国王と父親
王様視点でお送りします。
嫌な予感がする。
(さぁて、私もそろそろ死に時か?)
国王はそう思った。
第1王子に身体能力とカリスマが、第2王女に聡明さが、第3王子に慧眼があるように、彼らの父親である国王陛下には、先見の明があった。
(死ぬならば・・・・・・そうだな、やり残しをできる限り減らさなければな。)
国王は、王として冠を被った瞬間から、死への覚悟を持っていた。
“悪政を敷けば民に
悪業を働けば臣下に”
刺されるぞ、と散々 言い聞かされてきた。
(まぁ、善政をしたって刺されるときは刺されるのだけどな。)
邪魔に思う者が1人いれば、刺される運命にあるのが国王である。
覚悟は、している。
国王は、早急に処理しなければならない書類をあらかた片付け終わると、部屋を出た。その後ろを、従者が付いてくる。
(まずは・・・・・・シルヴィアかな。)
一人娘の部屋へ向かう。
時間はまだ、そう遅くはない。寝てはいないだろう。
部屋の前には、騎士が2人 並んで立っていて、国王の姿を見て慌てて敬礼をした。
軽く頷き返し、部屋のドアをノックする。国王は、中からの反応を待たずに、
「私だ、入るぞ。」
と一方的に宣言して、ドアを開けた。
寝間着姿の第2王女が、慌てて振り返って険のある顔で国王を睨んだ。
「ちょっ・・・・・・お父様?!乙女の部屋に不法侵入とは、万死に値しますわよ!」
「何を言っている、シルヴィア。不法侵入ではないぞ。きちんと、ノックしただろう?」
「返答するのをお待ちになってくださいな。でないと、ノックの意味が無いと思いません?」
「ふむ、一理あるな。」
「一理どころの騒ぎではありません。常識です。」
「ところでシルヴィア。アリシアはどうした?」
「今宵は非番ですわ。――――ご安心くださいませ。どこかの誰かさんのように、嵌めるために休みを取らせたわけではありませんから。」
椅子を勧めながら、皮肉を込めて素っ気なく返したシルヴィア。国王はわざとらしく咳をしつつ、勧められた席に着いた。
「ところで、どうかなさいましたか?お父様。珍しいですわね、わざわざ訪ねて来られるだなんて。呼んでくだされば伺いましたのに。」
「む、何を言う。女性の独り歩きは危険じゃないか。何が起きるとも分からんのに。城の中とはいえ、油断は大敵だからな。」
「・・・・・・そこは気遣うのですね・・・。」
「ん?何か言ったか?」
「いいえ何にも。それで?まさか、雑談をなさるために来られたわけではないのでしょう?」
「なんだ、忙しかったか?」
「いえ、そういうわけではありませんけど・・・・・・。まさか、本当に、雑談をしに?」
「あぁ。」
堂々と頷いた国王を前に、王女は呆れた表情になって溜め息をついた。
―――――しかし、満更でも無かったらしい。なにせ久々の親子での交流だ。王女は、内心では嬉しがっているように見えた。
しばし、雑談に興じ、国王は席を立った。
「あら、もうお戻りになられますの?」
「乙女の部屋に長居は無用であろう?―――――なんだ、もっといて欲しいのか?」
「えぇ。なかなか、このような機会はありませんから。」
からかったつもりで言った言葉に、素直に返されて、国王は言葉を失った。
第2王女は“してやったり”というような笑顔で言う。
「お父様がご多忙であることは、重々、承知しておりますわ。お父様のなさっている政治は、王女として誇れるものです。―――――ですが、娘として言わせていただけるのならば、」
と、王女は、笑顔の中に心配を滲ませた。
「―――――お父様は働きすぎですわ。たまにはゆっくりと、休まれたらいかがです?お父様の周りの臣下たちは、みな優秀です。多少 丸投げしたところできちんと受け止めてくださいますわよ?ですから、倒れる前に休まれてください。」
父親が過労死だなんて、嫌ですわ―――――――第2王女はそう言って、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「・・・・・・・・・。」
国王は、何も言えずに立ちすくんでいた。
黙り込んだ国王をいぶかしみ、王女が首を傾げて顔を覗き込む。
「―――――お父様?」
「っ。あぁ、いや・・・・・・。」
国王ははたと我に返り、微笑み返した。
「ありがとう、シルヴィア。」
「・・・・・・別に、娘として当然のことですわ。」
「そうか。―――――ではな。おやすみ、シルヴィア。」
「おやすみなさいませ、お父様。また明日。」
“また明日。”
国王はその言葉には答えずに、部屋を後にした。
***
第3王子の部屋の前には、誰もいなかった。
(ふむ。忘れられているにも程があるな。)
そう思いつつ、国王はドアをノックした。そして、王女の時と同じように、一方的に宣言して―――――しようとして、出鼻をくじかれた。国王が何を言うより先に、
「お入りください、お父様。」
と、第3王子が中から言ったからである。まるで、来訪が分かっていたかのような反応の良さだった。
国王はちょっと面食らったが、咳払いをひとつして、
「入るぞ。」
と、扉を開けた。
澄ました顔で小首を傾げた第3王子が、椅子に座ったまま振り返っていた。国王は勧められた椅子に腰掛けた。
「どうかなさいましたか?珍しいですね、わざわざ来てくださるなんて。何か御用でしたら、呼んでくだされば良かったのに。」
その言葉に国王は、さすが兄弟だな・・・・・・と思った。
「あぁ、いや別に。特に用事はない。」
「はい?」
「ただ、雑談をしに来ただけだ。忙しかったか?」
「いえ・・・・・・そんなことは・・・。」
口下手な息子は口ごもりながら首を振った。
ここでもしばし雑談に興じ、適当なところで切り上げて、国王は腰を上げた。
「ではな、カルディア。おやすみ。」
「はい、おやすみなさいませ、お父様。―――――その・・・また、お暇でしたら、来て、くださいね。ええと、その・・・きょ、今日は、嬉しかったです。お話・・・できて・・・。」
照れくさそうに顔を俯けた第3王子にそう言われ、国王は言葉を失った。
「・・・・・・・・・。」
黙って突っ立っている国王に気付き、第3王子が心配そうな顔で見上げた。
「―――――お・・・お父様?どうか・・・・・・なさいましたか?」
「っ、あぁ、いや、何でもない。じゃあな。」
「えぇ、それでは、また明日。」
国王は黙って部屋を出ていった。
***
[国王の手記より]
初めて、だ。
初めて・・・・・・“死にたくない”と思ってしまった。
知らないうちに、子供たちはきちんと育っていた。あまり、話さなかった今までの時間が、悔やまれる。
もっと話せば良かった。
もっと接していれば良かった。
もっとこの子たちの・・・・・・いや、これは言うまい。こればかりは、言っても後悔にすらならない。
さよならだ、私の愛しの子供たちよ。
ひと足先に、ソフィアのもとへ行く。
***
翌日――――――――国王の寝室に行った従者が、ベットの中で事切れている彼を発見した。
これにて、第一章 完結です!
後になっていろいろ付け足したりするかも知れませんが、その時はお知らせします。すみません。
とりあえず、一区切り付きました。
良かったです。完結に向けての大きな一歩です(たぶん。)
これからもどーぞ、よろしくお願いいたします!




