番狂わされたエリート
「王子、王子!何処にいらっしゃいますか、王子!」
大理石の廊下をカツカツと、立てる足音高らかに、険しい顔をした男が一人、歩いている。彼の名前はミシェル。第1王子直属の従者長である。
生真面目そうな顔立ちは、いかにも口煩い従者然としていて、出世欲より忠義を重んじる男のように見えた。
「ちっ・・・・・・あんのクソ王子・・・・・・どこ行きやがった?あんまり出歩かれると、俺のエリートコースに傷が付くだろうが。」
“人は見かけによらない”という。平民出身の彼が、第1王子の側近を任されるまで登り詰めるには、相当な努力が必要だった。もちろん、“悪い方向”の努力も・・・だが。
さて、そんな彼だから、自分の今後を左右する大切な大切な王子様が昼食を最後に見当たらない、となれば――――正直どこぞでのたれ死んでいようが構わないのだが――――探さないわけにはいかない。
見失った他の従者や近衛兵たちに当たりながら、大理石を割らんばかりに強い歩調で、王宮内を歩き回る。
――――――と、
「ミシェル様、ミシェル様!」
廊下の影から、真新しい制服が着慣れない様子の従者が現れた。確か、つい1ヶ月前に王宮に上がったばかりの者だ。
(何という名前だったかな・・・?――――まぁ、いい。)
ミシェルはその者に近付くと、自ら問いかけた。
「どうした。」
「あ、ミシェル様・・・。」
「見付かったのか?」
「いえ、それが・・・・・・。」
煮え切らない態度を見せる従者に、ミシェルは苛立ちを隠さず、早く言え、と命じた。
メイドはその迫力に怯えながら、恐る恐る、衝撃の事実を言った。
「王子殿下におかれましては・・・・・・城下に、下りられたご様子で・・・・・・。」
「何っ?!」
ミシェルは驚いた声を上げつつ――――――これはチャンスではないか?今、自分が慌てて城下に行き、王子殿下を保護できたら、それを土産に更なる出世ができるのではないか?幸い、向かった先に心当たりはある――――――。
衝撃の事実ではあったが、ミシェルには一筋の光明のように思えた。不測の事態をも利用する。それが出世の秘訣だ。
(そろそろもうワンランク上にいきたいからな・・・。)
心中でほくそ笑みながら、表面上は真面目な顔をして、ため息をついてみる。
「・・・・・・仕方がない。私が城下まで探しに行ってこよう。」
と、歩き出したミシェルを、従者が更に引き止めた。
「お待ちください、ミシェル様。」
「まだ、何か?」
不機嫌そうな顔をして振り返ったミシェルを前に、従者は唾を飲み込んで、
「陛下が、ミシェル様をお呼びです。」
至急、謁見の間まで来るようにとの仰せです――――――――――その言葉を聞いたとき、ミシェルはただ、『ちっ、出世するのが少し遅れるじゃないか・・・。』としか思わなかった。
普通の命令ならば、わざわざ“謁見の間”に呼んだりしないということにも思い至らず。