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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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叫ぶ商人

 商人が目を覚ますと、視界は薄暗く、頬は冷たくも暖かくもない床にくっついていて、腕の自由が効かなかった。


「う・・・うぅ~ん・・・・・・あ、あれ? ・・・・・・ここ、は?」

「お目覚めかい、坊や。」

「へっ?! あ、うわあぁっ!」


 突然、目の前に占い師の老婆の笑顔が飛び込んできて、商人はびっくりして跳びすさろうとした。しかし、拘束された状態では思うように動けず、唯一のけ反らせた頭を椅子の足に強打する結果となった。


(っ!! いぃっ・・・たぁ~・・・・・・。)


 思わず涙目になる商人。

 占い師たちが頭の上で笑っている。

 その笑い声に、ますます自分が情けなく思えてきて、商人は本当に泣きそうになった。


「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。坊や、悪いが私たちの目的のために、犠牲になってもらおう。」


 占い師が言った。


「ぎっ、ぎせっ・・・え?」

「ま、自分の不運と“蜃気楼”を、存分に恨むんだね。」


 蜃気楼・・・?――――――商人は首を傾げた。


(僕、自然現象に何かやったっけ・・・・・・。)


 商人は暗殺者の二つ名を知らない。


(あれ、でも、何か聞き覚えあるなー・・・最近、どこかで聞いたような気がする・・・。)


 彼がそれを思い出す前に、占い師は言う。


「さぁて、蜃気楼が来る前に、準備しちまおうか。――――――坊や? ちょいといろいろ聞かせてもらおうかい。あんた、名前は?」

「え? あ、ええと、フェルリーと言います。」


 商人が素直に答えると、占い師は一瞬ポカンとし、呆れたようにため息をついた。


「・・・・・・あんたさ、“魔術士には名を名乗るな”って、誰かに教わんなかったのかい?」

「あぁ、はい、教わりました。」

「教わったならどうして。」

「だって、聞かれたら答えるのが礼儀でしょう?」

「・・・・・・・・・あぁ、そうかい。あんたがそう言うなら、それでいいや、うん。」


 商人はごくごく真面目に答えていたので、占い師が微妙な表情をしているのが不思議でならなかった。

 占い師の老婆は無理矢理自分を納得させて、商人に向き直った。


「それじゃあ改めて聞こうかえ。――――――フェルリー。」

「はい?」


 商人が返事をすると、老婆がニヤリと笑った。その目が、金色に輝き出す。

 それを見ていると、商人はだんだん奇妙な感覚になってきた。自分の体の中身を、全部ギュッ、と掴まれたような感覚。何かよく見えない、魂やら心やらが吸いとられていくような感覚。

 そうして遅ればせながら、商人は思い出した。


(そうだった・・・・・・父さんに、教わったんだった。――――――“魔術士に名前を教えることは、命を差し出すことだ。”って・・・。)


 朦朧とし出した意識の中で、老婆が口を開けたのが見えた。

 と、その時。


「【魔の縛りを断ち切らん】!」


 凛とした声が響いて、商人はハッと我に返った。

 全員が、声のした方に注目する。カウンターの裏に潜んでいるらしい。老婆が目で合図をして、他の男たちがカウンターとの距離を詰めていく。


「誰だい?」

「生憎、魔術士に渡せる名は持たぬ。今すぐ、フェルを放せ!」


(この声は――――――ラヴィさん? な、なんでここに?!)


 商人は思ったが、口出しできる雰囲気ではなかったため、黙っていた。


「姿も見せずに、よくも高飛車に命令できたねぇ。その度胸は誉めてやるよ。」

「悪いが、悪党の賛辞を甘んじて受けるほど、私は安い者ではない。」

「そうかいそうかい、誉め甲斐の無い男だねぇまったく。それにしたって、その喋り方・・・一般人じゃあないね?」

「さて、どうだろうな。少なくとも、貴様らの同類ではないとだけ言っておこう。」


 占い師と乱入者の緊張感溢れる応酬に、酒場の空気が冷えていく。


(――――――ん?)


 その時、薄暗さに慣れた商人の視界の隅で、酒樽が少し揺れた。


「あんたもこの坊やの知り合いなのかい?」

「答えるまでもないだろう? 分かっているのなら早く放せ。私は悪党に対して容赦はしないぞ。」


 不意に酒樽が大きく揺れた。

 その隙間から、小さな影がいくつか飛び出した。


(ま、まさか、あれは・・・――――――)


 その正体に思い当たり、商人は顔色を変えた。怯え。恐怖。商人の顔は、今まで遭遇したどんな窮地の最中の顔よりも、引きつっていた。


「はっ、恐ろしや恐ろしや。どこの誰だか知らないけど、随分な自信じゃないか。後で泣いて命乞いしても、許してやらないよ。」

「命乞い? ふんっ、馬鹿にするな。誰がそのようなことをするものか。」


 商人は彼らの話などまったく聞こえていなかった。

 影は敏捷に動いて、商人に近づいてくる。

 そして商人の目の前に来ると、わざとらしく思えるほど唐突に止まって、赤い目をきらりと光らせて、一言 鳴いた。


「チュウ。」


 その瞬間、ついに耐えきれなくなった商人は、思いきり、


「うわああああああぁっ!!」


 叫んだのであった。

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