震える心
彼女が帰り、静まり返った部屋で僕はモニターの前に座る。一人で画面に向き合う時間は、先ほどまでの現実的な「重石」との対話とは別の、無機質な沈黙に満ちていた。
配信の演目を選定する作業は、今の僕にとって苦行でしかない。かつてのフリーゲーム全盛期のような、誰もが通るべき明確な登竜門はもう存在しない。インディーズから老舗の移植作まで、作品の数が多すぎて論理的な正解が見つからない。どの作品をプレイすれば視聴者の定着率、つまりリピート率を維持できるのか、その裏付けを取るだけで膨大な時間を浪費する。結局、消去法で選んだのは、初見殺しの即死要素が強いインディーズのホラーゲームだった。
僕はバ美肉であることを公言している。視聴者も、この虹色の少女のガワの中に男が入っていることは承知の上だ。だが、配信が始まってすぐに、その前提を物理的なトラブルが突き崩した。
不気味な廊下で異形に遭遇した瞬間、僕は絶叫した。その声の周波数が、ボイスチェンジャーの処理限界を叩き割った。
「うわああああ!」
叫ぶたびに設定したピッチが剥がれ、加工の剥き出しになった僕の低い声がスピーカーを震わせる。叫ぶと機能しなくなるボイチェン。想定外の不具合が、配信を予期せぬ方向へ引きずり込んでいく。
そもそも僕はホラーが得意ではない。それも、理不尽な即死を繰り返すゲーム性。死ぬたびに最初からやり直しを命じられるストレスは、僕が姉の常盤をトレースして作り上げた、健気なお姉ちゃんとしてのロールプレイを、内側から食い破っていった。
「ふざけるなよ。なんでここで判定が出るんだ。設計ミスだろ、理不尽すぎる!」
叫び、怒り、ブチギレる。想定していた美少女の配信とはかけ離れた、中の男の剥き出しの憤怒が画面に漏れ出す。僕は恐怖と苛立ちに耐えきれず、椅子から滑り落ちて机の下に潜り込んだ。
「もう無理だ。画面、動かしませんから」
ポーズ画面のまま、僕は机の下で丸まって雑談を続けた。画面の中では美少女のアバターが静止し、マイクからは床にへばりつく男の声が流れる。
視聴者の反応は、僕の惨状に反比例して良好だった。バズではなく、中の男の適性の不一致が、娯楽として成立してしまっていた。ボイチェンの貫通を面白がり、キレ芸の解像度を称賛するコメントが滝のように流れる。一度入った人間を逃さないリピート率が、不名誉な形で跳ね上がっていく。
配信を終え、僕は冷や汗を拭いながら、自販機で買ったゼリー入りのちょっと贅沢な炭酸飲料を飲み干した。喉を通る炭酸の刺激が、現実の苦みと混ざり合う。
自分の苦手なことが、配信の強みになってしまった。このまま、この不一致を売りにして継続していくのか。泣き笑いに似た溜息とともに、将来への不安が空き缶の底に沈んでいた。




