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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第2章
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大根役者の従者

 

 『王子を見つけたら、「ランプ」という名の酒場の裏に来い。私の従者がそこにいる。そいつに居場所を報告しろ。』


 バカ兄貴の言葉を思い出しながら、あてがわれた寝床からそっと起き上がったアリシア。

 決して物音を立てないよう、細心の注意を払って酒場を脱け出す。辺りを確認し、通りを横切る。

 アリシアには、夜空に浮かぶ月の真っ白な輝きが、まるで自分を凍え死にさせんとしているように思えた。


(あぁ・・・いや、むしろ、いっそのこと・・・・・・)


 沈黙のため息。

 贖罪を求める代わりに、彼女は歩みを速めたのであった。


 しばし歩くと、目的地が見えてきた。

 『ランプ』と銘打たれた酒場は、あまり大きい店でなく、深夜の今、暗闇に沈んで存在感を無くしていた。店の左側には小さな路地があって、細い道が反対の通りまで続いている。野良猫が出てきたのと入れ替わりに、アリシアは路地に足を踏み入れた。

 道の中程に到ると、右手に古びた木戸があった。錠を掛けるべきところには、口を開いた南京錠が力なくぶら下がっている。アリシアは路地の入り口を一瞥して、それから寸の間躊躇し、ゆっくり木戸を開くと中に入っていった。

 木戸をくぐると、そこはこぢんまりとした庭だった。その中央に、輪郭を闇に溶かした人影がある。アリシアは一歩だけそれに近寄り、警戒心からか立ち止まった。

 人影はアリシアの方を向いて、軽くお辞儀をした。


「こんばんは。お待ちしておりました、アリシア殿。」

「・・・・・・お待たせ致しました、ジキル様。」


 ジキルはアリシアを手招いた。渋々、といった風情で、彼女は庭の奥へと進む。

 アリシアが人1人分くらいの間を空けて立ち止まると、彼は幾分か声を低めて、アリシアに尋ねた。


「――――――して、第1王子様はおられましたか?」


 きた・・・っ――――――――アリシアは唇を少しだけ噛んで、ジキルを睨むように見た。

 ジキルはジキルで、歪んだ笑みを浮かべ、アリシアの視線を受け止めた。


「どうかなさいましたか、アリシア殿?」

「いえ・・・・・・その・・・・・・実は・・・・・・・・・」


 わざとらしく口ごもりながら、アリシアは察していた。


(私の考えは読まれている・・・。・・・でも、退くわけにはいかない!)


 決断は既にしていた。

 アリシアは――――まぁ、バレているならもういいか――――と、諦めて、大根にも程がある演技をうつ。

 すなわち彼女は俯いて、内心で大いに怯えると同時に大いに笑いながら、棒読みでこう言ったのである。


「申し訳ありません、ジキル様。第1王子様を見つけたには見つけたのですが、王子様は私にお気付きになると、素早く御身をお隠しになってしまいまして・・・・・・。それっきり、見失ってしまいました。本当に、申し訳ございません。」


 アリシアが1人でどんな決心をしたのか、何を守って何を犠牲にしようとするのか、ジキルには手に取るようにわかっていた。わかっている、ということに気付かれていることもわかっていた。

 だから、怖い笑顔で、言ったのであった。


「そうですか・・・・・・。しかし、ご安心ください。こんなこともあろうかと、他の者にも見張らせておりますから。」

「・・・・・・はい?」

「はい。ですので、貴女の役目はここまでです。」


 アリシアは、嫌な予感に身を固くした。


「どうぞ・・・・・・ごゆっくりお休みください。」


 彼がパチンッと指先を鳴らした瞬間、夜中の庭に気配が満ち溢れ、風切り音があちらこちらからし―――――――――何もわからぬまま、アリシアの視界は暗闇に閉ざされた。


 

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