お兄ちゃんと私の秘め事
「どう~? 今日のカレー美味しい? 梨花ちゃん」
パパとママ、私とお兄ちゃんとで土曜日の夕飯。
ママの自慢のカレーは、最高に美味しい。
「うん! ママのカレーは最高~!」
「本当にママのカレーは最高だよな! パパは世界一の幸せ者だなぁ~」
私の横で、パパがにやける。
それを見て、ママも嬉しそうだ。
「ふたりとも、ありがとう! 李雄なんか無言でいっつも食べるんだから」
ママの隣に座ってるのは、大学生の李雄お兄ちゃん。
「なに、母さん。何も言わないのは美味いってこと」
私の眼の前で、お兄ちゃんが苦笑い気味に言った。
でも、すごく顔が整っているから、そんな表情でもかっこいい。
「ちゃんと言葉で言わなきゃわかんないんだよ、お兄ちゃん」
「態度でわかるだろ? 梨花」
お兄ちゃんはもうすでに、一杯目のカレーを食べ終わりそう。
「態度だけじゃ~わかんないんだって!」
「そうか? 俺はわかるけどな。さぁおかわりしよ」
お兄ちゃんは自分でおかわりをしに行って、山盛りカレーを持ってきて椅子に座る。
男の人ってこんなに食べるものなの? っていつもびっくりしちゃう。
それなのに、身体は引き締まっててお腹も割れてて……ずるい。
「おかわりしたって~それって結局、態度だけってことじゃないの~?」
言葉で言ってないじゃん!! って思っちゃう。
「まぁまぁ。お兄ちゃんも美味しいからおかわりするんだよ。梨花、喧嘩しちゃ駄目だぞ」
パパがお兄ちゃんをかばう。
いつもそう。
まぁ仕方ないんだけどね。
「仲良しだも~ん。ねぇ、お兄ちゃん?」
私も最後の一口のカレーを食べちゃう。
お兄ちゃんを見ると、お兄ちゃんはにっこり笑った。
「そうだよ。父さん、俺達は仲良しさ。二人とも、そろそろ行かなきゃまずいんじゃないの?」
時計を見て、お兄ちゃんが言った。
「お! そうだね。律子さん、もう行ける?」
「えっと……片付けが……ちょっと」
「そんなの、俺がやっとくよ。映画館の席は予約してあるんでしょ? 早めに行かないと。夕飯だって二人で行けばよかったのにさ」
「いいの? ありがとう。助かる! だって大事な家族の時間じゃない。土曜日は絶対に四人で食べたいの」
そう言って、ママは……律子さんは、パタパタと準備を始める。
律儀な律子さん。
「ママ、私も片付けやるから気にせず行って。映画楽しんできてね」
「ありがとう梨花ちゃん……いつも本当に……助かるわ」
もう、ママったらいつも感激して泣きそうになるんだから。
四人だけでやった結婚式を思い出す。
「梨花、李雄くん、お土産買ってくるから」
「父さん。気にしないで、二人でゆっくり楽しんでおいでよ。映画館の横のゲーセンもおすすめだよ」
「あはは、ゲーセンかぁ。若い頃を思い出して行ってみようか」
「ふふ、そんな時間ないでしょう」
「いいから、ゆっくりしておいでよ。大学生と高校生の留守番になんか不安ある?」
律子さんがストールを巻いてピアスを着けた。
あ、あれ私がプレゼントしたやつ。
「不安なんかないけど……あら、李雄が出かけるのって明日の夜だっけ?」
「そう明日だよ。今日は出かけないから。妹を一人残して行くわけないからね」
お兄ちゃんがニヤッとして私に言う。
なんかムカツク……。
「お、李雄くんは明日の夜はデートかい? それとも合コンかな?」
「まぁそんな感じです」
パパの余計な言葉に、お兄ちゃんは答える。
デート!? 合コン!?
なにそれ!!
っていうかパパ相手に敬語になってるよ……?
「いってらっしゃ~い! ゆっくりしてきてね~!」
二人はバタバタと用意をして出かけて行った。
突然にシーンとなるリビング。
私はアイスティーを飲み終えて、カレーの食器を下げる。
「梨~花」
お兄ちゃんはまだカレーを食べながら、私を呼んだ。
聞こえないふりしよ。
「まだ片付けしなくてもいいじゃん」
「さっさと終わらせたいの。やることあるし」
「梨花」
食器を洗う私の後ろに、お兄ちゃんがやってきた。
私より、背がずっと高くて、茶色に染めててもサラサラでつやつやな髪。
切れ長の二重は睫毛も濃くって、鼻筋の通ったかっこいい顔。
綺麗な唇から聞こえる声は、いつも耳をくすぐって……。
「なに、不貞腐れてんの」
長い腕で、私は後ろから抱きしめられる。
「別に」
「そうなの?」
耳元で囁くのずるい!
息が……かかる。
「なんでもないって、お兄ちゃん!」
「あ、ふたりきりの時に、お兄ちゃんって言ったら……おしおきだよ」
ドキン!
「だって……李雄くん……私達は……」
私を抱きしめていた手が伸びて、顎に添えられて、後ろからのキス。
長くて、甘いキス。
おしおきだなんて、嘘みたいに甘くて……また囁かれる。
「何が言いたい? 梨花……」
「だって……」
「言葉で言わなきゃわからないって、言ってたのは梨花だよ」
お兄ちゃんは……李雄くんは意地悪だ。
こんな時だって、余裕たっぷりで微笑んでる。
「だって、私達は……兄妹……なんだよ」
「そう、俺達は義理の兄妹……それが言いたかったの……?」
違う。
違うってわかってるくせに……。
「違う……違うこと……言ってほしいの……」
「態度じゃわからない……?」
また抱き締められて、またキス。
新しく家族を始めるための新居で、台所で……こんないけないキス。
でも私は、お兄ちゃんだから好きになったわけじゃない。
私の本当のママは、私が小さい時に離婚して出て行った。
パパはデザイナーで、家でのお仕事が多い。
高校生になって、一人で私を育ててくれた大好きなパパなのに、なんだか苦手になった時期があったの。
『恋人ができたんだ、結婚を考えている』って言われて……私の心には、なんだか嫌なドロドロが溢れて、パパが嫌いになった。
それで、家にいたくなくって……。
だから高校から帰ったらすぐに服を着替えて、家の近くの大きな図書館に通ってた。
そこでお勉強したり、小説を読んだり……。
そこで出会ったのが、李雄くん。
李雄くんは、私が座る席の斜め前にいつも座ってた。
私は今までアイドルとか興味なかったし、顔だけに惹かれるなんて……とか思ってたのに、こんなにかっこいい人が現実にいるの!? ってびっくりしちゃって……気付いたらいつも見惚れて、彼を眺めてた。
顔もかっこいいのに、難しそうな本を、更に難しそうな本を使いながら読んでる……。
きっと近くの有名大学の人なんだ、と思った。
でも、当然にかっこいいから追いかけてくる女の子も大勢いて……。
女の子が隣に来ると、彼は溜め息をついて去って行く。
女の子達は図書館なのに、うるさいから彼の態度が冷たいとは思わなかった。
きっと普段からすごくモテるんだろうなってのがわかって……最初から諦めてたんだけど……。
李雄くんがその席に座っている時には、たまに目が合う時があって……ドキドキは続いた。
そんなある日、私が好きな日本刀の解説本を読んでいた時。
私に詳しい話を教えてあげようかって、気持ち悪いおじさんが、隣に座ってきたの。
小声で断っても、しつこくて……自分はそこの大学の教授だから学部はどこ? とか言い始めて怖かった。
恐怖で動けなくなった私を、李雄くんが助けてくれた。
「俺の恋人になんか用ですか?」
って、言われてすごく心臓が跳ね上がったの。
おじさんは少し言い返そうとしたけど、李雄くんの顔を見て逃げて行った。
「大丈夫?」
「はい……あの……あ、あ、あ、ありがとうございました」
「本当に大丈夫? 手が震えてる」
「こ、怖くなっちゃって……」
「安心して、俺がいるから」
「は、はい」
「落ち着くまで一緒にいるよ」
「……えっ……あ……ありがとう……ございます……」
怖さと同時に、憧れの人が助けてくれて、感情がごちゃごちゃ。
でも、李雄くんがすごくすごく優しくって。
恐怖しかなかった心に、優しさが沁み込んで……ホッとした。
その日は落ち着くまで、隣に座ってくれて……家の近くまで送ってくれたの。
それから李雄くんが私を守るように隣に座ってくれるようになって……私は助けてくれた御礼がしたいって近くのコーヒーショップへ誘った。
結局奢られちゃったけど……色々お話をした。
李雄くんも、日本刀が好きだって!
すごく話が広がって、楽しくて楽しくて……時間を忘れそうになる。
「梨花ちゃんは、同じ大学……じゃないよね?」
「えっと……あの、あのね」
普段から、少し大人っぽく見られる私。
その時に私は咄嗟に、予備校生だって嘘をついた。
だって高校生だってバレたら、子供だって思われて嫌われちゃうかもしれない。
「そうなんだ、じゃあ勉強教えてあげよっか」
李雄くんの、優しいんだけど、どこかちょっと意地悪っぽい猫みたいな微笑み。
見つめられるとクラっとしちゃって、こんな気持ちは初めてだった。
そう、初めての恋をしたの。
初めてのデートは、私の好きな日本刀の展示会だった。
すごく貴重な講演会付きのチケットをくれて、夢みたいな時間。
そこから素敵なレストランで夕飯を食べて……手を繋いで、散歩して……。
そして、李雄くんも私のことが好きだって言ってくれた。
私が見ているように、彼も私を見ていたって……そんな奇跡ある?
誰もいない夕暮れの公園で、初めてキスをした。
私はその時の、涙がでちゃうくらい幸せな気持ちは忘れない。
だからパパが結婚したいっていう気持ちがわかったの。
人を好きになるって、きっと誰にも止められない。
私に興味がなくなったからじゃない。
パパもその人を、心から好きになったからなんだ――。
私がパパを許せたのは、李雄くんのおかげ。
彼と想い合うことがなかったら、きっとずっとわからなくって、許せなかった。
それから歯車はゆっくり回って……数ヶ月。
そして……嘘みたいな、……最悪の偶然が起きた。
ママになってくれた律子さんとは、何回か会って、カレーを作ってもらったり、とても優しくて私も大好きになったの。
早く結婚すればいいよー! なんて言うくらい。
律子さんには大きい息子さんがいるけれど、一人暮らしだから一緒には住まないっていう話で……。
忙しくて予定がなかなか合わなくて、会うのが遅くなったけど、私も離れて暮らすならいっかって思ってて。
何より李雄くんとの、付き合い始めのドキドキに夢中だった。
そして私は、予備校生とか嘘をついちゃった事をどうしようって思ってて……。
そう……家族の事が落ち着いたら、話そうって思っていたのに。
『梨花ちゃん。お兄ちゃんになる李雄よ』
そう紹介されたのは……私の彼氏だった。
目の前に現れたのは、私の初めての恋人だった。
お兄ちゃんになる……李雄くん。
名前が似てて、本当の兄妹みたいだねってパパに言われた。
恋人になる時に、名前が似てるよねって笑ったことを思い出して……目眩がした。
だって、これからは名前では呼べないのに……私はお兄ちゃんとしか呼べなくなるのに……。
「……梨花……」
「っん……」
長いキスが終わる。
「これでわかるでしょ?」
「……わ、わかんないもん……」
「じゃあ、なんて言ってほしいの……?」
「……それは」
李雄くんは、いっつもズルい。
「梨花、言わなきゃわからないだろ……?」
「デートでも、合コンでもなんでも行けば!」
私は李雄くんの腕から離れるように力を込める。
「なに、そんな事でむくれたの?」
でも、ヒョイっと抱き上げられた。
「きゃ! やだ! そ、そんな事じゃないもん!」
「そっか、梨花には大事な事だったんだ」
そのままリビングのソファに、連れていかれる。
ドサッと降ろされて、押し倒すように抱き締めてくるけど、私はちょっと暴れた。
「うるさい! 勝手に彼女でもなんでもつくればいいでしょ!」
「デートも合コンも行かないよ。あれは父さんに言われて流しただけだし。俺の彼女は梨花でしょ?」
「えっ……」
「俺は恋人以外とはキスしないけど」
それから、またいっぱいキスされた。
家族のリビングのソファで抱き合ってキスしちゃ……駄目なのに。
二人の秘密。
私と李雄くんは……恋人同士なのに、兄妹になった。
パパとママが結婚するって決めた時も、私達は……私は、別れるなんて言えなくて。
李雄くんも別れるなんて言わないから、二人きりの時はこうやって、私達は恋人に戻る。
パパとママは、私と李雄くんだけが出席する小さな結婚式をした。
あの日、教会の影で……私達もキスをしたの。
あの時も、キスだけして、何も言わなかった。
私の嘘を責める事もしないで、抱き締めてくれた。
一人暮らしのはずだったのに、結局……一緒に暮らすことにもなった。
それはきっと、私のためで……。
「……でも、たまにはちゃんと言ってほしいもん……」
そう。
たまには態度だけじゃなくって、言ってくれなきゃ不安になっちゃう。
私達は、兄妹だって世間では思われてる。
今回は違ったって……いつか、いつか。
表では、付き合えないんだもん。
世間では、李雄くんは彼女いないんだもん。
みんなが、パパもママも、『恋人作ったら?』って言ってるの知ってる。
それに、何も言えない。
『妹』にはどうしようもできないんだよ……?
ばか……。
泣きそうな私の頬を、李雄くんは撫でた。
そして長い睫毛の瞳で、黙って私を見る。
「仕事決まって、大学卒業して、そうしたら梨花と結婚するって二人にきちんと話すよ]
「えっ……」
「愛してるよ、梨花」
えっ……えっ……。
はわわわわ……!!
「……なに、そういう事じゃないの?」
私は声が出なくて……だから李雄くんは、ちょっと困った顔をする。
「やっ……あの……そう、そう……」
そうなんだけど、まさか……。
まさか、こんな……こんな……。
「俺の可愛い、わがまま妹君は、プロボーズしても、まだ満足しないのか?」
呆れたような、でも優しく微笑む李雄くん。
いつもこうやって、こんな甘い言葉を言ってくれたらいいのに。
……泣いちゃうんだから。
「ばか……意地悪なお兄ちゃん……」
「今日はまだまだ、おしおきしてほしいんだ?」
「うん……いっぱいしてほしい。おしおきして、お兄ちゃん……」
私の涙が伝う頬に、キスされた。
「可愛いな……俺も、まだしたい」
「李雄くん……好き……愛してる……」
「俺も好きで愛してる」
あぁ……もう……大好き。
愛してる、離れられない……。
やっぱり何が、おしおきなのかっていうくらい……甘い、甘い時間。
二人の秘め事。
李雄くんの事しか考えられなくなる甘いキス。
パパとママはいつ帰ってくるんだろ?
兄妹同士で、こんなに好きになっちゃってごめんなさい。
でもお願い、もう少しだけ――二人きりでいさせて。
甘い、甘い時間。
二人の秘め事。
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