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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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壊れる商人

 

「おやおや、逆効果だったようだねぇ。」


 占い師は杖の先でフェルの頭を小突きながら、隣を見た。

 従者は肩をすくめ、あまり気にしてないように笑った。その拍子に、ナイフの刃先がかるく首筋に触れ、アリシアは小さく震えた。


「予想外ではありますが、こちらの有利に変わりはありません。人質の命をかざせば、動けなくなりますよ。」

「お前さん、女をいたぶるのに抵抗は?」


 占い師の問いに、アリシアは体を強張らせる。思わず、フェルと繋いだままだった手に力が込もった。


「ありませんよ。ご所望とあらば女子供関係なく。」

「そうかぇ、怖い男よ。」

「なに、最近はやりの“男女平等”と言うやつですよ。性差(ジェンダー)は悪いことなのでしょう?」

「ふぇっふぇっ、まぁた危険な思想をいいように使いよるなぁ“物は言い様”とはこの事か。」

「男の方が容赦無くやれるのは確かですけどね。」

「それもまた自明の理よな。さて、どうする? こいつ、起こすかぇ?」

「そうですね・・・」


 また、占い師が杖を動かす。それに反応して、フェルが身動ぎをして呻いた。向こうで戦っている2人もそれに反応して、こちらを気にしている。

 ジキルはわざと、王子と暗殺者の方を見、言った。


「起こしてください。そちらの方が、面白そうだ。」

「ふぇっふぇっふぇっ! あんたも大概、意地の悪い奴だねぇ!」


 2人の殺気がこちらを向いた。しかし、占い師の一団と傭兵たちを捌くのに精一杯のようで、何も出来ずにいる。

 アリシアは両手で、すがるようにフェルの手にしがみついた。


「先に縛っておいたほうが良くないかぇ?」

「そうですね。縄などはお持ちですか?」

「ぬかりないよ。」


 占い師は、ローブの裏から太いロープを取り出して、ニヤリと笑った。


「ほれ、女。お手て繋ぎたいのは分からなくもないが、ちょいと放してくれるかぇ? それとも、一緒に縛ってやろうか。」

「え、あ・・・う・・・。」


 からかうようにそう言われ、アリシアは顔を真っ赤にした。何をどうしたら良いのかまったく分からなかったが、とりあえず従っておくのが吉かと思った彼女は、名残惜しく感じるのを不思議に思いながら、フェルの手を放した。

 そしてすぐ、その手が掴まれて、息を飲む。


「っ!」

「う・・・~ん。」

「おや、起こす手間が省けたね。」

「・・・そんなに弱く叩いたつもりはなかったのですがね。」


 フェルがゆっくりと目を開け、瞬かせる。状況が見えてこないようだ。

 そして彼は目の前のアリシアを見て、その首筋のナイフを見て、言い出した。


「・・・え? あれ?・・・あ、わぁっ! ナイフ! バーミリオン社1952年製の限定品で世界に10本しか無くって物凄く切れ味が良くって暗殺者御用達の物で、長い間会社の倉庫に仕舞い込まれていたのをお得意様相手に放出したのが3年前のことで、1本の値段は純赤玉4個分、相国貨幣で800万、ウェリウス金貨で10枚分! 刃先に特殊な加工を施してあって、相国の刀の技術を取り入れながら、“切れ味の変わらない、ただひとつのナイフ”をキャッチコピーにしてある通り、錆に強く血糊の取れが早くて長期戦にも耐えうる逸品です!」


 彼は混乱しているようだ。

 思わず、周囲の時が止まる。殺気をもってこちらを睨んでいた2人も、戦いの手こそ休ませないが、どことなく殺気を和らげ呆れた様子を醸し出していた。

 フェルは赤面して、それでもまだ言葉を続けた。


「そのナイフを買った10人はラウセェントレーヴ王国のランサ・クレイムスとアンリ・フロア、ウェリウス王国のスカイ、中立独政占舞国の連舞、相国の荒木真澄、エオリア王国のカイル・ヴェルメ、サウザンド・サンのマルクル・リクワイア、夜の王国のスヴィン・アールクェイク、それから、」


 フェルによって、購入者の名前が次々と明らかになってゆく。尋常じゃない記憶力だ。

 残り2人の名前は、ジキルも知っていた。フェルの独り語りを止めないのは、有益な情報が手に入る可能性を感じたからだ。

 残った2人は、


「エスカピエ王国のアルシエ・スティングルと、アルメイス共和国のザック=ロマニー!」


 自分の主と、“蜃気楼”。

 ジキルはほくそ笑んだ。


「朽縄、“蜃気楼”の本名は、ザック=ロマニーと言うようですよ。」

「へぇ、それは良いことを聞いたねぇ。」


 占い師は、獲物を見つけた蛇のように笑って、杖を構えた。


「それじゃあ1つ、その名を呪ってみようかぇ。」


 凶悪な笑みの下で、箍が外れたフェルはまだまだ何かを喋り続けていて、


「うるさい。」


 とジキルに頭を踏まれてようやく沈黙した。

 

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