暗殺者と商人
2日前のことだ。
商談が一段落し、城下をぶらぶらと歩いていた商人が、ふと後ろを見ると、そこには旧友がいた。やけに品のいい服を着ているが、確かにあれは友人である。
「あー、ザックだ。」
商人は手を振りながら、彼に近寄った。
「・・・・・・久しぶりだな、フェル。」
「奇遇だねー。元気だった?」
「一応、生きてるが。」
「元気そうだね!安心したよ。」
「お前も相変わらず、呑気にやってるようだな。」
「まぁ、ボチボチってとこかな。」
噛み合ってるようで微妙に噛み合っていない会話だが、これが2人のペースだった。
「あ、ねぇ、もし良かったらさ、お茶でもしない?久しぶりに会ったんだしさ。」
友人はちょっとだけ、考える素振りを見せたが、すぐに頷いた。
***
「今は、何を取り扱っているんだ?」
「え~っとねぇ、これだよ。」
店に着くなり、暗殺者は友人に尋ねた。友人は聞かれるままに答え、商品を机の上に出した。
―――――謎の黒い物体。マグカップくらいの大きさの円柱で、飾りなのかいくつもの直線が刻まれている。見るからに頑丈そうだ。・・・・・・正直、パッと見だけは、小型の爆弾のようにも見える。しかし、この友人がそんな物騒な物を売り歩くとは思えない。暗殺者は首を傾げた。
「・・・・・・?何なんだ、これは?」
「これはねー、」
と、友人はそれを両手で持ち、上の方に力を込めた。
「よい・・・・・・しょ、っと!」
パコンッ、と小気味のいい音がして、円柱の一面が開かれた。
――――その途端、ふわりと広がる香り。周りの人々も思わず、振り返ってしまうような、不思議で気高い、異国情緒 溢れる香りだ。
暗殺者は、かつて一度だけ行ったことのある国を思い出した。
「・・・・・・緑茶、か?」
「うん!“富士みどり”っていう、ブランド物の玉露なんだよ。実は、ここに来る前に相国にいたんだ。そこで買ったものなんだけど・・・。」
「・・・かなり、高かったんじゃないか?」
「うん。すっごい高かった。知り合いが割り引いてくれたんだけどね。それでも・・・高かったなぁ。だから、最近は貴族ばっかり相手にしてるんだよ。――――出は悪いけど、一本 売れればその稼ぎだけで、しばらく暮らせるから。」
(一本、一体いくらなんだ・・・・・・?)
興味はあったが、聞いてはいけないような気がして、暗殺者は唾を飲み込んだ。
友人が元通り蓋を閉めると、匂いが一瞬で遠退いた。かなり密封性の高い容器らしい。しかし、空気に漂う残り香は色濃く、品質の良さを物語っている。
「ちょっと蓋が固いのが難点なんだけどね。まぁ、質を守るためだから、仕方ないんだけどさ。」
そう言って友人は笑った。
***
商人は品物を鞄にしまい、友人に向き直った。彼の仕事が暗殺者であることは、とうに知っている。
「ザックの方はどうなの?最近は。」
「・・・・・・一応 今、依頼を一件受けている。なかなか面倒な奴が相手でな・・・。どうやってやろうかと、思っているんだ。」
「そうなんだー。上の方の人なの?」
「あぁ。頂点だ。」
「頂点・・・・・・・・・って、え?!」
商人は言葉の意味する人物を理解して、目をむいた。友人の暗殺者は、商人の様子を歯牙にもかけず、コーヒーを口に含んだ。
「へぇ~・・・・・・大変そうだね。大丈夫なの?頂点なんか狙っちゃって。」
「大丈夫じゃないだろうな。だから、処分される前にここを出るつもりだ。」
「あぁ、それでその格好なんだねー。――――ところで、今、どこに住んでるの?」
「『最終処理場』だ。」
「・・・・・・・・・わかった!あの、空き家がたくさんあるところだよね。」
「そうだ。」
―――――しばらく無駄話に興じ、2人は別れた。




