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父の形見は美少女Vtuber  作者: 伊阪証


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10/18

歩みは遠く、然して美し

親父をドッジボールでボコボコにする。

口に出せばただの親子喧嘩だが、配信という土俵に乗せる以上、それは徹底的に管理された「勝利」でなければならない。僕は思いつきの感情を捨て、大学の伝手を辿った。身体能力の質が違う連中の技術を借り、親父という壁を突破するためのロジックを構築するためだ。

最初に頼ったのは、フィギュアスケートの知人だった。三次元トラッキングの世界において、スケーターの回転や姿勢制御、軸の美しさは最高のアセットになる。AI補完がどれだけ進んでも、元となる身体のキレが良ければ、配信画面での映え方は桁違いだ。僕は虹色の少女ガワが氷上の舞いのように親父を翻弄する未来を夢見ていた。

だが、返ってきたのは冷徹な現実だった。

「機材を付けたままサルコウなんてしたら、身体かデバイスのどちらかが壊れるよ。体重制限もシビアだし、その『映え』のために命を賭ける段階じゃないでしょ」

もっともな拒否だった。しかし最低限の意表を突く避け方は教えてくれた。三次元技術がどれだけ普及しても、物理的な衝撃や負荷までは肩代わりしてくれない。派手な回転で視聴者を喜ばせる前に、まずは地に足をつけなければならない。僕はここで、変に映えを狙う甘えを捨てた。正々堂々と、親父にボールをぶつけるための準備へと軸を移す。

次に門を叩いたのは、ゴルフ部だった。

ここで学んだのは、技術以上に精神の持ち方だ。ゴルフは貴族の嗜みのように見えるが、その根底には農民が広大な土地で静かに狙いを定めるような、泥臭い持続がある。溜めて、狙って、一気に放つ。怒りに任せて振り回すのではなく、発散の瞬間まで静かな余裕を維持する技術。

「欧州貴族を気取って高飛車に構えていたら、誰も助けてくれないよ。ドッジボールも同じ。地の足がついた余裕こそが、精密なショットを生むんだ」

冗談混じりの助言が胸に刺さる。親父への苛立ちをそのままぶつけるのではなく、必殺の一撃を放つその時まで、僕は精神の均衡を保つ術を覚えた。

その土台の上に、野球の基礎を積み上げる。

投げ方とメンタリティの再構築だ。いくら精神を整えても、投球そのものに再現性がなければ意味がない。どこに力を溜め、どう指先へ伝えるか。感情をフォームの中に溶かし込み、崩れない軸を作る。

「勝ちたいなら、まず身体の通し方を覚えろ」

野球部の連中に叩き込まれたのは、派手な魔球ではなく、徹底した基礎だった。感情で投げれば軌道はブレる。論理的なフォームだけが、確実に親父の胸元を射抜くための武器になる。

最後に、陸上の知人から変則の補完を借りた。

野球で得た「真っ直ぐな強さ」だけでは、老練な親父を仕留めるには足りない。踏み込みの深さ、急激な加速、そして重心移動によるフェイント。あえてリズムを崩し、相手の予測を外す「普通じゃない動き」を陸上の身体運用で補っていく。

競技ごとの断片が、僕の中で一つのシステムとして統合されていくのを感じた。

フィギュアの姿勢、ゴルフの精神、野球のフォーム、陸上の変則。

借り物だった技術が、親父という特定の標的を倒すための「専用の競技」へと変換されていく。もう、感情だけで殴りに行くような危うさはどこにもない。三次元デバイスの数値を最適化するように、僕は僕自身の肉体を勝利へのプログラムとして書き換えた。

「……これで、親父をボコボコにできる」

まだ試合は始まっていない。だが、僕の中には冷徹な確信があった。勝ち筋はもう、論理的に導き出されている。

その様子を横で眺めていた彼女が、呆れたように、けれどどこか楽しそうに一言だけ刺した。

「男の子って、ホントバカよね」

その言葉が、熱を帯びた僕の思考を適温まで冷やしてくれる。

その冷え方すらも、今の僕にはちょうどいい。


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