追い詰められる王子
「うわああああああぁっ!!」
突然、商人が叫んだ。
奴らが何かしたのか――――――カッとなった王子は、隣でおろおろしているアリシアを置いて、カウンターに飛び乗った。魔法を放つ。
「【闇よ、我らに仇為す者どもを飲み込め】!」
「ちぃっ、【運命は私に味方する、闇を打ち払――――」
振り返った老婆が魔法を放とうとし、しかし、ぎりぎりのところで間に合わなかった。金色の粒子が室内を照らし、形を持った闇が彼らに纏わりついて自由を奪う。
王子は結果の確認もせず、カウンターから飛び下りて、老婆の脇をすり抜けた。
「あ、う、うああああぁ・・・・・・。」
「フェル! 大丈夫かっ?!」
「・・・ら、ラヴィさん? ラヴィさん?!」
「何をされた、フェル!」
「ね、ねず、ねず・・・――――――」
「・・・ねず?」
「鼠、がぁ・・・・・・うぅ。」
王子は目をしばたたかせた。――――鼠? 鼠が、どうしたというのだろうか。――――王子は理解 出来なかった。
商人は本気で泣き顔だ。
(・・・・・・と、とりあえず――――――)
王子は商人の背後に回り、縄に手を当てた。小さく呟く、
「【解けろ】」
と、縄がひとりでにほどけて床に落ちた。
「フェル、立てるか?」
「はい・・・大丈夫です・・・・・・うぅ。」
「アリシア、早くコッチに来い。」
「は、はいっ!」
呼ばれたアリシアが人壁を通り抜けて、王子たちに合流するとほぼ同時に、
「――――――~~~~~、闇を打ち払え】!」
老婆がさっきからずっと唱えていた呪文が成就した。王子の魔法が掻き消える。
王子は眉をひそめ、商人の袖を引っ張った。
「出るぞ!」
「逃がすもんかい! やっちまいな!」
「「おうっ!!」」
「フェル、アリシア、先に行け!」
「え?! し、しかし――――――」
「わかりました、すみません! 行きましょう!」
王子の命令に、商人は素直に従った。商人は自身が足手まといになることをよく理解している。故に、諦めと行動は人一倍 早い。アリシアの腕を掴んで、扉に向かって走り出す。
王子は扉を背に、占い師と相対した。占い師の周りでは男たちが、拳を、剣を、それぞれ構え、半円上に王子を取り囲んでいる。
「盾の無い魔術士がどこまでやれるかねぇ?」
「盾無しだからと言って、あまり舐めない方がいいぞ。負けてやるつもりはないのでね。」
「ふぅん・・・その高慢な鼻っ柱、今すぐへし折ってやるよ!」
占い師が王子を指差したのが、合図になった。
「ぅおらぁっ! 死に晒せぇっ!!」
吠えながら突っ込んできた1人に対して、王子は指を構えると、パチンッ、と弾いた。
「――――――っ、うおわっ!!」
何がどう作用したのか、男が壁まで吹っ飛ばされた。
占い師が盛大に舌を打ち、いきり立って突っ込もうとした奴らを制した。
「言無しの呪文でこの威力かい・・・。鼻も高くなるはずだよ。」
まぁまだ青いがな――――――――呟いて、占い師は手を打った。
「【運命は私に味方する、炎は私に力を貸す――――」
「【闇よ我にっ!」
占い師に対抗して詠唱を始めた王子だったが、唐突にそれを中断し、しゃがんだ。
風切り音が頭上で鳴った。
「詠唱なんかさせるかぁっ!」
宣言した通り、絶妙な間合いを保った奴らの攻撃に、王子は防戦一方で、指を弾く隙さえ無い。
そうこうしている内にも、占い師の呪文は途切れることなく成就を目指す。
(マズイな・・・・・・このままでは、)
王子はそこで思考を止めた。その言葉だけは、思うことすらしたくなかった。
しかし焦りは消えない。占い師の魔法は完成間近だ。無数の金色の粒子が、占い師の両手の中に集まって、煌々と光輝いている。
「――――は私の手にあり】!」
ついに、成就した。
集まった金色が、一瞬で炎の塊に変わった。真っ赤な光が店内を染める。熱風が王子の髪を煽り、威力の高さを思い知らせた。
「う・・・・・・――――――っ!」
思わず動きを止めてしまった王子を、回し蹴りが襲った。
吹っ飛ばされて背中からドアに激突。そのままドアをぶち破って、外に転がり出る。
「ゲホッ、ごほっ、ぐっ・・・・・・。」
咳き込みながらもどうにか立ち上がる。
酒場の中が、真っ赤に燃え上がっている。
(くっそ・・・・・・やばいな・・・。)
気圧されて、無意識に後ずさる。――――――その背中が、何かに当たった。
振り返る。
ほぼ同じ高さに、暗い目があった。
その目が王子の後ろを見て、見開かれた。
王子も、その目の向こう側を見遣り、目を丸くした。――――――どでかい氷柱が、宙に浮かんでこちらを狙っている。
一瞬、2人は目を合わせた。
王子は瞬間的に判断し、暗い目の彼の肩を強く押した。と同時に、王子の腕も強く引かれ、彼らは大きく横に転がった。
夜の城下に轟音が響き、盛大な水蒸気の柱が立った。




