男の子の美少女適性
東風煮さんが魂を込めて作り上げた、水色と虹色の鮮やかな少女がモニターの中で瞬きを繰り返している。父に渡された機材のセッティングは終わった。あとは、開始ボタンを押すだけだ。
リビングでは、何も知らない姉が、まだ父の「こやぎ」の声を聴きながら安らかに眠っている。
「……やるしかない、ですね」
僕は自分に言い聞かせ、マイクのスイッチを入れた。
配信が始まっても、同接数は二桁から動かない。だが、僕はあらかじめ決めていた「設定」に従って口を開いた。参照すべきは、リビングで無防備に丸まっている、あの常盤だ。
「みなさん、こんばんは! 今日から活動を始めます。よろしくお願いします!」
意図的に声を張り、元気で健気な響きを作る。常盤が時折見せる、あの透き通ったポジティブさを脳内で再構築し、美少女アバターの動きに同期させていく。
「お疲れ様? ふふ、ありがとうございます。でもね、疲れたっていうのは、今日一日をそれだけ頑張りきれたっていう、成長の証なんですよ」
チャット欄が、僅かながらも温かい反応で埋まっていく。
本来の僕は、こんなに明るい人間ではない。だが、今の僕は姉を護るための盾だ。彼女が「こやぎ」に求めている癒やしを、今度は僕が、この別の姿で提供しなければならない。
一時間ほどの配信を終え、僕は震える手で終了ボタンを押した。
「……終わった」
酷い疲労感とともに、僕は管理画面のダッシュボードを開いた。父が背後に立ち、無言で僕の肩越しにモニターを覗き込む。
そこには、およそ「バズ」とは呼べない地味な数字が並んでいた。
同時視聴者数:60人
チャンネル登録者数:48人
高評価数:53件
「……全然ダメですね。同接六十人じゃ、話にならない」
僕は自嘲気味に呟いた。父のようなカリスマ性はない。爆発力もない。
だが、父は鼻を鳴らすこともなく、ただ一点のグラフを指差した。
「維持率を見ろ」
父に言われて気付いた。
一時間の配信中、視聴者の離脱を示すグラフは一度も大きく下がっていなかった。それどころか、同接六十人に対して登録者が四十八、高評価が五十三。
この場所に迷い込んだ人間のほぼ全員が、そのまま「僕」のファンとして定着し、証を残していったことを示している。
「伸び方が、異常だ。入った人間を一人も逃していない」
父の声は、賞賛というよりは淡々とした分析だった。
僕が姉の姿を借りて演じた「健気な少女」は、一度触れた人間を離さない、恐ろしく濃密な中毒性を帯びていたのだ。
リビングからは、目を覚ました姉が「あれ、今の配信、誰……?」と不思議そうに呟く声が聞こえてきた。
僕は、自分が生み出してしまった数字の重さに、ただ背筋が凍るような感覚を覚えていた。
一人に託されることの重さを、自分は理解していなかったのだろう。
一人を見縊ることは、自分の存在を否定するのと同義である。人間には一定の価値があるし、それは上下貴賤こそ当然だ。しかし、だからこそ平等に縛られることを忘れてはならない。この数字を、いつか数えなくなってしまうのだろうか。父の六十万人という壁は、数えられたものであろうか。受け取ったスーパーチャットは、自販機でゼリー入りのちょっと贅沢な炭酸飲料にして使い切った。




