恐れる暗殺者
『最終処理場』の中心部には、ぽっかりと開けた空き地があった。一戸の家もない、普通の土地である。なのに、何故か柵が設けられていた。
暗殺者と商人は、その柵を乗り越えた。空き地の向こう側に、暗殺者の家があるらしい。
「―――――で、何の用だ?わざわざこんなところまで来て・・・。」
「あぁ、うん。ごめんね、突然 来ちゃって。実は・・・・・・変装道具を貸してほしいんだ。」
「変装道具を?どうして、また・・・。」
「うーんとね・・・・・・どこから話せば良いのかな・・・。―――――実は僕、置き引きされちゃって。」
「はぁ?」
「で、その犯人に、偶然 行き合った、って言う人が、財布を取り返してくれて、届けてくれたんだ。」
「・・・。」
「届けてくれたお礼に、何かしたいなって思ったんだけど・・・・・・そしたらその人、誰にも気付かれずに国を出たいんだって。いろいろとワケありな人みたいで、身元を明かせないから、出国許可証が取れないらしくて・・・それで、僕の家族、ってことにして、一緒に出国したいんだ。」
「・・・・・・それで、変装道具を?」
「そうそう!絶体バレたくないから、女の人になろうか~ってね。そういう話になってさぁ。」
「女の人に、ね・・・。」
「無理かなぁ?」
商人は情けない顔をして、暗殺者を見た。暗殺者は難しい表情をしていたが、やがて、
「・・・・・・まぁ、出来ないことはないだろう。」
と頷いた。
そんなことより、暗殺者は別のことが気になっていた。
(誰にも気付かれずに出国したい?ワケありで身分を明かせない?―――――まさか、な・・・・・・。)
城を出て国を出たがっているという、王子のことが頭をよぎった。
「良かったぁ。よろしく頼むよ、ザック。」
ほっとした嬉しそうな表情の商人に、暗殺者は尋ねた。
「あぁ。・・・・・・ところで、その人の名前は何て言うんだ?」
「え?あぁ、えっとね、ラヴィさんっていう人なんだけど。」
「・・・・・・“ラヴィ”?」
暗殺者は眉をひそめた。ますます、嫌な予感が色濃くなる。商人は暗殺者の険しい表情に気付かず、上機嫌で話していた。
「うん。すごく好い人だよ。財布を取り返してくれたし、中身も盗らなかったし、それに、なんだかすごく話しやすいんだ。」
「―――――なぁ、そいつの本名は、ラッヴィアンドじゃないか?」
「え?・・・違うと思うよ。なんで?」
「いや・・・一昨日、言っただろう?俺の今回の標的は、この国の国王と、第1王子だと。もし、そいつが“ラッヴィアンド”という名前だったら、そいつは第1王子だ。つまり、標的だ。・・・・・・明日、殺しに行く。確認して、もしもそうなら、離れろ。俺の仕事の邪魔はするなよ。」
「・・・・・・わかった。邪魔はしないよ。―――――確認しておくね。たぶん、違うと思うけどな。」
商人はそう言って笑った。
それからしばらくは黙って歩いた。
反対側の柵を乗り越えたときである。商人は、ぽん、と手を叩いた。
「あ、そういえばさ、王子様ってお城を脱走したみたいだね。」
「あぁ。・・・・・・よく、知ってるな。」
「んー、ここに来る途中さ、そのことについて話してる人に会ったんだ。」
商人は、その時に聞いたことを丸々すべて、暗殺者に話した。彼の記憶力は規格外なので、一言一句ほぼ違えることはなかった。
「―――――だってさ。」
「ふぅん・・・。いろいろと、面倒そうだな。」
話を聞き終えた暗殺者は、心底 嫌そうに相槌を打った。暗殺者は暗殺者であるから、このような権力争いに利用されることは多々ある。しかし、面倒事を嫌う彼にとっては、何度 経験しても慣れるものではなかった。
「大丈夫なの?ザック。」
「・・・・・・ま、どうにかなるだろ。―――――死ぬ前に逃げるさ。」
心配顔の商人に、わざと平然と平淡な声で言って、暗殺者は空を見上げた。
冷たい光を放つ月が、暗い夜空に浮かんでいる。薄い雲がさらさらと流れて、その光をいたずらに遮ったりしていた。
そんな光景を見ていたら、暗殺者は柄にもなくしみじみとした気分になってきて、今宵 確実にこの世を去る男のことを思った。
(悪いな。俺は死ぬのが怖いんだ。)
そうして笑った暗殺者は、まるで死神のような雰囲気であったが、商人は見ていなかった。




