暗殺者の本領
「つ、か、ま、え、たぁっ!!」
「ふぎゃぁっ!」
“鼠”というあだ名にふさわしく、あちらこちらをちょろちょろとしぶとく逃げ回り続けた盗人だったが、暗殺者は自身の身体能力を最大限に駆使して、ついにそいつを押さえ込んだ。
「いい、痛い痛い痛いぃっ!す、すみませぇん蜃気楼の旦那ぁっ!旦那のお知り合いたぁ、知らなかったぁんですよぉ!ごめんなせぇって!い痛いぃぃっ!」
「・・・うるさい。」
逃げる盗人に散々走らされて、暗殺者は苛立っていた。自然、取り押さえる手にも力が籠る。きつく後ろ手に締め上げられて、盗人は大袈裟な悲鳴を上げた。
「勘弁してくだせぇよぉ~旦那ぁ。」
「・・・・・・悪いが、返してもらうぞ。」
「どぉぞどぉぞ、持っていってくだせぇ。むしろぉ、ありがてぇやぁ。」
爆弾なんぞ持ってたかぁねぇよ・・・――――――苦い顔で、盗人は呟いた。
暗殺者は、盗人の背を足で踏んで押さえ、商人の鞄を回収すると、中に手を突っ込んだ。
「ひぃっ!・・・だ、旦那ぁ?な、何をぉ・・・・・・?」
「・・・・・・。」
鞄の中から黒い筒を一本取り出して、その上部に手をかける。暗殺者が何をしているのかを肩越しに見て、足の下で盗人が暴れだした。
「わっ!わっ!わぁぁっ!だ、旦那ぁ?!旦那ぁ!勘弁してくだせぇってば!悪かったぁ、俺がぁ悪かったぁよぉ!だからぁ許してくれぇっ!」
「・・・なぁ、」
ぱこんっ。間抜けな音。ふわり漂う高貴な香り。
喚き出した盗人の鼻先に、それを突き付け、暗殺者は冷たく言った。
「これが、爆弾に見えるのか?」
「・・・・・・はぁ?これはぁ・・・?」
「異国のお茶だ。」
「・・・・・・・・・。」
盗人は目を真ん丸にして、黙り込んだ。あまりのことに茫然としてしまい、何も言えないようだ。
ぱこん。
再び間抜けな音を鳴らし、香りを閉じ込める。思わず漏れたため息が、残り香を揺らした。
(ったく、手間かけさせやがって・・・・・・。)
鞄を肩にかけ、盗人の上からどく。
盗人はゆっくりと上体を起こして、その場に胡座をかくと、ムスッとした顔で口を開き、やけに冷たい口調で、こう問いかけた。
「――――――ところで、旦那ぁ。」
「?」
「お連れさんはぁ、どちらにぃ?」
ぴりっ、と、電流が首筋を走ったような気がして、暗殺者は盗人をにらんだ。
狡い鼠はにやりと笑って―――――その額には大粒の汗が浮かんでいたが―――――、蜃気楼を掻き乱す。掻き乱された蜃気楼は、柄にもなく感情を剥き出しにし、思いのままに動いたのだった。
すなわち、彼は憎むべき盗人の胸ぐらを鷲掴みにし、そのまま片手でこの小男を持ち上げて、壁めがけて投げ飛ばしたのである。
古ぼけた家の壁は、盗人の衝突に耐えられず、豪快な破砕音をたてて崩れた。それでも家全体が壊れなかったのは、元の造りが良いからか、それとも盗人の運が良かったからか、とにかく一面だけの壁をぶち抜いて中に転がりこんだ盗人は、半泣きになって呻いていた。―――――――――うぅ~・・・だぁから、旦那に手ぇ出すのは嫌だったんだよぉ~・・・・・・。あぁんの、くぅそババァ~・・・―――――――暗殺者は、ぼそぼそと何やら呟いている盗人に近づいて、今度は、その首の下あたりに足を乗せた。
「誰の、命令だ?」
低く問いかけた暗殺者の目が据わっている。容赦なく放たれる殺気に当てられたのか、盗人は大きく震えだして、大人しく答えた。
「う、ううう、占いぃ師のぉ、ババァ・・・・・・“朽縄”のぉ・・・。」
「目的は?」
「ししし、蜃気楼の旦那をぉ、潰してぇとかなんとかぁ言ってたぁ・・・・・・。」
「居場所は?」
「し、知らねぇ。知らねぇよぉ本当ぅだぁ!奴等のアジトはぁ、『最終処理場』のぉ南の“羅朽門”だぁがぁ、今ぁ何処にいるかぁってこたぁ知らねぇぇっ!」
険しい顔で盗人を睨み、暗殺者は何も言わない。無言の重圧に圧され、遂に盗人は泣き出した。
「本当に俺ぁ知らねぇんだよぉ旦那ぁ~。許してくれぇよぉ~。俺ぁただ、旦那をぉ『最終処理場』から連れ出せぇ、って言われただけぇでぇ、うまぁいことやったらぁ、爆弾をぉ、高値ぇで買い取ってやるぅってぇ・・・・・・。」
「――――――そうか。」
一言。ポツリと呟くようにそう言って、唐突に、暗殺者は腕を振った。風切り音もなく、ギラリと光る刃が闇夜を切り裂いて飛んでいく。
「ひぃっ!」
盗人は思わず身を縮めたがしかし、ナイフが刺さったのは盗人ではなかった。
「うあ゛っ!」
悲鳴は家屋の外から聞こえた。
「――――この俺が気付かないと思ったか?」
「っ・・・・・・。」
「おい、鼠。」
「ぅえっ、あ、はいぃっ!」
「俺は、金にならない殺生はしない。しかし、損をもたらす者を、生かしておくこともしない。――――覚えておけ、次は無い。」
そう吐き捨てると、暗殺者は家を飛び出していった。
外にいた輩は、足からナイフの柄を生やし、もう1人いた仲間に置いていかれて慌てふためき怯えきっていた。そいつに詰め寄り、胸ぐらを持ち上げる。
「何処にいった?」
「・・・。」
暗殺者の問いに、怯えながらも目を逸らして、黙秘権を行使した男。
(面倒だな・・・・・・。)
そう思った暗殺者は、ナイフを一本取り出して、言葉に力を込めた。
「【言え。】」
彼とて、白兵戦に強いだけが取り柄ではない。魔法だって、ある程度は使える。暗殺業のために覚え込まされた技術だ。もちろん、専門家には遠く及ばないがしかし、相手の怯えにつけこみ怒りを込めて発すれば、敵の溜まり場を聞き出すくらいは容易いことだった。
魔法とナイフの相乗効果で更なる怯えに震える盗人が、ようよう紡ぎだした答えを聞いて、暗殺者は素早く身を翻した。
「城下町の・・・・・・酒場・・・――――――“ランプ”っていう店に・・・・・・・・・。」




