優秀な王子
前回のあとがきで、「一夜明けた朝から」と書いてありましたが、あれは間違いです、すみません。
正確には、まだ夜は明けていません。
午前2:30~それくらいのつもりで書きました。
今回もどうぞ、よろしくお願いします。
第1王子、ラッヴィアンドは、酒場の店主のベッドを占領しておきながら、眠れずにいた。
半身を起こし、小さな窓から空を見上げる。白い月が、冴えざえとした光を放って王子を見下ろしている。窓を開けると、冷たい夜気が流れ込んできた。
夜気に身をさらし、頭を冷やして、王子は思う。
(私は・・・・・・ここにいて、いいのだろうか。)
彼の決意に揺らぎはない。けれど、不安も同時に存在する。
誰に迷惑をかけようが、何としてでも国を出る。
アリシアに言った気持ちは変わらない―――――が、本当にそこまでしていいのかと。そこまでして国を出て、一体自分は何がしたいのかと、王子は悩んでいた。
そもそも、世間知らずな自分が国を飛び出して、1人でやっていけるのだろうか。ここを出たら、次はどこに行けばいい?いや勿論、考えてはいるが。隣の国に行って、そのまた隣の国に行って・・・どこまで繰り返す?路銀が尽きたらどうする?それから―――――それに―――――さらには―――――・・・・・・
「っ。」
王子は首を振って、ため息をついた。考え出したらきりがない。
(・・・・・・・・・戻ってしまおうか、面倒くさい。)
一瞬そう考え、すぐに否定する。
(これだから私は駄目なんだ。“面倒くさい”“不安だ”と、それだけの理由で何も為さず・・・・・・。いつまでもこのままではいけないんだ。だからこそ、こうしてここにいるんじゃないか。そう―――――私は、変わるんだ・・・。)
王子は、優秀だ。
教わったことなら、何でも理解し、実践できた。一を聞いて十を知り、十を知って百を思いつくような人間だ。
何をやっても、彼にとっては簡単なこと。やりがいはもとより、達成感も無い。けれど、周りには誉められ讃えられる。
“一生懸命やってないのに、何故?こんな適当にやったのに、何故、誉められてしまう?”
焦りや不安に似た、ジリジリと焦げるような想いが、常に王子に付きまとっていた。
そうこうしているうちに、取り組むのも面倒になってきた。
王子は、そんな自分が嫌いだった。
(変わるんだ・・・・・・。)
頭を垂れて自分を押さえ、月を見上げてそれを誓う。
国を出てしまえば、全てが変わる。そう確信していた。
(―――――よし、寝よう。)
王子は横になり、目を閉じた。
―――が、やはり、眠ることは出来なかった。
悩んでいるが故ではない。
「・・・?」
外で、物音がしたからだ。ギィ・・・と木が軋む控え目な音。耳を澄ますと、無理矢理抑え込んだ堅い足音も聞こえた。
不審に思った王子。
そっと、窓から外を覗き見る。――――――と、1人の女性が見えた。
(あれは・・・・・・アリシア?)
暗がりの中だが、つい先ほどまで顔を突き合わせていた女性を見紛うことはない。
王子は首を傾げた。窓の外のアリシアは、早足で通りを横切り、どこかへと消えていってしまった。
(一体、何処へ行った?何故、こんな夜中にアリシアは・・・?――――――まさか、)
城の者に発見報告をしに行ったのだろうか――――――。
そう思った王子は、素早くベッドから下り靴を履くと、階下に降りて行った。
一階の店内では、自分のベッドを追われた店主が、可哀想に毛布にくるまって床で熟睡している。
王子はミノムシのように丸まったそれを、手荒く揺すった。
(「おい、店主。起きろ。」)
「ぐがっ・・・・・・ふぅぅぅぅ・・・・・・がぁぁぁああご、」
(「起きろ。3秒以内に起きなければ、この店 燃やすぞ。3、2、1――――」)
「・・・・・・ふがっ!ぁっ、ふぁっ、ふあい!およびでしょーか王子様?!」
(「声がでかい。抑えろ、馬鹿。」)
(「あっ・・・・・・は、はい。すみません・・・。」)
冷たく叱責された店主は、飛び起きた勢いのままに正座をし、王子に向き合った。王子の真剣な眼差しが、店主を真っ直ぐに見据えている。その迫力に圧され、店主の眠気は吹き飛んだ。
思わず唾を飲んだ店主に向かい、王子は有無を言わさぬ口調で言った。
(「少し出てくる。すぐに戻ってくるから、もしもフェルが帰ってきたらよろしく言っておいてくれ。アリシアには、“行き先は知らない”と言え。いいな?」)
(「あ、は、はい・・・。」)
(「では、な。」)
それだけを言い、王子は店を出ていった。王子の瞳は爛々と輝き、自分の予想から外れた展開を、アリシアの来訪や行動は彼にとって都合の悪いものであるにも関わらず、心の底から楽しんでいるように見えた。
おそらく、これは、何でも出来る人だからこその楽しみ方なのだろう。“自分ならどうにかできる”という自信が、ハプニングを、障害を、スリルあるアトラクションのようにしているのだ。
店に1人、残された店主は、しばらくの間 呆然として、
「・・・・・・はぁ。なんだか、なぁ・・・。」
とため息まじりに呟き、元通りミノムシと化したのであった。




