暗殺者の忠誠心
(あの、バカっ! あっさり人の本名明かしやがって・・・!)
それもこちらに聞こえるほどの大声で、だ。その彼が頭を踏まれている光景は気持ちいいものではない、いやむしろかなりムカつくのだが、もう少し早くそうやって黙らせろと、そう言いたくなったのは不可抗力だ。
暗殺者は歯ぎしりして、八つ当たりじみた攻撃で目の前の輩を投げ飛ばした。
おそらく、占い師の老婆はもちろん、傭兵の魔導師も呪の詠唱を始めていることだろう。そう思うと、まだかかっていないのにも関わらず、気分が悪くなってくる暗殺者だった。
パチンっ、と指を弾いた音が背後で得意気に響き、ついで背中が合わさった。
「ジキルが持っているナイフは、ザックが持っているナイフと同じ物なのか?」
背中越しに聞かれた。
ラヴィと名乗った王族は、その名に見合った高貴な喋り方をしていたが、その名に見合わず戦闘慣れしていて度胸があり、今の状況もきちんと理解しているようだ。
暗殺者は、例のそのナイフで傭兵の剣をいなしながら、答える。
「あぁ、そうだ。」
商人が言った通り、バーミリオン社の傑作と謳われるナイフで、暗殺者は専ら白兵戦用に使っていた。彼がこれを持っているのは、偏に先代“蜃気楼”のおかげでしかない。
王子の溜め息。
「つまり、右大臣とジキルの繋がりは確定か・・・はぁ・・・。よし、ザック。そのナイフを“くれ”ないか?」
「何故?」
「この状況を打開できるかもしれない。」
「・・・・・・わかった、いいだろう。」
本当は、少しだけ強調された“くれ”の言葉が気にはなったのだが、事態が事態だ、大人しく従うことにする暗殺者。
攻防の切れ目に、背後へパス。
「よし、では、詠唱に入る。しばらく、盾になってくれ。」
「はぁ?」
「頼んだぞ。」
一方的に宣言した王子は、その場にどっかと座り込み胡座をかいた。
(王族らしい我が儘だが、王族とは思えない振る舞いだな・・・。)
顔を歪めた暗殺者だったが、王子が完全に集中し始めたのを見て、覚悟を決めた。
誰かを守って戦うなど、生まれて初めての経験である。それもこんな、多勢に無勢の状況で。その上、本来は殺すべき標的の人物を。
(・・・・・・守る?)
いや、それは違う。
暗殺者は頭を振って、王子を狙いに撃たれた矢を払った。
(守るなんて高尚なこと、俺には出来ない。が、つまり――――――ここにいる全ての“敵”を、誰よりも速く倒せば良いんだろう?)
小さなナイフを一息に数本、放つ。
風を切ったナイフは一直線に飛び、弓を構えた傭兵の肩、太股、弓の中心に刺さって沈黙に追いやった。
(盾じゃない、双剣だ。攻撃は最大の防御だ。守るな、攻めよ。暗殺者に課されるのはいつも、それだけだ!)
息を細く、鋭く、刃物を研ぎ澄ますように吐く。
暗殺者はもう、呪いを受ける気持ち悪さなどすっかり忘れていた。
ザック=ロマニーは生来、忠誠心の高い気質なのだろう。生まれが違えば、上等な騎士か軍人にでもなっていたかもしれない。
金が発生しない以上、依頼ではない。もはやボランティアのようなものだ。
それでもやる気になったのは、その忠誠心故か、状況の特異さの所為か、それとも王子のカリスマがそうさせるのか・・・・・・何にせよ、
「――――任せろ。」
暗殺者にそう宣言させるだけの力は持っていた。




