あざと彼女1
連作SS第1話です。お久し振りの投稿でした…
それは、真冬の放課後のことだった。突然女友達に呼び出された私は、部活後すぐに、その場所に向かった。漫研部の私には、4階分の階段を降りるのすらきつかったのだけれど、約束の駐輪場まで走って向かっていた。その日は、朝から何故か幸運が続いていた。バスのおばちゃんが飴玉をくれたとか、朝から好きな人と会えたとか、数学が自習だったとか。些細なことでも重なると、自然と走りたくなる性格らしい。小学生の頃陸上を少しやっていたからだろうか。
「斎、お待たせ」
駐輪場につくと、2学年の駐輪場にある2つの電灯の奥の方に、制服にコートを羽織ったその子が待っていた。
自転車はすでに朝の半分くらいしか停まっていない。
「あ、ううん。ごめんね、走らせちゃった?」
さりげなく回って背中をさすってくれる。覗き込んでくる顔が自分の垂れた髪の隙間から一瞬見えたけど、やっぱり凶器的な可愛さで、すぐに目をそらした。
私、佐藤千里は、女友達である安里斎に恋をしている。1年ほど前から。
「いやぁ、なんか今日テンション高くてさ。ちょっと走ってきた」
「そっか。あは、僕がここに着いてすぐ来たからびっくりしちゃった」
大分落ち着いてきて、背中をさするのをやめ、また正面に回ってきた。
極度の人見知りの私はずっと人の目を見て話すことを苦手とする。そこで、真っ赤になっている手にも気付いてしまう。
「えっと、それで用って何?」
呼吸が収まったところで、話を切り出すが、返答が来ない。ちらり、顔を見てみると、マフラーに顔をすっぽり入れていた。
「え?」
「えっとね、千里、僕、あの、あのね」
「うん」
いつもは私と対照的にはっきりしている斎が、口ごもっている。ハッピーだった一日の最後に、なにか最悪な告白をされるんじゃないかという考えが急に浮かんで、心臓がドクンと鳴った。こういうとき、ずれてもいない眼鏡を直すのは私の癖だ。
なかなか話しださない斎の方を、ちらりと見た。
「僕、千里が好きなんだ」
そのカンマ数秒後だった。視線を捉えられて、瞬間、この世で一番欲しかったかもしれない言葉を貰った。
「呼び出したからには、そういう意味だって、分かると思うけど……」
しかし、経験上、これは妄想なんだと思った。思えば寝る前にしょっちゅうこんな妄想をしている。部活前に校舎裏に呼び出されたり、ひまわり畑で振り向きざまに言われたり、朝方チョコを渡されたり。きっと、これも、それ。だってオタクで根暗で優柔不断で成績もよろしくない私を、こんなに可愛くてコミュ力高くて可愛い斎が好きになるはず――
「千里?」
ない。だからこの幻も、頬を叩けば一瞬で。なんて、ニ次元に走り過ぎたか。これが現実だって事くらい分かっているんだ。しかし受け入れられない。
「えっと、斎さん」
「はい?」
気付けば少し、斎の声が、手が、震えていた。
「なにかのどっきりだったりは……」
「するわけないでしょ!」
頬を膨らませていかにも怒ってますよって感じの顔をする。こういう少しあざといところも可愛い。
「ごめんね、冗談じゃ無くて。ずっと好きだったんだ。気持ち悪いかな、そしたら今すぐ消えるから――」
「すっ!」
思わず叫んでしまった。それも、1文字だけ。
「待ってよ、落ち着け、落ち着くんだ俺。えっとですね斎さん。私もですね、貴方のことを前から、す、すき、好きだった、ですよーなんて……」
うわ、言ってしまった、言ってしまったよ! 絶対隠し通すと決めてたのに、俺選手敗退……。至上最高にハッピーな理由で。
「ふぇ、本当に……?」
「あ、いえす、はい、本当です」
斎の顔を見る。涙が溜まりこんでいた。抱きしめても良いだろうか。
華奢で小柄な斎を抱きしめる妄想は、部屋で何度もしてきたけど、実物を前にして妄想は、抱きしめたら壊れてしまいそうでできなかった。でも、うわぁ、抱きしめてえ。
「あ、斎じゃん! ばいばーい!」
とまぁ、世界はそんな都合よくいくわけなくて、ましてや駐輪場だ、告白中に何も割り込んでこなかっただけ幸せに思おう。クラスメイトらしき子にばいばーい、と返して手を振る彼女の背中を見ながら、この背中も自分のものになるのか、なんて1人で考えて落ち着かなくなって、眼鏡を直した。
「えへへ」
「は、ははは……?」
訳もなく笑い合う。うわ、私世界一幸せだわ。