命は私に味方する、火球よ敵を襲え】!」

「【闇よ、我らに仇為す者共を喰らい尽くせ】!」


 ラヴィと老婆が同時に叫んだ。

 杖の先に火球が生じる。が、それが放たれるより先に、杖に刺さったナイフから立ち上った闇が、ナイフ自身と、火球ごと杖と、老婆の腕を飲み込んだ。

 聞くに耐えない音がして、老婆が血相を変えた。


「う、【運命は私に味方する、私の命を守れ】!」


 咄嗟に叫んだ自己保身の呪文が、闇を止めた。肩から先までも飲み込もうと触手を伸ばした闇が、防衛術に阻まれて勢いを失う。

 右腕を失った占い師は、後ろによろめいて尻餅を突いた。拘束を外れたアリシアが、真っ先にフェルに駆け寄る。

 額を拭いながら、ラヴィが暗殺者に近寄ってきた。


「ふぅ、一件落着、か?」

「もう1人は・・・」

「逃げたようだ。老婆の放棄に合わせて呪いを捨てて、どこぞに飛んでいったぞ。」

「・・・そうか。」

「ご苦労であった。さ、行こう。もう夜明けだ。」


 暗殺者の肩を叩き、朗らかに笑ったラヴィが、フェルたちに声をかけに行く。

 右目を失った従者も、右腕を失った占い師も、気付いた時にはもう姿を消していた。

 夜の闇の端っこが、白くなっていく。今は何時ごろなのだろうか。

 暗殺者は、何か収まりの悪さを感じて、このまま去ろうかと考えたのだが、


「ザック、すまない、フェルを支えてやってくれないか。」


 と、ラヴィに手招きされ、仕方なしに随行することとなった。

 

 


酒場ランプ編、とりあえず終結です。


これでようやく夜が明けた・・・!

夜が明けたので、これで王子様の当初の目的を果たしに行けます!


これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。


 

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