悪魔の従者
まったく、面倒なことになった。
ジキルは、腰が抜けたようにへたりこんだアリシアの喉元にナイフを突き付けつつ、そう思った。
(向こうには何故か、第1王子と、それを殺すためにいるはずの“蜃気楼”がいる。何故か“蜃気楼”が私の部下と戦っていて、何故か第1王子が『最終処理場』の占い師どもと戦っている。アリシアは何故か見知らぬ男といて、男は“蜃気楼”とも第1王子とも面識があるようだ。)
一言で表すと、“混沌”。そんな状況。
(まったく・・・何がどう拗れればこんな状況になるのだろうか・・・。)
元凶はおそらく、第1王子の脱走だろう。それさえ無ければ、第1王子は国王陛下ともども昨日の内に暗殺され、国の実権は第2王女――――――もとい、それを擁護する右大臣に移る予定だった。
いや、ただ脱走しただけならば、まだ良かったのだろう。
ジキルは足元に倒れた男を見下ろした。こいつが問題児だった。イレギュラーにも程がある。
第1王子がこいつに会わなければ、暗殺者かジキルの配下かどちらかが、確実に彼を殺していたはずだ。
(――――早めに始末した方が良さげだな・・・・・・。)
とりあえず後で殺そう。そう決意して、ジキルは視線を移した。
暗殺者と第1王子が並んで立ち、油断なく周りを見遣っている。
ジキルの配下である傭兵たちと、占い師の一団がそれを取り囲み、事態は膠着したようだ。誰もが、倒すべき敵は分かっているのだが隣にいる人物が果たして味方なのかどうか判別出来ない、という、奇妙な緊張の中に立ち往生している。
カツ、カツ、カツ、
石畳をブーツが叩き、ジキルに近付いてくる。
ジキルは寄ってきた老婆を一瞥。
「占い師・・・“朽縄”と言いましたか?」
「よく知っとるじゃないか。お前さんは、王宮の者かい?」
「さて。」
「ふぇっ、ふぇっ。慎重な坊やだの。」
「何用です?」
「わかってるくせに。」
老婆はこずるい笑みを浮かべた。
「敵の敵は味方だ。そうだろう? 私らはあの“蜃気楼”を倒せればそれで良い。隣にいる奴を一緒に殺そうが何しようが、関係ないわぇ。―――――どうする?」
すなわち、『お互い邪魔はしない。手を組むか組まないか、どうする?』と言うことだ。
ジキルは少し黙って、頷いた。
「・・・いいでしょう。私どもの目的は、あの2人両方を殺すことです。」
「両方かぇ、欲張りなことよ。――――――お前たち! 隣にいるのは味方だ! 臆することは無いよ! 遠慮も要りやしない! わかったかぇ!」
「「ウッス!!」」
柄の悪い声が一斉に答え、顔から戸惑いを消した。老婆の一声であっさり順応できる辺り、ただのゴロツキの集団にしては統制がとれている。
傭兵たちがジキルを窺った。
ジキルは黙って頷く。それで状況を推し測ったようで、傭兵たちも自らの敵に向き直った。
緊張感が方向性を取り戻し、収束していく。
(ここで全員殺してしまえば、全て丸く収まる――――――そうだ、忘れていた。)
ジキルは有効な“人質”がいたことを思い出し、王子たちに向かって言った。
「下手な抵抗はなさらない方がよろしいですよ、第1王子様。ここにいる2人の命が大切ならば、の話ですが。」
薄闇の向こうで、第1王子が睨んでいるのが分かる。
「この声・・・思い出した。貴様、確か右大臣の従者だったな? これは右大臣の差し金か?」
「さて、どうでしょう。野心ある者ならば、誰しも王権を狙うものですよ。」
「私を殺したところでシルヴィアがいるし、まだ父上がいるぞ?」
「おや、そういえば第1王子様はご存知ありませんでしたか。」
「・・・・・・まさか、」
目を見開いて絶句する王子に、ジキルはにこりと笑いかける。
「国王陛下でしたら死去なされましたよ。ついさきほど。そちらの――――――貴方様のお隣におられる、暗殺者の手にかかって。」
王子が、表情を失って隣を見た。暗殺者は動じない。その態度が、ジキルの言葉を肯定している。
(これで2人は決別した。)
ジキルは内心、ほくそ笑んだ。
王子の魔法の腕は、正直 厄介だった。盾無しならばいくらでもやりようがあるが、そこに暗殺者の戦闘技術が加わったら、まさに“鬼に金棒”。手の付けようがなくなる。
しかし、国王陛下暗殺を知った今、あの2人が手を組むことはあり得ない。
さらにこちらには人質もいる。数もある。
(終わったな・・・・・・。)
勝利しての終結を予感し、ジキルは目を細めた。




