憤る王女
この国は、かなり変わっているが、完全実力主義・男女平等を掲げている。
さすがに王権の継承は血筋優先で、第一子から順番に優先順位がつけられているのだが・・・その第一子が、男だろうが女だろうが関係なかった。とにかく、“一番上の子”が次代の国王となる。
今現在、国王の子供は3人いた。王位継承権第一位――――――すなわち第一子は、ご存知ラッヴィアンド様である。そして、
「はぁーっあっ。」
と溜め息をついた少女が、第二子―――――継承権第二位をもつ、ラヴィの妹、シルヴィアンド様である。第二王女様だ。
王女は、その地位に相応しいドレスで、相応しい化粧をし、そして、相応しくない口調と態度で、側近に話しかけた。
「ホンっと、バカみたい!――――ああ、“みたい”じゃないか。見るまでもなく馬鹿なんだっけ。」
「いつになく辛辣ですね、シルヴィア様。」
「だって、あなたも聞いたでしょう?!バカ兄貴とアホ側近の話し!」
整った顔をこれでもかというほど歪めて吐き捨てた王女に、側近は苦笑しながら、「ええ、聞き及んでおりますが。」と大人しく返答した。彼女も王女とは5年近い付き合いである。言葉遣いに関しては、『たしなめても無駄』ということを重々承知していた。
「側近の男が、ラッヴィアンド様に危害を加えたと・・・。」
この2人に、これが狂言であることは伝えられていなかった。しかし、
「はっ!あなた、本当にそんなことが信じられて?」
「・・・はい?」
側近の言を、王女は鼻で笑いとばした。怖い笑みを浮かべ、窓の向こうを睨む。
「私の兄貴が、そのような害を甘んじて受けるとは思わないわ。あのバカ兄貴の魔法の腕は、貴女も知っているでしょう?ヤバイと思ったら、家族が相手でも躊躇なくぶっ放すわよ。」
と、アッサリ狂言であることを見破る。さすがは妹。鋭い。
対する側近は、戸惑いと苦笑を隠そうともしていない。なにせ部屋には2人きりだ。隠す必要など無い。
「では何故、ミシェルを失脚させたのでしょう?」
「そんなの、決まってるじゃない。“自分が脱走しやすくするため”よ。」
側近の質問を一蹴し、王女は事も無げに返す。
「普通に脱走しただけなら、あっさり捕まって終わっちゃうもの。時間稼ぎをしたのよ、自分の側近を犠牲にしてね!」
ホンッと、馬鹿な兄貴っ!――――王女はかなり苛ついているようだった。指先で机をトントントントン叩いている。いや、トントン、というよりドンドンだな。そのうち穴が開くんじゃないかと、側近が不安に思ったその時である。不意にそれを止めて、
「―――――安心なさい。」
と、王女は真面目な顔になり、側近を見た。
「私は貴女を裏切らないわ。決して・・・・・・この命を懸けて。」
「シルヴィア様・・・・・・。」
ハッキリと言われ、思わず側近は涙ぐんだ。
(あぁ・・・・・・成長されたなぁ、シルヴィア様・・・。)
初めて会った頃は、この男勝りな王女様に、散々な目に遭わせられたというのに。――――服の中にカエルを入れられたり――――毛虫を手渡されたり――――部屋から木を伝って脱走したり――――足 引っ掛けられたり、変なトラップを仕掛けられたり・・・・・・その度に害を被って、他の人に怒られるのは、決まって彼女だった。
その王女が。
イタズラ小僧のような王女様が。
こうして、神妙な顔で、真面目に、こんなことを言ってくれるだなんて・・・・・・!
(大人になられたのですね・・・・・・。)
思わぬところで少女の成長を実感し、不覚にもホロリときた側近であった。
そんな側近の顔を、王女は何にも見ていなかった。夕日を仇敵のように睨み付け、顔をしかめ、小さく言葉を繋ぐ。
「ホンッと、馬鹿な兄貴よね・・・。私だったら、絶対に裏切らないわよ。――――利用はするけど。」
感動に浸っていた側近に、その言葉は聞こえなかった。
「あ、そうそう、アリシア。」
「はい?」
「貴女 今日、休みを取っていたわね。少し早いけど、もういいわよ。上がりなさい。」
「――――・・・よろしいの、ですか?」
さらりと言った王女に対し、側近は急に歯切れを悪くした。
「悪いわけないでしょう。それとも何か?早く上がると都合でも悪いのかしら?」
「あ、いえ!――――そういうわけでは、ないのですが・・・・・・。」
王女は眉をひそめて、側近に向き直った。さりげなく目線を逸らした側近を見て、
(あら、隠し事ね。)
と確信する王女。にやり、と、真っ赤な唇が怖いほど綺麗な弧を描いた。
「何を、隠しているのかしら、アリシア?」
「・・・・・・何のことでしょうか、シルヴィア様?この私が、親愛なる王女様に対し、隠し事などするとでもお思いですか?」
「如何な親愛なる主に対してだって、隠し事の1つや2つ、無いわけないでしょう?」
追及を恐れて警戒心を露にする側近に、王女は、
「――――早く、お行きなさい。」
と、微笑みかけた。
「私の気が変わらないうちに退出しないと、洗いざらい吐かせるわよ。」
「シルヴィア様・・・・・・。」
「吐かされたいのなら残りなさい。そうでないのなら去りなさい。さ、どうするの?」
王女はわざとそっぽを向いて、無愛想に言った。
そんな王女の気遣いに、側近は目を少しだけ潤ませて、深々と、頭を下げた。
「・・・では、失礼致します。」
「そう。じゃあ、また明日、ね。」
「はい。――――――ありがとうございます、シルヴィア様。」
心からお礼を告げた側近に、王女は顔を背けて、
「あら、何のことかしら。」
と、いたずらっ子のように笑ったのだった。




