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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第1章
20/90

お人好し商人

 『最終処理場(ダストボックス)』に着いたとき、夜はすっかり深まってしまっていた。

 しかも、商人は重要なことを知らずにいた。


(どの家に住んでいるんだろう・・・?)


 一口に『最終処理場』と言っても、その範囲は案外 広い。詳しい位置を聞いておかなかったことを、商人は後悔していた。

 いろんな人々が雑多にいる街を歩き、友人の姿を探す。少々、いや かなり、無茶なことをしているが、商人は根気よく探し続けた。


「おにーさん、ちょいと寄っていかないかぁい?楽しませてあげるよ~。」

「にぃちゃん、にぃちゃん!どうだい、こいつ。買っていかないかい?“幸運を呼ぶ壺”!今ならたったの50金貨!お買い得だよ~!」

「ねぇねぇお兄ちゃん、お花 買ってよ?ね?」

「お恵みを・・・・・・お恵みを、ください・・・・・・どうか・・・・・・お恵みを・・・。」


 様々な素性の、しかし総じて貧乏そうな人々が、次々に商人に声を掛けてくる。それにいちいち対応しているうちに、商人の財布はだいぶ薄くなってしまった。


(うーん、まさかこんなに使うことになるなんてなぁ・・・。恐るべし、ダストボックス・・・・・・。)


 本当に恐るべしなのは、商人のお人好しぶりだと思う。


(それにしても、見つからないなー・・・。)


 だいぶ時間を食ってしまった。このままではいつ帰れるかわからない、と、焦り始めた商人。

 そこに、


「おや。あんた、お困りかい?」

「えっ?――――あ、はい。」

「どれ、こっちへおいでなさい。占ってあげようじゃないか。」


 路地裏の暗がりにいた老婆が、商人を手招いた。紫色のベールで顔を隠し、黒っぽいローブに身を包んだその姿は、どこからどう見ても、“占い師”以外の何者でもなかった。

 商人は素直に近付いて、占い師の前の粗末な椅子に腰掛けた。


「―――――何か、探してるようだねぇ。」

「あ、はい。ちょっと、友人を・・・。」

「そうかいそうかい。じゃあ、この水晶に手を当ててみなさい。」

「はい。」


 言われるがままに、机の上にあった大きな水晶に手を当てる。


「さぁ、それじゃあ、占おうかぇ。目を閉じて。」

「・・・はい。」


 商人は目を閉じた―――――瞬間、


「っ、うわぁ!」


 襟首を何かに掴まれ、上に思いっきり引っ張り上げられた。 と思ったのも束の間、次の瞬間には地面に落とされていて、「いったぁっ!」と、商人は情けない声を上げた。

 恐る恐る目を開けると、そこは老婆のいた路地の奥で、商人の回りでは屈強な男たちが、ニヤニヤしながら彼を見下ろしていた。


「い~ひっひっひっひっひっ。ちょろいねぇ、お兄さん?そんなんじゃあ、命がいくつあっても足りないよ。ひっひっ。」


 商人の目の前で老婆が笑っている。


(え?え?あれ?な、なんで?え?)


 状況をまったく理解していない商人。しかし、情勢は止まってくれない。


「さぁて、兄ちゃん?有り金ぜ~んぶ置いていってもらおうかい。」

「なに、命までは取らねぇから、安心しな。あっははは!」

「え、ちょ、ちょっと、待っ・・・・・・。」

「ギャッハハハハハ!ひっさびさに、いいカモが来たなぁ!ヒャッハーッ!!」

「さて、お前ら、とっととやっちまいなさい。」

「「ウーッス!」」

「ちょ、待ぁっ・・・・・・!」


 相手の男が商人の胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。商人は思わず頭を手で覆い、目を瞑った。

 ドッ

 衝撃がきたのは、頭でも顔でもなく、腹の方だった。


「っ・・・・・・うぇぇ。」


 腹の中に溜まっていた酒が逆流しかけて、慌てて口を押さえる商人。胸ぐらから手を離されて、その場に膝を付く。

 遠退きかけた意識の中で、周りの男たちの笑い声が耳に障った。


(うぅ・・・・・・どうして、こう、僕って・・・・・・ダメなのかなぁ。)


 と、そう思って目を閉じたその時だ。


「―――――っ、ひっ、うわぁぁあああああっ!!」

「ぎゃあああああああああっ!」

「あ゛ぁあ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!」


 耳に障る笑い声が、耳をつんざく悲鳴に変わって、商人は目を開けた。

 見ると、男たちの腕やら足から刃が生え、血が噴き出している。

 商人が言葉を失っていると、誰かが背後からその腕を引っ張った。慌てて立ち上がり、引かれるままに後ずさる。

 それが誰なのか確認できないまま、気付くと商人は路地の反対側に出ていた。

 商人を引っ張ったその人は、大きくため息をついて、苦い顔をした。


「―――――何をしている、フェル。」


 商人はその人を認め、ついさっき窮地に陥ったことも忘れ、だらしなく頬を緩めた。


「あー、ザックだ。ようやく会えた。良かったぁ。」

「・・・・・・フェル。お前、呑気にも程があるぞ。」


 暗殺者は呆れた面持ちで、もう一度 深いため息をついた。

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