悟る王子
舞台は酒場に戻ります。
久々に第1王子様のご登場ですね、はい。
商人が出ていった後、王子はひとり、酒場でぼんやりとしていた。かき入れ時の酒場は多くの人で賑わっており、店主も忙しく走り回っている。
(そうか・・・・・・これが、“仕事”か。)
時折 城下に来ることはあったが、これほど遅くまでいたことは無かった。ましてや酒場など、一応まだ未成年である王子には縁遠い場所だ。
だからこそ、この賑わいを見て、働く人々を見て、そんなふうに思ったのである。
(ここには、今まさに働いてきた人々が集まっていて、また別の人々の働きによって癒されている。いろんな人々の働きが繋がって、1つの、1人の、生活をつくっている。)
おそらく―――――これはあくまで、王子の推論に過ぎないのだが―――――ここにいる人々の中で、『自分が働くのは国のためだ。』と言う者はいないだろう。
(ただ、きっと、自分のため。誰かのために、働いているのだろうな・・・・・・。)
王子は、初めて芯から理解したような気がした。
帝王学として、庶民の生活については散々聞いてはいたし、学んできたが、
(やはり、実際に来てみないと、分からないものだな・・・。)
庶民の生活が、これほど熱気のあるものだとは教わらなかった。
「・・・今度、シルヴィアを連れてきてみるか。」
辛辣だが聡明な妹のことを思い出して、王子はそう呟いた。
そのまま、ジュースとサンドイッチを片手に、だらだらと時間を潰す。その間にも、いろんな人々が出ては入りを繰り返し、酒場は一刻と同じ顔を見せない。
くるくると変わっていく表情を興味深く見詰めていた王子は、不意に入ってきた身なりの良い女に気が付いた。
(・・・・・・っ!!)
それが誰なのか、思い当たると同時に顔をそむけ背を向けた王子だったが、少々 遅かったようだ。
1人で入ってきたその女は、王子の姿を認めると、まっすぐ彼の元へと歩を進める。
そして、彼の真後ろに来ると、そっと背中に手を置いた。
「っ・・・。」
「探しましたよ。」
アリシア―――――妹の側近は、さっきまで商人が座っていた席につくと、非難するような目で王子を見据えた。
王子は目をそらし、ばつの悪そうな表情で懇願した。
「・・・・・・見逃せ、アリシア。」
「そういうわけには参りません。皆様、心配しておられましたよ?」
「何が心配だ。シルヴィアが素直に私を心配しているとは思えないのだが?」
「・・・・・・まぁ、それはさておきまして。」
気まずげに咳払いをしたアリシア。
「とにかく、お戻りになってください。いつまでもこのようなところに居られては困ります。」
アリシアのその物言いにムカッときた王子は、
(“こんなところ”とはどう言う意味だ?)
と聞き返しかけ―――――思いとどまる。
代わりに、思いっきりアリシアを睨み付けて、強く宣言した。
「私は帰らないぞ。絶対に、帰らない。誰が何と言おうと、どんなに困ろうと、私はこの国を出るのだ。」
「・・・・・・・・・。」
王子がそう言うと、アリシアは黙り込んだ。何か言いたいことがあるように見えたし、強い躊躇に悩んでいるようにも見えた。
しばらくして、アリシアは溜め息をつくと言った。
「・・・仕方がありませんね・・・・・・。」
「!――――見逃して、くれるのか?」
「いいえ、見逃したりはしません。」
「む・・・・・・。」
「しかし、王子が帰らないのなら私も帰りません。」
「――――・・・は?」
思いもよらぬ発言に、王子は口をパカッと開けた。
アリシアはとても楽しそうに、ニコリと王子に笑いかけて言う。その顔には、まだどこか暗いものが残ってはいたが、王子は気付かなかった。
「私を連れて、出られるものならお出になってくださいな。見付けたからには、私は貴方様から離れませんよ。」
「なっ・・・・・・お前、」
「それが嫌でしたら、大人しくお戻りになってください。―――――あ、すみません、麦酒をひとつ、頂けますか?」
「はい!」
しれっと給仕の娘に軽い酒を注文した彼女を見て、王子は
(うわ・・・・・・本当に帰らない気だ、こやつ・・・。)
その本気度に冷や汗を流したのであった。




