狼狽暗殺者
前話とほぼ同じ時制です。
出国許可証の発行には、2日かかる。
暗殺決行は1週間以内で・・・との希望だったので、暗殺者は余裕を感じていた。
(―――――まぁ、とっととケリは付けるが。)
許可証が手に入り次第、すぐに決行する予定だった暗殺者は、許可証を受け取ったその足で王宮に向かった。
あらかじめ用意しておいた従者の制服に着替え、宮廷内に忍び込む・・・―――――・・・込んだのは、いいのだが。
暗殺者は、愕然としていた。
(第1王子が・・・脱走しただと?)
宮廷内はバタバタしていた。第1王子が突然の失踪ともなれば、当然のことだが。
(くそっ・・・・・・。厄介なことになったな・・・。)
暗殺者は歯噛みしながら、他の従者たちに混ざって王子捜索のフリをする。
第1王子がいないのは誤算だったが、せっかく忍び込んだのだ。先に、国王の始末をしてしまおうと思ったのである。
適当なところで捜索を止め、人気のないところへ赴く。そこで、天井裏に入ろうとした直前であった。
人の気配を感じて、暗殺者は振り返った。
扉の影からこちらを覗いていたその少年は、びくりと肩を震わせて固まった。
暗殺者はその顔を見て、事前に調べておいた情報を思い返した。
(あれは・・・・・・・・・たしか、第3王子・・・?)
標的の三男もしくは弟。国の三番目の王子。あまり、兄―――――第1王子には似ていないと、常々 思っていた。
その第3王子が、怯えながらも、こちらをじっと見ている。
暗殺者はニコリと柔和な笑みを浮かべて、第3王子に近寄った。
「――――・・・どうかなさいましたか、第3王子様。」
「えっ、あっ、うっ・・・あの・・・・・・」
目がきょどきょどと泳いでいる。言いたいことがあるように見えるが、どうやら口下手らしい。
(面倒だな・・・。)
と暗殺者は思ったが、手荒に扱っていい相手ではないし、騒がれたらこちらに危険がある。仕方なしに、暗殺者は第3王子の一歩手前でしゃがみ、背の低い彼に視線を合わせた。
「どのようなことでも、仰ってくださいませ。」
まぁ、言われたところで何もしないが―――――とは、決して言えない暗殺者だった。
第3王子は、まだ決心がつかないようで、しばらくモジモジとしていたが、暗殺者が根気強く待ち続けていると、やがて暗殺者の目をまっすぐ見て、言った。
「あ、あの・・・・・・。」
「はい。」
「・・・・・・・・・あの、貴方は―――――“宮廷の人じゃありませんよね?”」
「はい?突然、何を仰いますか、王子様。私は確かに、この宮廷の従者ですよ?」
暗殺者は平然と返したが、その実、ひじょうに焦っていた。まさか、事実を指摘されるとは思ってもみなかった。
しかし、暗殺者の否定に聞く耳を持たず、第3王子は必死の形相で彼に詰め寄った。
「頼みがあるのです。この宮廷から出ることも出来ない、非力な私では、どうしようもないのです。そしてそれは、外の人間でなければ為し得ないことなのです。どうか私を助けてくれませんか?」
「王子様・・・先程から、何を仰っているのです?申し訳ありません、私には理解できないのですが・・・。」
「とぼけないでください。―――――貴方は、目が違います。匂いが違います。足音が違います。宮廷の人間の、媚びた目や甘ったるい匂いとは、まったく違っています。音の無い足音など、初めて聞きました。」
私、けっこう鋭いのですよ―――――――第3王子はそう言って、ニコリと笑った。




