使われる盗人
盗人さんのお話です。時制は前話の少し後。
不思議な場所で変わった人間に出会い、爆弾(だと思い込んでいる物)を処理し損ねた盗人は、ズルズルと辛気臭く歩いていた。
(はぁぁ~・・・弱ったぁなぁ・・・・・・。)
口から出るのはため息ばかり。
成り行きで(盗みをしたのが悪いのだが)爆弾を所持する羽目になり、投棄しようにも出来ず、その上 変な頼み事さえされてしまい、盗人はすっかり参っていた。
(ふむむむむぅ・・・・・・王子様暗殺の話を広めてくれ、っつわれたってなぁあ。)
第1王子が暗殺されようとしている、と語った地下の人は、『きっと王宮は気付いていない。おそらく、王子はまだ王宮にいない。だから、町の噂として、広めてくれないか? この事を。王宮の耳に、ラヴィ様の耳に、入るように。それだけでいい。それだけで、人々の意識は変わるのだから。』と盗人に頼み込んだ。
それで、いま彼は、
(うううううぅぅぅ・・・・・・どうしよぅかぁ・・・。)
と悩み込んでいる。
(盗人ネットでも使ぅかぁ?しっかし、なぁー。ふぅむ・・・。)
「弱ったなぁあ・・・。」
「何がどうしたって? 鼠。」
「わぁあぁ!」
鼠は大袈裟に飛び上がって、振り返った。
「く、くくくくく、“朽縄”のババァじゃねぇかよぉ、脅かすない!」
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。なぁにをそんなに怯えてるんだぇ? 原因は・・・・・・その、鞄のようだねぇ?」
「なあ゛っ!」
「図星かい。ふぇっふぇっ。」
“朽縄”の二つ名を持つ占い師が、盗人をからかうように笑う。盗人はかろうじて、『相っ変ぁらず薄気味悪ぃばぁさんだぜぇ・・・。』と呟くのを抑えた。地獄耳の婆さんに聞かれでもしたら、何を言われることか、わかったもんじゃない。
「どうにかしてやろうかぇ、鼠? ・・・・・・その、鞄の中身、丸ごと買い取ってやろうか。」
「・・・・・・はぁ?」
「ついでに、お前さんが抱え込んでる面倒事も、引き受けてやろう。」
「・・・・・・。」
『なんで知っているのか?』という疑問は、この占い師には愚問である。だから盗人は何も言わず、ただ、疑った。
占い師を精一杯睨んで、精一杯ドスの効いた声を出す。
「なぁにを、企んでぇいやがんだぁ?」
占い師は不気味に微笑んだ。この食えない老婆が、無償で人助けなどするはずがないのである。
(これ以上ぉ、厄介事にぃ巻き込まれるわけにぁいかねぇよぉ・・・。)
この切実な思いを知ってか知らずか――――おそらくは重々承知した上で――――占い師は盗人の目を覗き込んだ。
「お前さん、今の“蜃気楼”と知り合いだろう?」
「蜃気楼の旦那ぁ? あぁ、まぁ、そうだけどぉ・・・。」
盗人と先代“蜃気楼”は旧友で、共に仕事をしたこともある仲だ。その繋がりで、現“蜃気楼”の彼とも顔見知りなのである。
「蜃気楼の旦那が、どうしたんだぁ?」
「今、この町にいるって知ってたかい?」
「そうなのかぁ?! へぇえ、そいつぁ知らなかったなぁ。」
しかし、どうして今ここで蜃気楼の名が出てくるのだろう、と、盗人は首を傾げた。嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。
果たして占い師は、盗人の耳元で囁いたのであった。
「あいつを潰したいんだ。ちょいと協力しておくれよ、鼠。」
「なぁっ、えぇっ、そ、そんなぁことぁ、」
「何、ちょっと声をかけて、蜃気楼を連れ出すだけさ。珍しく、蜃気楼が堅気の者を連れていてね。そいつと引き離して欲しいんだよ。」
ここまで言われたら、盗人にも占い師のやりたい事がわかった。
(そのぉ堅気の方をぉ、人質にぃするつもりだなぁ。)
「きちんとやれたら、あんたが抱える物ぜーんぶ引き受けてやるよ。――――――やってくれるな?」
「・・・・・・。」
盗人はもちろん、首を横に振ろうとした。抱え込んでる物は確かに押し付けてしまいたいが、先代とはいえ“蜃気楼”は彼の旧友だ。裏切るような真似は、盗人のプライドが許さなかった。
だから当然、断ろうとして、占い師をまっすぐに見据えた。
目があっている。
占い師の金色の目だ。――――金色の? ――――不思議に思った時はもう遅かった。
(うぅ、爆弾~・・・・・・面倒事ぉ・・・・・・俺にぁどうにもできねぇよぉ。どうしろってんだよぉ。あぁ、あぁぁぁぁ・・・。)
当然、盗人は底知れない不安に襲われて、泣きたくなった。そこに、占い師の優しい声が囁くのである。―――――――――私たちなら、その不安どうにかしてやれるよ。大丈夫だ、雑談をしてくればいいだけなんだから。バレなければいいんだよ。バレたって、私たちに無理矢理やらされたんだと言えば、蜃気楼だって人間だ。見逃してくれるさ。――――――――――囁かれるほどに、盗人はだんだん、どうにかなるような気になってきて、遂に、
「・・・わかったぁ。」
と頷いたのであった。
ありがとうございました!




