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星の森の天文台  作者: 灯影


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1/2

出会い



『星の森天文台 右の道をまっすぐ上へ』



 何となく車を走らせている時に見えた、古ぼけた木の看板。微かに見える字で、しかしはっきりとそう書かれていた。


 優介がそれに惹かれたのは、大学生活で二回目の夏休みを迎え暇を持て余していたからだろう。


 優介にはなぜかその古ぼけた看板が、存在を主張するかのように輝いて見えていた。



*****



 看板通りに車を進めて一時間も掛らない内に、優介は後悔し始めていた。


 山道は思った以上に過酷で、狐か狸にでも化かされてるんじゃないかと、そんなことを本気で考えてしまいそうなくらい狭く、上りにしたって本当にここを上るのか、と誰かに問いたいくらいの急勾配だった。


 途中、山道さながらの綺麗で心が落ち着くような絶景めいた箇所があることはあった。


 しかしそれを凌ぐ勢いで、小さな石が道にやたら落ちていて落石という言葉が頭をよぎって不安になったり、ガードレールのない細く狭い山道に心まで押し潰されそうになって、優介は不安と心細さしか感じなくなっていた。


 優介は今更ながら無音の状態に気付き、音楽を掛けることにした。


 若干手は強ばってはいたが、いつもの様に慣れた手つきでお気に入りを集めたCDを、左手で器用に入れ替える。


 アップテンポのノリの良い音楽が静かだった車内に響き渡る。


 途端に優介は大きく、長く息を吐いた。


 いつもは音楽を掛けながら運転しているのだが、今日はそれも忘れるくらいこれまでの運転で神経を尖らせていたようだった。


 そして車内も音楽によって明るくなってきた頃、ようやくこの薄暗くて寂しい山道も、終わりを迎えそうだった。


 それは、これまでずっと頭上で手を結び合って、解く気配のなかった木の枝達が一斉に手を離した様で、突然に弾ける様な光に包まれると空は延々と広がっていた。


 光の先には一面砂利の広場があり、そこの端辺りに一台のクラシックカーがぽつんと停まっていた。


 自分以外の存在に安堵し、優介はとりあえずその横に車を停めると、ようやく車から降りることが出来た。


 緊張で強張った体を空に向かって、大きく伸ばす。


 車に乗る前の気温とここでは結構な差があり、暑さをほぐすような心地よい風が優介のTシャツをふわふわと揺らめかせた。


 何度か深呼吸をして落ち着いた優介は、新たに芽生えた冒険心によって広場の中央へと歩いて行った。


 

 空の真下にあるこの場所は、本当に山の麓よりも、空に行くほうが近いような錯覚すら覚えてしまいそうな位置にあった。


 夏の風物詩であるセミの声や、あたりを気ままに飛んでいる虫たちの羽音。


 その一つ一つの音がとても大きく聞こえる。というよりも、それしか聞こえない。


 煩わしい都会独特の音がここには一切なく、耳を澄ませると山にいる動物たちの話し声も聞こえそうだった。


 ともすれば、空に広がる雲の声まで届きそうなくらいだ。


 優介は普段よりゆっくりした歩調で進みながら、そんな夢みたいな恥ずかしいことを本気で思った。


 男でもそう感じさせるのに十分な場所のようだった。

 


 車を降りた広場の中央には、建物へと続く丘があり、その丘は空へと続いている様だった。

 

 優介は丘へ続くひどく急な坂道を、息を切らしながらくねくねと登り、ようやく目的の場所にたどり着いた。


 道で見掛けた看板よりも幾分綺麗な木の板には、星の森天文台と書かれ建物の入口脇に掛けられていた。

 

 建物自体はテレビで見かけるような丸い屋根の展望ドーム

 が二階にあるが、一階はそのドームに何となく似つかわしくない古い感じがした。


 優介は想像していたよりも、小さなその建物の周りから探索することにした。


 といっても、あたりには本当に何もなく、建物を中心に360度周りを見渡せて、柵のところには『港方面』といった、方角を示す石版案内図のようなものが置いてあるだけだった。


 優介はその案内図に沿って自分の家の方角を眺めた。


 山間に密集して見えるのがどうやら優介の住んでいる街のようで、あんな所から登ってきたのかと優介は少し自分を褒めたくなった。


 自分ではそこそこな都会に住んでいると思っていたのだが、こうして見ると小さい集まりに過ぎない。


 何もかもがちっぽけで、優介は少し不思議な気分になっていた。


 何となく神様はこんな風景をいつも見ているのだろうかと思ってしまう。 


 それと同時に、優介はなんだか急に自分しかいないような気になって怖くなっていた。


 自然に囲まれた場所というのは、癒しと恐怖が紙一重で存在しているのだと優介は肌で感じていた。


 知らず知らず自分の両腕を掴む力が増す。


「よー、おっさん。一人で来たのか?」


 そんな時背後から突然声がして、優介はびくっと体を震わせた。


 振り返ると、そこにはどうしてここにいるのかと問いかけたくなるような少年が一人立っていた。


 小学生か中学生か微妙なラインにいるであろう少年は、鮮やかな青色のパーカーのフードを軽く被り、両手もそのパーカーのポケットに突っ込んでいて、なんとなくやんちゃなイメージだ。


「おっさんここ初めてだな」


「俺おっさんじゃないんだけど」 


 優介は反射的に答えていた。


「で? おっさん天文オタクには見えないし。オンナに振られてショウシン旅行?」


 優介の反論は綺麗に流されていた。どうやら見た目通り中身もやんちゃのようだった。


「おっさんじゃねーし、どれでもないよ。ただ興味があって来ただけ。つか、傷心旅行の意味わかって言ってんの?」


「さあ? 一人旅とショウシン旅行はセットなんだろ。ま、どっちでもいいけど」


 少年はそれだけ言うと、急に興味を無くしたかのようにさっさと建物の中へと消えていった。


 何なんだと優介がその場で固まっていると、入り口のドアが開く気配がした。 


 出てきたのは生意気な少年ではなく、くたびれた少し大きめのスーツをヨレっと着こなし、薄くなった髪が作り出した見事な寝癖が印象的な老人だった。


 ゆったりとした足取りで優介の近くにあったベンチに腰を掛ける。


 見ただけで驚異の癒しを放つおじいさんは、仙人かと突っ込んでしまいそうなほど見事な総白髪だった。


 そしてとりだした煙草は、今の若者は吸わないだろう昔ながらのもので、その『らしさ』がなぜか格好良かった。


 クラシックカーの持ち主は間違いなくこの人だと、優介は内心興奮していた。


 老人はそこでようやく優介に目をやると、すべてを溶かしてしまいそうなほど柔和な微笑みでこちらに話しかけてきた。


「とってものんびりしてるでしょう。いい処ですよ、ここはね。住むには不便なんだけどね」


 そう言って老人は煙草をふかした。


 自分の吸っている煙草から立ち上る煙を、眺めながら老人は続きを話した。


「ここは涼しいでしょう。静かだし。煩わしいことなんかもここにいると、一つも思い出さないですよ」


 微笑みを絶やさず空を見渡す老人の目はとんでもなく穏やかだ。


 二人で少しの間会話もなく景色を見ていると、老人がよいしょと腰を上げた。


「折角ここまで来たのだから、中に入ってプラネタリウムと展望台を見たらいいよ」


 促されるまま優介は、天文台の中へと入っていった。





 玄関があるのに驚きながら二百円の入場料を払い、優介は靴を脱いで部屋に上がった。


「そこの部屋でちょっと待っててくださいね」


 老人はそう言うと、別の小さな部屋へと入っていった。


 一般のプラネタリウム部屋にあるアリのようなあの黒くて大きい装置ではなく、長方形に近い小型な装置が真ん中に設置されているだけの簡素な部屋があり、その周りを囲むように、トイレやらいろいろな操作をするための部屋等があった。

 

 優介は部屋に入ったものの椅子がないので、どうしていいか分からず老人を待っていると、足元から声がした。


 部屋全体が薄暗くて気づかなかったのか――それとも故意に隠れていたのか――さっきの少年が優介のすぐ近くで寝転んでいた。


「ここのプラネタリウムはこうやって横になって見るんだよ。おっさんも寝転びな。オレの横特別に開けてやるから」


「え、本当に寝転ぶわけ?」


「ここはそういうとこなんだよ。どう見たって椅子なんかないじゃん」


「おー……すげー、新しい……」


 優介は少年がずらして開けてくれた空間にぎこちなくも寝転んだ。


 薄くなった絨毯が、暑かった体をじわじわと冷やしてくれているようだった。


「なあ、おっさんはさー、なんで今日ここに来たわけ?」


 自分の腕を枕にして仰向けのまま少年が言った。


「道路で見た看板が気になって」


「たまたま看板を見ただけで、行き先を決めるとかってどんだけ暇なんだよ」


「……おっさんだからな」


「え? なに、おっさんって本当におっさんなわけ?」


 隣で勢い良く起き上がった少年に向けて、優介は吠えた。


「嫌味だよ! 大学生! 二十歳! ……ったく」

 

 吠えられた少年は、寝転んだままの優介の方を見ながらあぐらをかき、何に納得したのかうんうんと大げさに頷いていた。


「確かに大学生って暇そうだよなー、学校に行ってる間はずっと遊んでんだろ? さてはおっさん、オヤノスネカジリだな!」


 少年は右手をピストルの形にすると、優介に向かってビシッと決めた。


「おっまえどこでそんな言葉……もういーや、なんか何も言う気無くすわ……」


 楽しそうな少年と裏腹に、優介はぐったりとした心持ちで、少年に背を向けるように寝返った。

 

 優介は小さく溜息を吐いた。


 その音がやけに大きく部屋に響いた気がした。


 耳を澄ますと、微かに雨音が聞こえる。


 さっきまであれだけ天気が良かったのに、と優介は驚きながら上半身を起こした。


「おい、雨降ってんじゃねー? 夏の山の天気ってほんっとに変わりやすいんだな」


 優介は部屋に窓がないか辺りを見回したが、遮光カーテンで遮られていて外の気配を視覚では感じることが出来なかった。


 優介は確かめるのを諦めて、プラネタリウムの開始を待つように再び横になった。


 その時小さな違和感に気付いた優介は、何気なく少年を見るとあぐらをかいたまま黙って俯いていた。


 どきりとした。


 優介の胸に小さく鋭い痛みが走る。


 それは優介にとってあまり思い出したくない痛みだった。


「おい、どうした少年」


「……オレが生意気言ったから怒ったのか?」


 少年は小さく言った。


「怒ってないぞ。ただ、生意気なガキだなとは思ったけどなー」


 やけにしおらしくなった少年を見ながら優介は、焦りを感じ始めていた。


 自分に非はないと思っていたのだが、なぜだか全面的に自分が悪いような気がしてくる。


 優介は起き上がると、少年と同じようにあぐらをかいて座った。


「どうしたよ、俺が怒ったと思ってへこんでんのか?」


 少年は答えない。


 外で見せた生意気なやんちゃぶりはどうしたのか、少年が小さく見えた。


 優介は軽く息を吐いた。


「少年、俺の目を見ろ」


 優介はずっと俯いたままの少年の両肩を掴んだ。


 少年は驚いて思わず顔を上げた。


「な? 怒ってないだろ? むしろ笑顔のはずだ。俺の笑顔は貴重なんだからな」


 薄暗い中でもお互いの表情がわかる距離であるため、少年は優介の表情を読み取ることが出来た。


「……ごめんなさい」


 少年は優介から目を逸らすことなく謝った。


「俺も大人気なかったからな、ごめんな?」


 優介は背筋を正した。


「俺は中村優介。君は?」 


 少年も慌てて座り直す。


「渉……三浦渉って言う……言います」


 小さな声が聞こえた。


 また目をそらした渉の顔は、照れて赤くなっている気がした。


 優介は何だか可笑しかった。


 どれだけやんちゃに見えて、どれだけ生意気な言い方をしても、この渉の中身はただの素直な少年なのだ。


 相手のちょっとした仕草や言葉から、感情を読み取ろうとするとても繊細な渉。


 優介は自然と綻ぶ口元に自分で驚きながら、ゆっくりと横になった。


 渉も同じように横になる。


 さっきより少し近く感じるのは優介の勘違いではないはずだ。


 渉はすぐそばにあった優介の右手を、おもむろに頭の下に引きこむと腕枕にした。


「俺の腕枕は女専用なんだけど」


「居ないだろ、どうせ。出来た時の練習しとけよ」 


 相変わらず生意気な言い回しだが、頭を退かす気配がない渉に優介は笑っていた。


 このままいくと最後には腕が痺れていそうだが、優介はまあいいかとそのままにして、合図とともに真っ暗になった部屋でプラネタリウムの始まりを待った。

この天文台は実際に行った事のあるプラネタリウムがモデルなんですが、どこの何て名前だったのか全く思い出せません。

そこまで道のりもあんな感じで、キツネに摘まれたような気になります。

でもしっかりとお財布の中身は減っていたので、夢ではなかったと思います。

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