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王国脱走物語  作者: 井ノ下功
第1章
18/90

暗殺者と第3王子

 

「はい?突然、何を仰いますか、王子様。私は確かに、この宮廷の従者ですよ?」


 当然ながら、必死の問いをアッサリ否定され、第3王子は狼狽えた。


(こ・・・・・・このあと、何言えばいいんだろう・・・?)


 ただ、彼が宮廷の人間で無いことは分かっている。宮廷の人でないのなら、外の人間だ。それも―――――錆びた鉄の匂い、言い換えれば、“血の匂い”を纏った人間。

 男の持つ異様な気配に当てられ、言葉を詰まらせ、思考が転覆し、第3王子は咄嗟に、思ってもいないことを口走った。


「頼みがあるのです。この宮廷から出ることも出来ない、非力な私では、どうしようもないのです。そしてそれは、外の人間でなければ為し得ないことなのです。どうか私を助けてくれませんか?」

「王子様・・・先程から、何を仰っているのです?申し訳ありません、私には理解できないのですが・・・。」

「とぼけないでください。―――――貴方は、目が違います。匂いが違います。足音が違います。宮廷の人間の、媚びた目や甘ったるい匂いとは、まったく違っています。音の無い足音など、初めて聞きました。」


 私、けっこう鋭いのですよ――――――――そこまで一息に言って、第3王子は笑みを浮かべた。

 この時、彼は、ある人の言葉を思い出していたのである。


(“未知なる敵にはとりあえず笑いかけろ。そうすれば、たいていは相手が勘違いしてくれる。こいつは危険だ、ってな。”)


 親愛なる兄上が、いつの日だったか教えてくれたことだった。

 だが、その兄上は、親愛なる弟に続きを言うのを忘れていた。


『・・・まぁ、相手が自分より強そうな時は、やらない方がいいけどな。“殺られる前に殺れ。”それもまた、戦いの鉄則だ。下手な挑発は我が身を滅ぼす。気を付けろよ。』




***




 ニコリと笑った第3王子を前に、暗殺者は頭をフル回転させていた。おそらくこれは、予想だにしなかった“窮地”というやつであろう。この第3王子からは、何か危険な匂いを感じた。関わりたくない、関わってはいけない、と、本能が警鐘を鳴らす。


(―――――どうする?下手な殺生は好ましくないが・・・・・・殺られる前に殺るか?)


 一瞬 本気でそう思ったが、結局 暗殺者はこう言った。


「―――――何を、お望みですか?」


 “未知なる敵のことは、できる限り知れ。”―――――彼を暗殺者にした師の言葉だった。最終的に殺すことになろうと、逃げることになろうと、相手の目的を知っていて損はない。そう考えたのである。

 尋ねると、第3王子は笑みを消し、急に態度をおどおどとしたものに戻した。


「え・・・・・・えーと、その・・・・・・――――――・・・あ、そ、そう、そうだ、そうです!あー、あの、あ、兄上が、城から脱走したのはご存知ですよね?」

「・・・ええ。存じておりますが。」


 態度を急変させ、つっかえつっかえになって話す第3王子に、少し違和感を感じた暗殺者だったが、追及はしなかった。とにかく、ここを離れたい一心だったのである。


(―――――で、脱走した“兄上”が、なんだって?探してくれ、か?死体になって帰ってくることになるぞ?)


 心の中で皮肉を込めて呟いた暗殺者だったが、その予想は裏切られることとなる。


「・・・・・・実は、私の兄上は今、右大臣に命を狙われています。殺されてしまうのなら、逃げてくれた方がよっぽど良い。おそらく、どんな手を使ってでも、兄上は出国するでしょう。貴方にはそれを、手伝ってもらいたいのです。」

「・・・・・・はい?」

「お願いします。報酬は・・・・・・そうですね。こんな物しか渡せませんが・・・。」


 と、第3王子は、身に付けていた指輪とブローチを外して暗殺者に押し付けた。かなり高級そうなものである。売り払えば、一生 遊んで暮らしても余るほどの額になると思われた。―――――依頼を受けた時に払われた額よりも多い。

 暗殺者は、一瞬 呆気にとられ―――――


(――――殺そう。)


 と決意した。生かしておいても意味がない。それに、第3王子の願いを叶えることは不可能だ。

 そうして、暗殺者はナイフを手にし―――――


 ―――――彼が第3王子を殺さなかったのは、奇跡としか言いようがない。偶然、その場を通りかかった本物の従者に、呼ばれてしまったからである。呼ばれなければ、彼は確実に、第3王子を殺していたであろう。


(まぁいい。アイツは標的では無いからな・・・。)


 自分の存在を言いふらしたりはしなそうな相手を、標的でもないのにわざわざ殺しに行くのは馬鹿らしい。

 暗殺者は、国王の寝室に綿密な罠を仕掛け、宮廷を後にしたのであった。

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