牢屋の中の平民
ミシェルくんのご登場です。
『ミシェル、いつもご苦労。』
『お前が私の側近になって・・・・・・もう、5年になるか?早いものだな。』
『迷惑ばかりかけて、すまない。』
『礼にもならないが――――――これを、受け取ってくれ。なに、ほんの気持ちだ。』
『確か、お前は以前、「よく行く酒場がある」と言っていたな。何と言ったか・・・――――・・・そうそう、“ランプ”。その店だ。』
『従者長になってから、忙しくてろくに行っていないだろう?たまには、息抜きをしてくるといい。』
『あぁ、今日はもう上がっていいぞ。―――――――ミシェル』
『いつも、ありがとうな。これからも、よろしく頼む。』
***
冷たい牢屋の隅に踞り、ミシェルは2日前のことを思い返していた。
(畜生っ・・・・・・。)
ただの踏み台だと。いつか彼が即位した暁に、重要な官位を授かるためにと。そう思いながら、あの口ばかり達者な生意気な王子に仕えてきた。
初めてミシェルが王子に出会ったのは、王子が12歳のときだった。
笑顔などほとんど見せない子供だった。イタズラもしない。一人で黙々と、勉強か修行か読書か、そんなことしかしていなかった。理論で人を言いくるめるのが好きで、ミシェル自身、よくからかわれては言い負かされ、殴りたい衝動を必死に堪えていたものだ。
(言い負かした時の、あの、どや顔がな・・・・・・余計にムカつくんだよな。)
そういう時ばかり、王子はとてもいい顔で笑うのである。
当時の従者長にゴマを擂りまくったのが効いたのか、側近に抜擢されたのがそれから2年後のこと。それ以来、彼はずっと、親よりも近くで王子の成長を見てきた。
(まぁ、成長したのは身長だけだったがな・・・・・・。)
ミシェルは、王子にはほとんど心を開かなかったつもりだ。彼にとって王子とは、踏み台でしかないのはずなのだから。
主従関係よりまだ冷たい関係を築いてきた。
信頼などしていなかった。
好きでもなかった。あんな、可愛いげのない子供なんか・・・・・・。
しかしそれでも、5年だ。5年間も、ともに居たのだ。
(――――何とも、思ってない・・・・・・はずだったのに・・・っ!!)
どうして、こんなにも目が熱いのだろうか。
5年という月日は長く、そして偉大である。ましてや人並み外れたカリスマ性を持つ、一国の王子が相手だ。1人の男の心が動くには、充分過ぎるほどの時間だった。
『ミシェル。何をしている?早く来い。』
『ふんっ、お前は本当にバカだなぁ。それはこうするんだよ。覚えておけ。』
『ミシェル、お前は無知だ。第1王子の側近たるもの、博識でなければならないものだ。だからこれを読め。――――私のお薦めの物語だ。読んだら、感想を寄越せよ。』
『ミシェル、いつもありがとうな。これからも、よろしく頼む。』
「―――――――ちぐっ、しょおぉぉ・・・・・・。」
ミシェルは両目を膝に押し付け、暗い独房に声が響かないよう気を付けながら、肩を震わせ続けていた。
申し訳程度に付けられている天窓から、満月の光が射し込んで、その肩を白く濡らしていた。
***
どれくらい、そうしていただろうか。時は、日付が変わる直前の頃だ。
不意に、月が陰った。
ミシェルはフラリと顔を上げる。
疲労と空腹で、もはや何も考えられなかった。しかし、五感だけはそのまま―――――いや、むしろ敏感になっていた。
(―――――人、か?)
足音が微かに、独房の中に響いている。月が見え、そしてまた陰る。
「~~~~~。~~~く頼~~、~~~。」
「~ぁ。・・・・・・~~~~、~~~~名~は何~~~んだ?」
小さな話し声。よく聞こえない。
聞くともなしに聞いていると、ミシェルの耳は、ある単語を拾った。
「~?~~、~っとね、“ラヴィ”さんっ~~~人な~~~~。」
「・・・・・・“ラヴィ”?」
(・・・・・・ラヴィ?)
確か、自分を陥れた者の愛称が、そんなものじゃあなかったか・・・・・・?ミシェルは眉をひそめ、耳を澄ませた。
「~~。~~く~い人だ~。~~~取~返して~~~し、~~~盗ら~~~~し、それに、なんだかすごく~~~~~んだ。」
「―――――~ぁ、~~~の本名は、ラッヴィアンドじゃ~~~?」
「え?~~~~~よ。なんで?」
「いや・・・一昨日、言っただろう?俺の~~~標的は、~~~~~~と、第1王子だと。~~、そいつが“ラッヴィアンド”という~~~~~~、~~つは第1王子だ。~~~、標的だ。・・・・・・明日、殺しに行く。~~~て、もし~~~なら~~~~。俺の仕事の~~~~~なよ。」
「・・・・・・わかった。~~~~~いよ。」
それきり、声は聞こえなくなった。
足音が遠ざかる。
月光が射し込んでくる。冷たい光の中に座り込んだまま、ミシェルは呆然としていた。
「―――――・・・・・・なん・・・だっ、て?」
聞こえた内容を反芻する。
(ラヴィ?ラッヴィアンド様?第1王子?標的?――――殺しに・・・?)
話を理解して、ミシェルは血の気が引いていくのを感じた。
(王子が・・・殺されるのか?)
怨み辛みはもちろんあった。死んじまえとも思った。しかし―――――実際に暗殺の計画を聞くと、何故か心がざわついた。放っておいてはいけない。どうにかして、止めなければ。
(“仕事”と言っていたな。つまり、あれは暗殺者か。ということは、誰かが、王子の暗殺を頼んだんだな。一体・・・誰が?)
疑問は多々あるが、とりあえずミシェルはそれを置いておき、立ち上がった。まずは、脱獄する必要がある。
(―――――王子を、殺させてはいけない・・・っ!)
せめて誰かに知らせなければ・・・――――――――新たな指命に胸を燃やし、ミシェルは本気で策を練り始めた。




