従者の後悔
「ま、待ってください! 待って! 私は・・・あの人を置いていっては・・・・・・っ!」
抵抗むなしく、アリシアは青年に――――――王子に“フェル”と呼ばれていた彼に手を引かれ、酒場を出るはめになった。
酒場のドアを開け放つと、嫌に冷たい夜気が2人を包んだ。一歩出たところで、フェルが立ち止まる。アリシアは止まりきれずに、フェルの肩にぶつかった。
肩越しに人影が見える。その内のひとつが、こちらを見て叫んだ。
「――――フェル!!」
「あれぇ、ザック?!」
フェルが返答した瞬間、いくつもあった人影がいっぺんに動き出した。暗がりでよく見えないが、多対一の戦いのようだ。
フェルはわたわたとしながらも、意外にしっかりした足取りで、アリシアを引っ張った。
「こ、こっちです・・・・・・巻き込まれるとまずいんで・・・。」
最初にアリシアが入っていった路地とは反対の路地の前まで来て、2人は止まった。フェルが、アリシアを安心させるように、微笑みかける。
「ここまで来れば、たぶん、大丈夫だと思います。」
「そ、そうですか・・・・・・。」
戦闘慣れしていないアリシアは、展開にまったく付いていけず、呆然と頷いた。
暗闇の中、どうにか攻防を見ることができる。金属音や風切り音や、物騒な音ばかりが耳に届く。
(近所迷惑だな・・・。)
と、アリシアはどうでもいいことを思った。どうでもいいことでも思っていなければ、泣き出してしまいそうだった。
汗ばむ手のひらが恐怖に震えている。
(――――――なんで、こんな事に巻き込まれてんのよ・・・・・・あぁもう最悪っ! 全部ぜんぶぜ~んぶ、クソ兄貴の所為だ!! もう嫌だ、帰りたい・・・!)
ぎゅっ、と目を瞑り、拳を握りしめたアリシア。
その手が不意に、
「――――っ!」
「大丈夫ですか?」
フェルに握られた。
アリシアはびっくりして振り返った。フェルはどこまでも柔らかい笑みで、優しくアリシアの手を包む。戦場を前にしているとは思えない余裕だ。
「最近、何か悪いことしましたか?」
「え?」
突然の問いに、アリシアは目を瞬いた。
「悪いこと・・・ですか?」
「はい。何かしましたか?」
「・・・・・・・・・。」
アリシアは答えられずに、うつむいて黙り込んだ。
(国王陛下の暗殺を黙認した・・・・・・それだけじゃない。シルヴィア様のために、第1王子様を売ろうとした・・・。)
沈黙を返したアリシアを見て、フェルは多少察したのだろう。手を握る力を少しだけ強めて、言った。
「後悔、してますか?」
「・・・・・・えぇ、しています。いくらしても足りないくらい。」
「なら、大丈夫です。」
アリシアは顔を上げた。
「悪いことに自覚があって、それを後悔してるってことは、これからの行動を許されるためのものに出来る、ってことです。許される為に動く人を、神様は殺しません。どんな窮地に陥っても、案外どうにかなるものですよ。」
「そういう・・・もの、なのでしょうか?」
「そういうものです。僕なんて、」
ギィィンッ
一際高い金属音が、フェルの言葉を断ち切った。音の方を見遣る。
と、鍔迫り合いをしていた1つの影が、また別の影の襲来を避け、そして次の瞬間3つ目の影に殴られた。
「ザックっ!!」
フェルが思わず叫んだ。
アリシアも息を飲んだ。破砕音とともに、酒場の中から新たな人影が――――王子が、転がり出てきたからである。
「――――――凍りついた悲しみが俺の敵を貫く】!」
敵の声が響いた。金色の光が瞬間的に辺りを照らし、巨大な氷柱が宙に生じた。
アリシアとフェル。繋がった手が強く固まる。
背中合わせになった暗殺者と王子が、パッと顔を見合わせ、向こう側に身を投げ出した。
その時。
真横から鈍い音がして、
「っうあっ!!」
フェルが呻きその場に崩れ落ちた。
声も出せずそちらを向いたアリシアに、背後から手が掛かる。
「大人しくしていなさい、アリシア殿。」
「――――――ジキル様・・・!」
夜の城下に轟音が響き、盛大な水蒸気の柱が立った。
久々の更新です、すみません。
ありがとうございました!




