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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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王子と暗殺者

 

 間一髪。

 爪先の少し先で、熱い水蒸気が立ち上って、夜の街を焦がす。あと一瞬、コンマ1秒でも回避が遅れたら、一緒に蒸発しているところだった。


「つぅ・・・。」

「っ・・・・・・。」


 王子と暗殺者はすぐさま立ち上がった。互いに無言である。

 水蒸気が晴れると、向こう側に、従者らしき人物とその足元に倒れる男――――――フェルの姿が目に入った。


「フェルっ・・・!」


 暗殺者は思わず呟いて、歯を噛み締めた。

 酒場からどやどやと、占い師の一団が出てきて、2人をぐるりと囲む。傭兵たちも等間隔に並び、隙無く2人を見ている。

 が、どちらの集団も動かない。互いに互いをちらちらと見て、敵か味方か迷っているようだ。

 その気持ちは、王子も同じだった。背中合わせにはなれない。敵か味方かわからない。


(こやつは一体、どこの誰だ? やけに暗い目をしているが・・・堅気ではないのだろうな。敵か? 味方か?)


 暗殺者に至っては、王子の顔を見てその存在を確信すると、柄にもなく固まった。


(第1王子・・・! まさかこんなところで会うなんて・・・・・・殺さなければ。仕事だ。依頼は達成しなければ。――――――依頼・・・。)


『兄上の出国を、手伝っていただきたい。』


 頭をよぎったのは、第3王子の言葉である。あれも、紛うことなき依頼であった。報酬も受け取ってしまっている。


(くそっ・・・・・・どうすれば・・・!)


 彼らの前では、占い師と従者が並んで何やら話している。王子には聞こえなかったが、暗殺者の耳には届いていた。――――――――どうやら、奴らは手を組むらしい。


「お前たち! 隣にいるのは味方だ! 臆することは無いよ! 遠慮も要りやしない! わかったかぇ!」

「「ウッス!!」」


 占い師が声を張り、周りがそれに応えた。

 傭兵たちも、すぐに気配が強くなる。敵と味方を見定めたらしい。

 雰囲気の変化を敏感に感じ取って、王子と暗殺者は決断を迫られ焦りだした。

 向こうではフェルが倒れている。アリシアがナイフを突き付けられている。それだけを理由に判断し、行動出来るのなら楽なものだった。

 従者らしき男が言った。


「下手な抵抗はなさらない方がよろしいですよ、第1王子様。ここにいる2人の命が大切ならば、の話ですが。」


 その声を聞いて、王子と暗殺者は思い出す。


(この声・・・俺に依頼をしに来た奴か。)

「この声・・・思い出した。貴様、確か右大臣の従者だったな? これは右大臣の差し金か?」

「さて、どうでしょう。野心ある者ならば、誰しも王権を狙うものですよ。」

「私を殺したところでシルヴィアがいるし、まだ父上がいるぞ?」

「おや、そういえば第1王子様はご存知ありませんでしたか。」


 王子が固まった。

 暗殺者は、事実が明かされようとも、別に何とも思わなかった。むしろ、父親を殺された事実を知って、いきり立って襲い掛かって来るようならば好都合だと思った。殺すのに何の躊躇いも無くなる。


「・・・・・・まさか、」


 王子の声が震える。

 ジキルはどこか楽しげに言い放った。


「国王陛下でしたら死去なされましたよ。ついさきほど。そちらの――――――貴方様のお隣におられる、暗殺者の手にかかって。」


 思わず、王子は暗殺者を振り返って見た。

 暗殺者はまったく動じていない。一瞥すらしない。それは逆に、肯定のサインである。

 王子は唾を飲み込んだ。


「・・・・・・今の話は、真か?」

「あぁ、本当だ。確かに、俺が国王を殺した。」

「っ・・・・・・。」


 王子は言葉を失って、唇を噛む。

 信じられない。信じたくない。だが、彼が暗殺者だという話には納得できる。彼が嘘を吐いているようには見えない。


「―――――悪政を敷けば国民に・・・」


 低く呟く。ジキルが眉をひそめて、王子を見た。王子は暗殺者から視線を外し、ジキルを真っ向から睨み付ける。


「悪業を働けば臣下に、刺される。それが王族だ。――――父上は、何か悪業を働いたのか? 悪政を敷いていたのか? なぜ、刺されなければいけなかった?! 答えよ、ジキル!!」

「何故、私にお尋ねなさいます? 国王陛下を殺したのはそこの暗殺者ですよ。」

「依頼をしたのは誰だ? 今、私を殺そうとしている者と、同じではないのか?」


 王子の鋭い詰問に、ジキルは焦ったように言った。


「依頼者などは知りませんが、殺したのは彼ですよ?!」

「何故、それを知っている?! お前は暗殺者と面識があるのか?!」


 ジキルは口をつぐんだ。沈黙は金、という言葉を今更ながら思い出したらしい。

 王子は怒っていた。


「実行犯など関係無い! 問題にすべきは、裁くべきは、父上・・・国王陛下のお命を、不遜にも消そうなどと画策し、それを他人に任せて全ての責任をその人に押し付ける、貴様のような人間だろう?! 違うか?!」


 絶句したジキルを完全に無視し、王子は暗殺者に向き直った。暗殺者は驚いた顔で、王子を見ている。

 王子は怒りの勢いをそのままに、右手を強く握りしめて、暗殺者を殴った。咄嗟のことに、避けられもしない暗殺者。周りの皆も固まった。

 たたらを踏んで呆然とした暗殺者に、王子は晴れやかな顔で言った。


「これで、水に流そう!」

「・・・・・・は?」


 そして、殴った右手を開き、そのまま暗殺者へと差し出す王子。


「私は、フェルも、アリシアも、助けたい。こんなところで、あんな輩に、殺されたくはない。だが、私1人ではどちらも無理だ。頼む、協力してくれ。」

「・・・嘘だろう? 俺は、お前の父親を殺したんだぞ? その上、お前を殺せという依頼を受けている。標的と手を組むなど・・・」

「お前は腕のある暗殺者なのだろう? 今でなくとも、私を殺すことはできるはずだ。父上のことは、一発殴ったので許すと言った。なにより、今はこの窮地を乗り越えるのが先決じゃないのか? フェルを助けたいのは、お前もだろう?」


 暗殺者は言葉を詰まらせた。まさか、自分が殺した男の息子に、自分が今から殺すつもりの男に、協力を打診されるとは思ってもみなかった。

 迷った暗殺者が結論を出すより先に、事態を察した占い師が言う。


「何をぐずぐずしてんだい! とっととやっちまいな!!」


 占い師の一団が動いた。しかし、王子は動かない。手を差し出したまま、真っ直ぐ暗殺者を見ている。


「どうするんだ? 早くしろ!」


 急かされて、暗殺者は頭を掻いた。なんだかよく分からなくなってきた。だいたい、物事を深く考えるのは好きじゃない。複雑な事など大っ嫌いだ。


(・・・あー、くっそ! もう、どうにでもなれ!!)


 やけを起こした暗殺者は、ついに、王子の手を取った。


 王子はニヤリと笑う。最高の魔法使いは、最高の盾を手に入れた。

 暗殺者は嫌そうに目を細める。依頼に板挟みにされた青年は、唯一の逃げ場を見つけた。

 そして、共通の敵に向かう。


 王子が指を弾きつつ、素早くしゃがんだ。金色の粒が暗殺者にまとわりつき、一瞬、強く光って消えた。

 王子の魔法で怪我が完治した暗殺者は、王子の背中に手を置いて、輪を狭めるように迫ってきた奴らを薙ぎ払う。

 それから元通り立ち、今度はきちんと背中合わせになる。

 王子が囁いた。


「私の名はラヴィ。」

「・・・俺は、ザックだ。」

「そうか、よろしくなザック。」

「・・・・・・あぁ。」


 夜はだんだん遠退いていくが、彼らの夜明けはまだ先のことであるようだ。

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