三日月
―――目眩がする。
今日もバイト先の上司を殴ってクビになった。
これで何件目だろう? 憶えちゃいねぇ。
どうしても仕事は長続きしない。
自分が悪いって事は百も承知だ。
俺は目つきが悪いし、口が悪いし、すぐキレる、そして喧嘩っ早い。
自分で言うのも何だが俗に言う『最頃の若い奴』だ。
なのにクビになったらクビになったで酒に酔いつぶれる・・・・。
そんな毎日だった。
今日もいつも通りクビになって酒を飲んだ。
三軒ほどはしごした辺りからだったか、気分が悪くなった。
いつもはこの程度で酔いつぶれたりはしないが、今日は違った。
酔ったのとは少し違う気がした。
きっと毎日が嫌になっったんだ
吐き気がするくらい・・・・・。
そう考えると自分に笑えてきてまた吐き気がした。
終電は過ぎていた。
こんなフラフラな俺を乗せてくれるタクシーもない。
俺は右に行ったり左に行ったりしながら住宅街を歩いていた。
吐き気が急に襲ってきた。
仕方なく街灯の灯りの下に腰を下ろした。
座って落ち着いたためか、何とか吐かずに済んだのだ。
でもしばらく立ちたくはない。
ふと夜空を見上げると
切り傷のように細い三日月が俺を見下ろしていた。
その形を見て、三日月が俺を笑ってるように感じた。
お前のような奴は世間から見ればゴミ同然だ。
早く消えてなくなってしまえ――――
三日月から降ってくる言葉に耳を傾けながら
そろそろ俺は限界かもしれないと思った。
何が限界なのかは分からない。
でも、限界だと思った。
「 そんなところで何しているの?」
不意に俺がもたれかかっている街灯の後ろにある生け垣から女の声がした。
「 あぁ?」
いつもの無愛想な口調で俺は答えた。
「 あ、御免なさい。悲しそうな目をしていたからつい――――」
女は慌てて言った。俺が怒ったと思ったのだろうか。
「 別に怒っちゃいねぇ。」
と、気分が悪い事は省いて言った。
生け垣を振り返って女の姿を確認しようとしたが、
生い茂った葉によって向こうにいるはずのその姿は見えなかった。
女はどうして俺が悲しい目をしているなんて言ったのだろうか。
「 そう、なら良かった。あなたのお名前は?」
女は俺が怒っていなのに気を良くしたのか名前を尋ねてきた。
深夜にもかかわらず明るくハキハキとした声だった。
どうせこの状態では家に帰ることもできない。ここで暇をつぶしてもいいだろう。
こんな女の話を聞かずにそのまま何処かに他の場所に行ってしまう事もできたのだが、
それよりも女の声は心地よかった。
「 黒だ。」
見ず知らずの他人に本名を言うのには抵抗が少しあった為か口がそう動いた。
月に罵られ、その薄い光に怯える闇に似た俺には丁度いいだろう。
「 へぇ。」
・・・・・・。
それだけか?
「 おい、人に聞いておいてそれはないだろ。」
「 私も名乗るべきでしたか?」
「 あぁ。」
昔から名乗るならまず自分からだろ。
「 キャサリンで。」
女・・・ではなくキャサリンはそう言った。
「 『で』って何だよ。」
明らかに偽名だろう。
「 そんな事いったってあなたも変わらないでしょう。」
彼女はそう言った。
「 まぁ、そうだな・・・。」
そう言いながら俺は頭をガシガシ掻く。
その音が聞こえたのか彼女は笑った。
「 あなたって面白い人ね。」
笑いを堪えながら彼女は言った。
「 そっ、そんなのお互い様だろ。」
照れ隠しで言った筈なのに何故かこっちも可笑しくなってきて
2人で笑った。
笑って気付いた。
暫く笑っていなかった事に・・・・。
忘れていた。
普段悪態を吐く意外使っていなかったこの口からはこんな声もでるんだった。
理由は分からない。
でも、吐き気もひいて気分もすっきりした。家まで帰れそうだ。
よいしょと立ち上がり俺は生け垣の向こうにいる彼女に言った。
「 なぁ。また此処に来ても良いか? 」
いつ来るとか何時に来るとかは言わなかった。
そう言っても彼女なら良いと言ってくれそうな気がした。
「 ええ、どうせ暇ですから。」
ほらな。
俺はその言葉を聴くと何も言わずにその場から家に向かって歩き出した。
三日月はまだ俺を見下ろして笑っていた。