切り札
Vの配信における数字の偏りは、残酷なまでに明確だ。個人勢であれ企業勢であれ、その活動の代表回として記憶されるのは、結局のところ初配信か、あるいは3Dモデルのお披露目配信が大半を占める。3D化は単なる追加機能ではなく、個人が技術という武装一点で、巨大な資本を持つ企業と同じ土俵に一瞬だけ立てる数少ない切り札だ。だからこそ、そのカードをどのタイミングで、どう切るかが勝敗のすべてを決める。
僕の中には、単なる配信者としてではなく、研究寄りの視点が常に混ざる。3Dトラッキングは、スポーツ科学の世界では古くから研究対象として扱われてきた。陸上競技の系統では、教授の時代が古かった影響もあり、神経に直接針を刺したような状態、あるいはほとんどアバターロボットに近い過酷な条件下でも、超人的なパフォーマンスを出し切る異常な人間がいたという記録がある。それを踏まえれば、現代の軽量なアクセサリーやデバイス程度で、身体能力の再現性が落ちることはあり得ない。VRゲームという仮想の土俵であっても、こちらの身体制御の蓄積を前提にすれば、親父の用意する付け焼き刃の勢力に負ける理由は論理的に存在しなかった。この確信が、伊行を引き込む際の揺るぎない裏付けとなる。
だが、話は技術論だけで完結しない。3D配信は強力な切り札だが、一度切ってしまえばその「新しさ」は失われる。マンネリ化した後にねじ込んでも効力は薄いし、早すぎれば持続力がない。今は、あのホラー配信でのボイチェン貫通や、中の男の剥き出しの反応が話題になっている。この熱が冷めないうちに、3D化という次の爆弾を投下すべきだという判断が僕の中で固まった。加えて、今後は2Dを飛ばして最初から3D前提で活動を始める新規勢が溢れるだろう。ドット絵が3Dゲームに取って代わられたように、配信の前提自体が書き換えられようとしている。だったら「そのうち」という選択肢は消える。今、ここでやるしかない。
僕は、伊行を確保するための具体的な手順を思考する。彼自身の適性、姉との関係、そして彼女が突きつけてきたあの女装歴というカード。僕の中では、彼をメンバーに入れることは既に確定事項だ。だが、普通に頼んで素直に乗るような男ではないことも分かっている。だから、やることは一つだった。
姉を、交渉の媒介として使う。
親父がかつて僕を支配するために使ったのと同じ構造を、今度は僕が伊行に対して使う。この行為の気持ち悪さは自覚している。だが、これは親父のコピーではないと、自分に言い聞かせる理屈は通っていた。どうせ親父は先手を打って、伊行や姉を自分のビジネスの駒として磨り潰しに来る。だったらその前に、僕の側で彼を確保し、一番「楽な形」で守ってやらなければならない。
伊行を利用することは、伊行を守ることと、僕の論理の中では矛盾なく混ざり合っていた。強制でありながら配慮であり、配慮の顔をした支配。その極めて曖昧で危うい境界線の上を、僕は歩き続ける。
伊行という最後の人員を確保し、3D配信への準備が整った。技術、戦略、姉を媒介にした脅迫。そのすべてを飲み込みながら、僕は次の段階へと足を進める。
親父のやり方を嫌悪し、あんな人間にはなりたくないと切望していたはずだった。なのに今、僕は親父と全く同じ論理で、他人を自分の盤面へと引きずり込んでいる。その事実が、逃れようのない現実として、僕の喉元に冷たく突き刺さっていた。




