暗殺者と第3王子
「はい?突然、何を仰いますか、王子様。私は確かに、この宮廷の従者ですよ?」
当然ながら、必死の問いをアッサリ否定され、第3王子は狼狽えた。
(こ・・・・・・このあと、何言えばいいんだろう・・・?)
ただ、彼が宮廷の人間で無いことは分かっている。宮廷の人でないのなら、外の人間だ。それも―――――錆びた鉄の匂い、言い換えれば、“血の匂い”を纏った人間。
男の持つ異様な気配に当てられ、言葉を詰まらせ、思考が転覆し、第3王子は咄嗟に、思ってもいないことを口走った。
「頼みがあるのです。この宮廷から出ることも出来ない、非力な私では、どうしようもないのです。そしてそれは、外の人間でなければ為し得ないことなのです。どうか私を助けてくれませんか?」
「王子様・・・先程から、何を仰っているのです?申し訳ありません、私には理解できないのですが・・・。」
「とぼけないでください。―――――貴方は、目が違います。匂いが違います。足音が違います。宮廷の人間の、媚びた目や甘ったるい匂いとは、まったく違っています。音の無い足音など、初めて聞きました。」
私、けっこう鋭いのですよ――――――――そこまで一息に言って、第3王子は笑みを浮かべた。
この時、彼は、ある人の言葉を思い出していたのである。
(“未知なる敵にはとりあえず笑いかけろ。そうすれば、たいていは相手が勘違いしてくれる。こいつは危険だ、ってな。”)
親愛なる兄上が、いつの日だったか教えてくれたことだった。
だが、その兄上は、親愛なる弟に続きを言うのを忘れていた。
『・・・まぁ、相手が自分より強そうな時は、やらない方がいいけどな。“殺られる前に殺れ。”それもまた、戦いの鉄則だ。下手な挑発は我が身を滅ぼす。気を付けろよ。』
***
ニコリと笑った第3王子を前に、暗殺者は頭をフル回転させていた。おそらくこれは、予想だにしなかった“窮地”というやつであろう。この第3王子からは、何か危険な匂いを感じた。関わりたくない、関わってはいけない、と、本能が警鐘を鳴らす。
(―――――どうする?下手な殺生は好ましくないが・・・・・・殺られる前に殺るか?)
一瞬 本気でそう思ったが、結局 暗殺者はこう言った。
「―――――何を、お望みですか?」
“未知なる敵のことは、できる限り知れ。”―――――彼を暗殺者にした師の言葉だった。最終的に殺すことになろうと、逃げることになろうと、相手の目的を知っていて損はない。そう考えたのである。
尋ねると、第3王子は笑みを消し、急に態度をおどおどとしたものに戻した。
「え・・・・・・えーと、その・・・・・・――――――・・・あ、そ、そう、そうだ、そうです!あー、あの、あ、兄上が、城から脱走したのはご存知ですよね?」
「・・・ええ。存じておりますが。」
態度を急変させ、つっかえつっかえになって話す第3王子に、少し違和感を感じた暗殺者だったが、追及はしなかった。とにかく、ここを離れたい一心だったのである。
(―――――で、脱走した“兄上”が、なんだって?探してくれ、か?死体になって帰ってくることになるぞ?)
心の中で皮肉を込めて呟いた暗殺者だったが、その予想は裏切られることとなる。
「・・・・・・実は、私の兄上は今、右大臣に命を狙われています。殺されてしまうのなら、逃げてくれた方がよっぽど良い。おそらく、どんな手を使ってでも、兄上は出国するでしょう。貴方にはそれを、手伝ってもらいたいのです。」
「・・・・・・はい?」
「お願いします。報酬は・・・・・・そうですね。こんな物しか渡せませんが・・・。」
と、第3王子は、身に付けていた指輪とブローチを外して暗殺者に押し付けた。かなり高級そうなものである。売り払えば、一生 遊んで暮らしても余るほどの額になると思われた。―――――依頼を受けた時に払われた額よりも多い。
暗殺者は、一瞬 呆気にとられ―――――
(――――殺そう。)
と決意した。生かしておいても意味がない。それに、第3王子の願いを叶えることは不可能だ。
そうして、暗殺者はナイフを手にし―――――
―――――彼が第3王子を殺さなかったのは、奇跡としか言いようがない。偶然、その場を通りかかった本物の従者に、呼ばれてしまったからである。呼ばれなければ、彼は確実に、第3王子を殺していたであろう。
(まぁいい。アイツは標的では無いからな・・・。)
自分の存在を言いふらしたりはしなそうな相手を、標的でもないのにわざわざ殺しに行くのは馬鹿らしい。
暗殺者は、国王の寝室に綿密な罠を仕掛け、宮廷を後にしたのであった。




