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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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暗殺者の忠誠心

 

(あの、バカっ! あっさり人の本名明かしやがって・・・!)


 それもこちらに聞こえるほどの大声で、だ。その彼が頭を踏まれている光景は気持ちいいものではない、いやむしろかなりムカつくのだが、もう少し早くそうやって黙らせろと、そう言いたくなったのは不可抗力だ。

 暗殺者は歯ぎしりして、八つ当たりじみた攻撃で目の前の輩を投げ飛ばした。

 おそらく、占い師の老婆はもちろん、傭兵の魔導師も呪の詠唱を始めていることだろう。そう思うと、まだかかっていないのにも関わらず、気分が悪くなってくる暗殺者だった。

 パチンっ、と指を弾いた音が背後で得意気に響き、ついで背中が合わさった。


「ジキルが持っているナイフは、ザックが持っているナイフと同じ物なのか?」


 背中越しに聞かれた。

 ラヴィと名乗った王族は、その名に見合った高貴な喋り方をしていたが、その名に見合わず戦闘慣れしていて度胸があり、今の状況もきちんと理解しているようだ。

 暗殺者は、例のそのナイフで傭兵の剣をいなしながら、答える。


「あぁ、そうだ。」


 商人が言った通り、バーミリオン社の傑作と謳われるナイフで、暗殺者は専ら白兵戦用に使っていた。彼がこれを持っているのは、偏に先代“蜃気楼”のおかげでしかない。

 王子の溜め息。


「つまり、右大臣とジキルの繋がりは確定か・・・はぁ・・・。よし、ザック。そのナイフを“くれ”ないか?」

「何故?」

「この状況を打開できるかもしれない。」

「・・・・・・わかった、いいだろう。」


 本当は、少しだけ強調された“くれ”の言葉が気にはなったのだが、事態が事態だ、大人しく従うことにする暗殺者。

 攻防の切れ目に、背後へパス。


「よし、では、詠唱に入る。しばらく、盾になってくれ。」

「はぁ?」

「頼んだぞ。」


 一方的に宣言した王子は、その場にどっかと座り込み胡座をかいた。


(王族らしい我が儘だが、王族とは思えない振る舞いだな・・・。)


 顔を歪めた暗殺者だったが、王子が完全に集中し始めたのを見て、覚悟を決めた。

 誰かを守って戦うなど、生まれて初めての経験である。それもこんな、多勢に無勢の状況で。その上、本来は殺すべき標的の人物を。


(・・・・・・守る?)


 いや、それは違う。

 暗殺者は頭を振って、王子を狙いに撃たれた矢を払った。


(守るなんて高尚なこと、俺には出来ない。が、つまり――――――ここにいる全ての“敵”を、誰よりも速く倒せば良いんだろう?)


 小さなナイフを一息に数本、放つ。

 風を切ったナイフは一直線に飛び、弓を構えた傭兵の肩、太股、弓の中心に刺さって沈黙に追いやった。


(盾じゃない、双剣だ。攻撃は最大の防御だ。守るな、攻めよ。暗殺者に課されるのはいつも、それだけだ!)


 息を細く、鋭く、刃物を研ぎ澄ますように吐く。

 暗殺者はもう、呪いを受ける気持ち悪さなどすっかり忘れていた。

 ザック=ロマニーは生来、忠誠心の高い気質なのだろう。生まれが違えば、上等な騎士か軍人にでもなっていたかもしれない。

 金が発生しない以上、依頼ではない。もはやボランティアのようなものだ。

 それでもやる気になったのは、その忠誠心故か、状況の特異さの所為か、それとも王子のカリスマがそうさせるのか・・・・・・何にせよ、


「――――任せろ。」


 暗殺者にそう宣言させるだけの力は持っていた。

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