三人目のご隠居王子
第1王子が脱走した直後のことです。また登場人物が増えてしまいました(汗)
第3王子カルディアンドは、その立場・性格から、王宮内ではほぼ忘れ去られた存在である。
立場は弱い。王位継承権第三位で、彼が玉座につく可能性はほとんど無い。だから、権力者からは見放されている。
性格は優しく、温厚。自分の境遇を嘆くことも、自分の境遇を嘲笑する者に憤ることもない。華やかな兄や姉を羨むこともない。
ただ王宮の片隅で、本を読んだり、ぼーっとしたりしながら、日々を過ごしている。変化と言えば、時折 勉強に飽きた兄が訪ねて来たり、姉が愚痴をこぼしに来たりする程度で、それ以外は特に何もない。齢14歳にして、まるでどこぞのご隠居の如き生活をしているのであった。
忘れられるのも当然である。
だから、誰も気が付かなかった。彼自身、気が付いたのは最近のことである。
第3王子には、他人より多くのモノが見えた。他人より多くのモノが聞こえた。分かった。感じられた。
頭がいい、ということではなく、ただ感覚的、直感的に、理解できるのである。
それは正に、天性の才と言うべきもの。
それ故に、第3王子は表に立つことを嫌ったのであった。
***
さて、昼を過ぎ、彼は王宮内がやけに騒がしいことに気が付いた。
従者たちの足音、騎士たちの足音、騒ぎ声、狼狽えた声、わめき声・・・・・・いつもは無いいろんな音が、ドアの向こうから王子の耳に届く。
(・・・・・・兄上が、ついに脱走でもしたかな。)
今まで散々、『城を出たい!国を出たい!』と言っていた兄のことである。本当に行動に移したとしても、何ら不思議は無かった。
だから、第3王子にとって、第1王子の脱走はとりたてて騒ぐべきものでは無かった。―――――――が、
(あの計画・・・・・・どうするつもりなんだろう。兄上の脱走は、さすがに予定外だったと思うんだけどな・・・。)
三日前の深夜。
第3王子は、窓の下で密かに話す声を聞いた。王子の部屋は二階にあり、話している2人は万が一にも誰にも聞かれないよう注意していたが、集中した彼の耳にはハッキリと聞こえてしまっていた。
『~~~~~は整った。』
『では・・・。』
『国王と第1王子を暗殺し、計画を成就させる。』
『――――ついに、この時がきたのですね。』
『あぁ。』
『して、私は何をすればよろしいのでしょうか?』
『ダストボックスに、“蜃気楼”と呼ばれる暗殺者がいる。』
『!・・・あの、高名な?』
『うむ。彼に、暗殺を依頼してきてほしい。金は既に用意してある。―――――頼めるか?』
『もちろんですとも、アルシエ様!お任せください。』
『あぁ、頼んだぞ、ジキル。』
第3王子の存在にはまったく気づくことなく、2人は話をまとめると、その場を去っていった。
第3王子は、誰もいなくなった裏庭の暗がりを眺めながら、
(悪いことって、出来ないものなんだなぁ。)
と、しみじみと思っていた。
それで、今日の騒ぎである。
第3王子は最初、兄が右大臣の計画に気づいて逃げ出したのかと思ったが、よくよく考えてみれば、あの兄上が、自分の命を狙う者の存在を知って、黙って背を向けるなどあり得ない。真っ向から相討ち覚悟で襲いかかるくらいのことはしそうである。
そんなことをボンヤリと考えながら、周りの音を聞くともなしに聞いていると、不意に、
“ ”“ ”“ ”
音の無い足音が聞こえた。
こんな音を聞くのは初めてである。従者はもちろん、騎士たちの中にも、このような足音をたてる者はいなかった。
――――――どうやら、普通の人間ではないらしい。そう思った第3王子は、そっと椅子から立ち上がり、扉を開いた。
人気のない廊下を覗くと、そこには1人の男がいた。従者の制服を着ているが、見覚えの無い者だった。
王子は眉をひそめた。
(―――――なんだろう、この匂い・・・・・・。初めて、嗅ぐ・・・?いや、嗅いだことあるぞ。これは―――――)
―――――そうだ。錆びた鉄の匂いだ。
匂いの正体に思い至ると同時に、男が振り返って王子を見た。
男のその目に捉えられたとき、第3王子は背筋がぞくりと震えるのを感じた。
(あの人は・・・・・・自分とは、違う。何もかもが、すべてが、違う人間だ。)
直感的にそう思ったが、逃げ出すことはしなかった。おそらく、思った瞬間に扉を閉めて、部屋にこもって全てを忘れれば、彼はそれ以上 深追いすることは無かっただろう。しかし、第3王子は彼を見据えたまま、微動だにしなかった。逃げてはいけないように思ったからだ。
男が、取って付けたような柔らかい笑みを浮かべた。
「――――・・・どうかなさいましたか、第3王子様。」
「えっ、あっ、うっ・・・あの・・・・・・」
もともと、人と話すことが苦手な第3王子は、思いっきり口ごもった。
逃げない、と決めたはいいが、何を話したものか、皆目 見当がつかない。
(ええと、ええと、・・・・・・・・・。)
狼狽えて答えずにいると、男が近寄ってきた。そのことが余計に、王子の思考を緊張させた。
「どのようなことでも、仰ってくださいませ。」
自分の目の前でしゃがんだ男と、視線がぴったり合う。暗い光をたたえる、怖い目だった。
王子は唾を飲み込んで、意を決し、勇気を振り絞って、尋ねた。
「あ、あの・・・・・・。」
「はい。」
「・・・・・・・・・あの、貴方は―――――“宮廷の人じゃありませんよね?”」
瞬間、空気が凍り付いたように錯覚した。
しばらく、この2人が中心になるかと思います。
まぁ、しばらく、と言っても3話程度だと思いますが・・・。




