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第七話 野生の美形は本性を現したっ!

 私の顔が幾重にもスライスされた後、美形の放った炎によって全身が燃え上がる。


「いてっ! あっつっ!」


 炎に焼かれた身体を高速で動かし火を鎮火させ、私は何事もなかったかのように元通りとなった顔を撫でた。

 すでに服はボロボロだけど、そんなことを気にしていられる相手じゃない。


「くっそ、本当に手強いなっ!」


 思わず毒吐くと、まるで空中に足場があるように佇む美形は、呆れる顔で見下ろしてくる。


「それはこちらの台詞だ。吾輩がこれほど手古摺った相手は貴様が初めてだと言ってよい。これまで剣によって二十四度の致命傷を負わせた。炎や雷による魔法により、少なくとも十六回死に至らしめた……おかしい。貴様、何故死なない?」

「へへっ、さぁね? それは私にも分かんないんだ。けれどようやく、あなたの動きが目で追えるようになってきたよ」

「ほう、言うではないか。それが真実ならば証明してみろ」


 宙を蹴り、一気に距離を詰めてくる美形。

 猛烈な勢い迫ってくるにも拘らず音が一切しないのは、彼が音を置き去りにして動いているからだ。だけど音速で動く魔物なんて、ここに来るまで幾度も戦ってきた。その動きを完全に捉えられるようになったし、何となく移動方向なんかも予測がつくようになった。だから、別に苦とも思わない。

 ただこの美形が他と違って怖ろしいのは、音速を遥かに超える速さに加えてその機動性だ。

 迷宮の床を蹴り上げ進路を変え、なおかつ中空の何もない空間すら足場にして軌道を変えてくる。つまり通常の予測では、彼の動きは捉え切れないのだ。


「らぁっ!」


 威勢の良い掛け声を上げ、直前まで真正面に迫ってきていた美形が、床を蹴って私の頭上へ。かと思えばさらにそこから身体を逆さにして、宙を蹴りつけ落下してくる。

 完全に虚を突かれた形になったけど、大丈夫。ちゃんと視えてるからこその驚きなのだ。


「うおっほっ!」


 思わずゴリラのような声を上げながら、私は真横に転がった。それとほぼ同時に、私が先ほどまでいた迷宮の床に無数の斬り傷が生まれる。


「――驚いたな、本当に躱されたか。なら次は、それがまぐれや偶然ではないと証明してくれ」


 床に降り立った美形は、身を起こした私を面白そうに見やる。そして剣の腹で自分の肩をポンポンと叩くと、再びこちらへ向かって迫りくる。

 さっきよりも早く、さっきよりも多彩なフェイントを織り交ぜている。

 おそらく少し前までの私であれば、全く何も見えなかったはずだ。ただ美形が高速で移動するために吹き荒れる風を、肌で感じられるくらいなのが関の山。何もできずに切り刻まれていただろう。

 だけど――。


「――ふっ。捕まえたっ!」

「なにっ?」


 背後より上段から振り下ろされた白刃を、すぐさま振り向き両掌で左右から挟み込んで止める。うろ覚えの知識だけど、たしか白刃取りとか言う技だったはずだ。


「ちっ、馬鹿力め。引けん」


 美形は私が抑える剣を引き戻そうと力を籠めるけど、どうやら上手くいかないようだ。そりゃあこっちも必死で押さえつけてるからね。別に剣が折れてもいいわけだし。


「まぁ、それじゃあ……今度はこっちの番だ」

「――っ!」


 剣に拘りこちらの拳が届く範囲に留まっていた美形に告げるや否や、美形は何かを感じ取ったように剣を手放し素早く距離を取った。

 どうやら勘も良いらしい。


「せいっ!」


 そんな美形に、すぐさま彼から奪い取った剣を投擲する。私が持っていても使えないし、あわよくば傷を負わせられるかもしれない。


「なっ?」


 美形は不意を突かれたように、短く声を上げた。あっさりと奪った剣を、まさか投げ返されるとは思わなかったのだろう。この戦いで初めて見るような、虚を突かれた顔だった。

 だが、そこはさすがの美形だ。高速で迫る剣に対して身を捻り、紙一重で躱して見せた。やはり反射速度も並外れている。

 けれど一瞬。たしかにその一瞬だけは、美形の意識は剣に持って行かれ、私への警戒が疎かになる。

 その一瞬で、私は剣を避けたばかりの美形へと到達し拳を振りかぶる。


「やぁっ!」

「ぐぅっ!」


 頭部を狙って突き入れた拳に、完全に隙を突かれたはずの美形は再び驚くほどの反応で身を反らす。

 しかし今度は躱しきれず、私の拳は美形の左肩から先を吹き飛ばした。


「……面白い。よもや拳一つで、吾輩にここまでの手傷を負わせるか」


 血が噴き出す左肩を抑えて『ニヤリ』と笑いながら、美形は私から一瞬で三十メートルほどの距離を取る。

 動きは目で追えるようになったけど、あの速さについていくのはまだ無理だ。


 とはいえ相手は片腕を失ったのだから、今後の戦いは当然こっちが有利になったはず。

 そう思って出方を伺っていると、美形は簡単に左肩から新たな腕を再生させてしまった。それはもう一瞬で、まるで何事もなかったかのようだ。

 おまけに、一緒に消し飛んだはずの衣服や鎧まで元通りになっている。私なんて身体は治せても衣服は無理だから、激しい戦闘後はほぼ全裸なのに。なんだか不公平だ。


「ちょっと。服まで治るなんて卑怯じゃない?」

「何がだ? なぜそんな眼で吾輩が見られなければならん? 貴様がやっていることの方が理不尽だと理解しろ」

「えっ? なんで?」


 文句を言ったはずが逆に諭すように言われ首を傾げる。

 そんな私に、美形は呆れたように溜息を吐くと、金の前髪を掻き揚げた。


「吾輩とて。身体の傷や欠損を復元するには相応の力を必要とする。貴様のようにポンポンと何度でもできることではない」

「そうなの? まぁたしかに、迷宮の魔物でもすぐ再生するような奴はあんまりいなかったかも」


 ここに辿り着くまでに出会った中では、ゾンビや骸骨の魔物などのアンデッド系が再生能力を持っていた。けど、彼らだって何度も殴れば再生しなくなったし、そもそも一撃で身体を散り散りにしてしまえば再生はできないようだった。

 けれどアンデッド系の魔物だって、服が再生することはなかったような――ああ。そもそもあいつらのほとんどが全裸か。


「服装や武装に関しては、吾輩が魔法で造り出した物だからな。魔力が切れぬ限りいくらでも造り直せる」

「なるほど、そういうことか。つまり、私も魔法で服を造り出したら半裸や全裸になる問題も解決ってことね? いいこと聞いた」


 まぁ、そもそも魔法なんて使えないんだけどね――内心でそんなことを思えば、察したように美形が細めた眼を向けてくる。


「……魔法による衣服の作製には、繊細で高度な魔法技術が必要だ。失礼だが貴様に向いているとは思えん」

「むきっ! 余計なお世話よっ!」


 誰が粗忽者だっ!

 冒頭に『失礼だが』と付ければ、何を言っても許されると思うなよっ?


「話を戻すが、衣服はともかくとして――だ。貴様がごく自然に行っている身体損傷の復元は、吾輩を以てしてもあまりに理不尽に映る。多少の裂傷や骨折、欠損ならまだしも、明らかな致命傷の即時再生……貴様、その力はどこで手に入れた?」

「知らないよ。村の人たちにこの迷宮へいきなり放り込まれてさ。それで魔物に襲われて初めて死なないことに気づいただけだし。私にも何が何だかわからないよ」


 問いかける美形へ素直に答えれば、彼は腕を組んで首を傾げる。


「ふむ、偶然の産物か神の戯れか……いずれにせよ、吾輩に貴様を殺しきるのは不可能なようだ」

「あら、それって敗北宣言ってことでいいの? 私の勝ちってことでいいの? それならすぐにこの迷宮から出してもらいたいんだけど?」


 正直、美形との勝負はもうお腹いっぱいだ。他の魔物と違って会話もできるし、別に何が何でも倒したいわけじゃない。

 これまで殺し合いをしておいてなんだけど、向こうだってそれほどこちらへ殺意を振りまいている気配もないし。

 もし美形が素直に私をこの迷宮から出してくれるのなら、これ以上は戦う必要性を感じなかった。


「……人間、名前を聞いても良いか?」

「なに、突然? 私の名前はリィラよ。あなたは?」


 急に名前を聞かれたので戸惑ったけれど、礼儀としてこちらも聞き返しておく。すると美形はニヤリと何事かを企むように笑った。


「吾輩の名はエルゲア。ふむ、思えば自分の名など久方ぶりに告げたな。感謝するぞ、人間――いや、リィラ。刹那ではあるが、一千年ほどぶりに心躍る愉快なひと時を過ごせた」


 エルゲアと名乗った美形が言い終えると同時、何もない空間が唐突に裂けて暗闇が覗く。彼はそこに迷いなく腕を突き入れると、そこから一つの首輪を引っ張り出した。


「さて、それでは長きに渡るこの戦いにも決着をつけるとしよう」

「まだ戦うの? さっき『私を殺せない』とかなんとか言ったじゃない。もうやめようよ、こんな不毛な勝負」

「勘違いするな。殺すのは諦めただけだ。吾輩が始めた戦いを、殺せぬからと退くのは矜持が許さん」

「えぇ……なら、別に私の負けでいいからやめようよ……」


 負けず嫌いのエルゲアにげんなりしつつ提案するも、彼は聞く耳を持たない。

 そして誇示するように、先ほど空間から取り出した首輪を掌に乗せてこちらに差し出してくる。


「なにそれ? 首輪?」

「ただの首輪ではない。これは呪宝『隷属の首輪』。この場において、致命傷を与えられた者は与えた者に永遠の隷属を強制される。理解せよ。貴様がいかに不老不死とて、吾輩に致命傷を与えられた時点で貴様は吾輩の下僕となり果てるのだ」


 おお? なんだ、その理不尽すぎる効能は。


「なにそれ、絶対嫌なんだけど? というより、なんでそんなこと馬鹿正直に教えたの?」

「互いに名を知っていること。この場にいる者に効果を理解させること。その二つこそ、この呪いを使用するための条件だからな――『呪宝発動』」


 エルゲアの言葉とともに首輪が浮かび上がり、くるくる回ると二つに増えた。

 そして一方はエルゲアの首に、そしてもう一つは私の首に勝手に巻き付いた。


「うげっ? なにこれ、取れない……てか、触れられないんだけどっ!」


 必死で引きはがそうとするけれど、そもそも触れることすらできない。首輪があるはずの場所に何度指を伸ばしても、虚しく空を掻くだけだ。


「ふむ、呪いだぞ? 物理的な力で外すのは不可能だ。さて、用意は整った。吾輩も本気を出すとしよう」


 鞘に剣を納めたエルゲアの身体が、眩い光に覆いつくされる。さらにその光は膨張し、このフロア中にまで広がっていく。


「うおっ? なによ、この光で不意を衝くつもり? 卑怯者めっ!」


 眩しさに眼を細めながらも、何とか隙を作り出さないように視界を確保する。けれど正直、この光の中でさっきの動きをされたら躱せる自信はなかった。


『不意を衝く? 何の話だ?』


 広がっていた光が薄れるにつれて、そんな声が頭上・・から降ってくる。

 まず、頭上から声がするのにも驚いたけれど、何よりもその声自体、さきほどまでのエルゲアの声ではない。もっと重々しい、身体の奥底から全身を震わせるような威厳のある声――。

 

「……なるほど。それがあなたの本性ってわけか」


 眼を眩ませていた光が完全に消えれば、私の前に浮かぶのは長大な竜だ。

 全身が純白な鱗に覆われ、大きなフロアの中であって狭そうに蜷局を巻くその姿は、前世風に言うなら『東洋の竜』。

 ご丁寧にも『隷属の首輪』なる物は、太くなったエルゲアの首に合うように輪を広げ嵌っている。

 

『この姿になるのも約二千年ぶりだ。配下や人間どもが畏れるので人の身に化ける癖がついていたからな』

「……へぇ。まぁ、私もさっきの美形の姿の方が好みかも」

『ふん。姿を借りた我が忠臣が聞けば喜んだことだろう。だが、人の身ではどうにも戦いづらくて仕方ない。やはり吾輩は、生まれながらのこちらの姿が性に合っている』


 言うや否や、エルゲアの大きな咢が開いて真っ赤な炎が噴き出してくる。


「せやっ!」


 視界を埋め尽くし迫りくる火炎を、思いっきり腕を振って掻き消した。この程度の炎の対処法なら、迷宮の上層部で予習済みだ。


『ああ、貴様ならそうすると思っていたともっ』


 掻き消えた炎の先、長大な体をうねらせたエルゲアが、大口をガバリと開けて突っ込んでくる。

 その勢いと速さは、人間の姿だったころと比べ物にならない。たとえ迫る咢を回避できたところで、エルゲアの身体のどこかには当たってしまう。そうなればあの大きさと質量だ。致命傷は確実だろう。

だがこれだけの巨体を完全に避けるなんて、まず不可能だ――そう、避けるのは。


『終わりだっ』


 勝ち誇るエルゲアへ向け、私は強く強く――右の拳を握り締めて振りかぶる。

 

「うん、終わりだよ」


 そして放たれたのは、過去最高威力の一撃。

 

『……馬鹿、な――』


 竜の姿となったエルゲアの大きな顔に比べれば、小さな小さな針のようなその拳。

 けれど鼻先に叩き込まれたその拳は、まるで限界まで膨らんだ風船でも割るような気安さでもって、巨大な竜の身体を破裂させた。


「的が大きくなって助かったよ。人間の姿なら、絶対に当てられないから」


 今まで大きな魔物たちと戦っていた弊害か、なかなか人の姿で高速に動くエルゲアを捉えることは難しかった。

 けれど大きくなってしまえば攻撃はずっと当てやすくなる。だから避ける選択ではなく反撃を選べた。

 そう単純な話、回避よりもカウンターの方が早いのだ。何せ私の専売特許は、速度ではなく攻撃なのだから。


「――よし、勝ったぞっ!」


 ガッツポーズを決めると同時、私の首に巻かれていた『隷属の首輪』と、爆散したように散らばっていたエルゲアの肉片が薄らいで消えていく。

 そしてそれとほとんど同時、なにやら『ゴゴゴっ』と不気味な音が響き渡った。


「――え? えええ?」


 そして迷宮の床や壁、柱なんかが大きく揺れ始める。これはまさか――いや、間違いなくあれだ。迷宮全体が崩れ始めているっ!


「やばいやばいっ! ちょっと待ってっ!」


 それで待ってくれるのは、お人好しか気の長い友人だけだ。少なくとも、言葉の通じない迷宮には効き目は皆無だろう。

 逃げ出そうにも崩れているのは迷宮全体であり、どこにも安全な場所なんてない。

 為す術もなく、私は迷宮の崩落に巻き込まれたのだった。



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