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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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3/7

無意識下にて

父の書斎を出て、自分の部屋に戻る。

手にある箱の重さは変わらない。中身は父が丹精込めて磨き上げた、あの牧童こやぎの心臓部だ。僕はそれを机に置き、深く息を吐いた。

やる、と言ってしまった。姉を人質に取られた以上、もう後戻りはできない。

ならば、せめてガワだけでも、父の影から遠ざける必要がある。僕は逃げるようにペンタブレットを起動した。

まずは、制作用のイラストを自分で描こうとした。

父が設計した牧童こやぎは、徹底的な引き算の美学だった。なら、僕は足し算で行こう。父の影を塗り潰すほどに。

キャンバスにペンを走らせる。

こやぎのような凜とした細い目ではなく、もっと大きく、幼い瞳。髪もショートではなく、重厚な長髪にする。パターンをいくつか描き、デザインを意図的に変えていく。

「……これなら、重ならない」

独り言を漏らしながら、三時間ほど描き散らした。

髪型を変え、目の形を変え、配色をまるきり別の系統に塗り潰す。だが、並んだ数パターンのラフを眺めたとき、僕は激しい不快感とともに手を止めた。

「……なんでだよ」

どのパターンも、牧童こやぎに寄っている。

髪型が違おうが、目の描き込みが違おうが、その土台となる骨格、顎のライン、目と鼻の配置が、父の作った設計思想と恐ろしいほど正確に一致していた。

線を引くときの、抜きの鋭さ。影を置く位置の、理屈。

僕自身の無意識の手癖が、父と同じ正解を叩き出している。自分が一番美しいと信じて引いた線が、父のそれと寸分違わず重なっている。

描き手の個性が一番出るはずの部分に、佐倉の血が流れている。

どれだけ着飾らせても、結局は父の跡をなぞっているだけだ。逃げたつもりが、鏡を見せられているような感覚に、僕は激しい苛立ちを覚えた。

そこへ、父からのメッセージが届いた。

「東風煮さんに連絡しておいた。今夜リモートで打ち合わせろ」

「……東風煮さんに?」

驚いて聞き返すと、父は平然と「もう約束してある」とだけ返してきた。

結局、僕が自分で描いて足掻こうとしたことすら、父の計算内だったのかもしれない。僕は自分の無力さと、逃げ場のなさに絶望しながら、指定された会議に接続した。

画面越しに現れたのは、二児の母らしい穏やかな表情をした東風煮放浪さんだった。こやぎの生みの親でもある彼女に、僕は姿勢を正して挨拶した。

「お忙しいところ、無理を言ってすみません、東風煮さん。……父からお話は聞いているでしょうか」

「ええ、斎太くん。お父様から伺っているわよ。……あら、自分でラフを描いてみたのね。見せてもらってもいいかしら?」

僕は恥ずかしさを堪え、あの「血の呪い」が詰まったデータを共有した。東風煮さんは画面をじっと見つめ、優しく微笑んだ。

「なるほどね。骨格が完全にお父様と一致しているわ。でも斎太くん、それは別に悪いことじゃないのよ。あなたが無意識に正解を導き出せている証拠なんだから」

「ですが、これでは父の二番煎じというか……」

「だから、そこはプロの知恵を借りなさい。解決策は簡単よ。徹底的にカラフルにしましょう。二次元や三次元のモデルは、どれだけ複雑な配色にしても一度作れば破綻しない。既存のキャラと被りたくないなら、色で圧倒すればいいの。モデルなら、私の好きなだけ小道具をカスタマイズしまくれるし、描き込みすぎても誰にも怒られないわ!」

彼女のペンが画面上で軽快に踊り始める。

水色の長い髪に、星を散らしたような瞳。虹色のグラデーションが重なり、複雑な装飾が次々と追加されていく。父の引き算とは対極にある、圧倒的な足し算。

「……すごい」

父の影は、その色彩の奔流によって塗り潰されていた。だが、その土台にあるのは間違いなく僕が引いた、あの顎のラインだ。父の合理性を殺さず、別の生命を吹き込む。それがプロの絵師の回答だった。

「どう? これならお父様の影なんて気にならないでしょ?」

画面には、水色と虹色が混ざり合う髪をなびかせた、鮮烈な美少女が立っていた。

確かに、ここにはもう、こやぎの面影はない。だが、僕自身の骨格が、この少女のガワを通して正解として提示されている事実に変わりはなかった。

「はい。……これなら、僕でも」

僕が言いかけた瞬間、東風煮さんは満足げに頷き、パッと顔を輝かせた。

「良かった! それじゃあ、美少女で良かったのね! 早速仕事に取り掛かるわね。こんなに可愛い子なんですもの、動かすのが今から楽しみだわ!」

嬉々として作業を始める東風煮さんの背中を見て、僕はようやく理解した。

モデルの変更によって逃げ道を探していたはずが、いつの間にか「この美少女をやる」という前提が完璧に固定されてしまった。

逃げ道は、もうどこにもなかった。

リビングからは、何も知らない姉が配信を見て笑う声が聞こえてくる。

僕は、箱に入った機材と、画面の中の鮮やかな少女を交互に見つめ、抗いようのない運命の重さに、静かに天を仰いだ。

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