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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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暗殺者の機嫌

 

 暗殺者は走った。全速力だ。

 何故こんなにも一生懸命になっているのか――――仕事でもないのに――――いまいちよくわからなかったが(わからないフリをしているだけなのかも知れないが)、とにかく我が敵のもとへ、早く、早く、行かねばならぬと焦っていた。冷静沈着で知られる暗殺者にしては珍しいことである。それを自覚して、余計に彼は焦り苛立つのであった。

 酒場『ランプ』が近付いてきた。さもない、小さな店だ。暗殺者は幾分か手前で立ち止まった。


(妙な気配がするな・・・。)


 焦っていても、暗殺者は暗殺者。酒場の周りを囲む気配を敏感に感じ取って、息を殺す。


(占い師の一団とは違うな・・・あいつらはもっと安っぽい。これは・・・この気配は、もっとドロドロとしていて・・・・・・・・・俺に、近い。)


 それらの気配からは、同業者の匂いがしたのである。

 暗殺者は近場の屋根に上り、体勢を低くし闇に混ざって、ゆっくり酒場に近付き始めた。

 近付くほどに見えてくる。酒場を取り囲むように、手練れが何人か――――――


(5人、か。)


 いる。酒場の裏に2人。横の窓のところに3人。気配は抑えているようだが(暗殺者に言わせれば『まだまだ甘いな。』という程度だったが)、姿は隠す必要がないらしく、露にしている。


(誰だ?何が目的だ・・・?)


 暗殺者は顔をしかめ、仕方なしに様子見することにした。が、しかし、


「――――――~わああああああぁっ!!」


 夜空に微かに響いたその声を聞いて、血相を変えた。

 瞬間、殺気が爆発する。それに釣られて、酒場の外にいる奴らが一斉に彼を振り返って武器を抜いた。恐怖と動揺から、屋根からヒラリと飛び降りた暗殺者に襲いかかる。

 暗殺者は妙な気分でいた。何に対しても苛々する。何を見ても怒りが湧く。すべての物がうざったく、どうでもよく、必要なく思えた。自分を縛る依頼も、自分を遮る敵も、自分を抑える理性すらも、ぶち壊してしまおうと思った。

 敵の刃が迫ってくる。ああ思っていたよりは速いな、と、彼は他人事のように思った。

 ふらり、とよろけるように体を後ろに傾ける。鋭利な刃が彼の肩口をかすめた。

 背後から別の者の刃が迫る。それを避けがてら、目の前の1人の懐に飛び込んだ。

 鋭く息を吐いて、相手の胸ぐらを掴むと、素早く体を反転させて一息に投げ飛ばす。

 暗殺者はナイフを取り出した。投げた輩を仕留めるためである。


「――――――っ。」


 投げる直前、暗殺者は横からの殺気に気付いてしゃがんだ。頭の上、数ミリのところを凶器が切り裂いていく。

 暗殺者は標的を切り替えた。

 爆発的な踏み込みからの、神速の斬撃。下から伸び上がるようにして、敵の頸部を切り裂こうとする。

 そのナイフが、なにか硬いものにぶち当たったような音をたて、ひびを入れた。

 暗殺者はとっさに相手を蹴って、距離を取った。


(魔術士がいるのか。厄介だな・・・。)


 暗殺者の周りには、隙なく武器を構えた3人が、完全に進路も退路をも絶っている。向こう側には2人、片方は魔術士、片方は弓を携えて、左右に分かれて彼を狙っている。

 一戦交えて、暗殺者は冷静さを取り戻した。


(さて、と・・・・・・どうするか。)


 チームワークが面倒だが、決して倒せない奴らではない。殺してしまえばあっさり終わる。

 沈思黙考する暗殺者に向かい、敵方の1人が静かに言った。


「貴様は、何者だ?」


 嫌そうに顔をしかめて答える暗殺者。


「・・・ただの通りすがりだ。」

「何故、我らの邪魔をする?」

「俺の邪魔だからだ。」


 暗殺者はナイフを抜いて、両手に構えた。夜の冷たい空気が、さらに温度を下げる。


「無駄な殺生はしない主義だが、悪いな。――――今夜は、機嫌が悪いんだ。」


 今まさに戦闘が始まろうとしたその時。

 酒場のドアが開いた。

 

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