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第六話 美形はおおむね強い

 何となく、予感はしていた。

 長かった私の迷宮での生活もそろそろ終わる――そんな、半ば確信にも似た予感は、たしかに少し前からしていたのだ。


 これまでたくさんの階段を降り、色んな種類の魔物と戦ってきた。

 階段を降りれば降りる程、下へ行けば行くほど出現する魔物も手強くなっていった。


 毒を吹き出してくる魔物や、触れるだけで痺れる魔物。さらには睡眠効果がある音を出してくる魔物や、皮膚が爛れ溶ける消化液を飛ばしてくる魔物まで出てきて、それはそれはバラエティーに富んだ顔ぶれだった。


 時には群れ単位で現れるそんな強敵たちとの死闘を繰り広げ、そしてついに私は辿り着いた。

 いつもであれば階段があるはずのフロアの奥の壁。ところが今回は、階段の代わりに金色に光り輝く大きな扉があるだけだった。

 うん、間違いない。きっとこれは出口だ。

 いよいよこの陰気でジメジメとした迷宮を脱出し、私の新たな人生を始めるときが来たのだ。

 

 少し緊張感を覚えながら、それでも外へ踏み出す決心をして扉を力強く開いた。

 そして久しぶりに見る外の景色に――。

 ……あれ? 外じゃない?


 扉を開ければ外だと思っていたけれど、扉の向こう側は大きな広間のようになっていた。

 そしてその部屋の中央で、男の人が腕を組んで立っている。

 視線は鋭く、扉を開いたこちらを品定めでもするように睨んでいた。


「……えーと、どちら様?」


 とりあえず中に入り、久方ぶりに見る人間の姿に声を掛けた。

 今の私の姿は、魔物の毛皮で大事なところだけを隠したみっともない恰好だけれど、もう恥じらいなんてほとんどない。そんな物はこの迷宮の上層部に置いてきた。


「――ほう、驚いたな」


 声を掛けるとその男の人は、少し視線を和らげ金色の自分の髪を右手で掻き揚げた。

 背を覆う光沢のある黒の外套に、光を反射する銀色の鎧姿。腰元には華美な装飾が施された鞘の剣。それはまるで、物語に登場する王子様や騎士様のようだった。

 長身で美形というのも、おそらくはそのフィルターを分厚くしているに違いない。


「よもやよもや、だ。どこぞの竜種でも乗り込んできたかと思えば、吾輩の元へ辿り着いたのが単なる人間とは。それも、こんな小娘が一体どのような手を使って……ううむ、複雑怪奇だ」


 端正な顔立ちをわずかに歪め、まるで考え事をするかのように顎へ手を当てる。

 うわぁ、イケメンだからそんな仕草も似合ってるなぁ。まるで名探偵が推理でもしているかのような雰囲気だ。


「あの、突然すみません。この迷宮に住んでいる方ですか?」

「おかしなことを聞く。吾輩こそ、この迷宮の主だとも。それより、よくも今まで散々に暴れてくれたな、無知蒙昧な人間よ」

「えっ? 『この迷宮の主』? あれ……それってたしか、『大御神様』なんて名前の魔物じゃなかったっけ? てか、なに? やだっ! ずっと私のことを見てたの?」


 口ぶりからするに、私がどのようにしてここに来たかを知っているようだ。それはつまり、私の動向を逐一観察していたってこと?

 こんなイケメンに、あんな露出度の高い戦闘を覗き見されているとは……私もなかなか罪作りな女だ……なんつって。


「……貴様が何を考えているのかは知らんが、吾輩がこの迷宮の維持と管理をしているのだぞ? 吾輩の魔力を糧にしている魔物どもが瞬く間に滅んでいくのだ。何が起こっているのかなど、容易く見当がつくわ」


 口元を抑えて頬を赤くさせてみたつもりの私に、迷宮の主を名乗る美形は忌々しそうに吐き捨てた。


「本来であれば、この迷宮は人間には踏破不可能なはずだ。そうあるように強大な力を持つ魔物を配置した。そうあるように階層を幾重にも積み重ねた。そうあるように解除や攻略に時間のかかる罠を数多設置した。吾輩が知り得る限り最も強い人間の、さらにその倍の強さの侵入者を想定した。それでもここまで来るには五百年はかかる。つまり、だ。この迷宮の下部に至る前に、人間の寿命の方が早く尽きるはずなのだ」

「『五百年』? いやいや、さすがにここまで来るのに五百年はかかってないでしょ?」


 美形主の言葉に首を傾げれば、彼は腕を組んで大きく頷いた。


「うむ、その通りだ。上層の魔物が倒され始めた時期から見て、おそらく貴様がこの迷宮に侵入してから三百年ほどしか経っていない。だが、三百年だ。人間が老いて死ぬには十分すぎる時間ではないか?」

「うーん? そりゃあ五百年でも三百年でも、人間なら老いて死ぬには十分ね……てか、そんなに経ってたのか。ビックリだしショック」


 時間感覚なんてとっくに狂っちゃっているけど、まさか百年以上、いや、それどころが三百年近く経っていたなんて。私自身はちっとも年を取った感じがしないし、背も伸びないから、それほど時間の流れを意識していなかったよ。

 これじゃあ復讐しようとしていた村の奴らもみんな寿命が来ているに違いない。

 先祖の行いを子孫に復讐するのも何だか違う気がするし、そもそも村自体残ってない可能性もあるよね。うーん。


「――おい。おい、人間よ」

「うーん……えっ? あ、なに?」

「……ふっははっ! なんとなんと、この状況で考え事か。この吾輩を前にしてその余裕。よほどの強者と見た。面白い、少し試してやろう」

「――っ? さむっ!」


 目の前のイケメンが視線を鋭くした途端だった。何だか全身に悪寒が走り、思わず身を竦め両腕で自分の身体を抱く。

妙に全身が気怠く感じるし、突発的な風邪だろうか?


「……ほう? さすがにここまで来ただけはあるな。吾輩の威圧を受ければ、常人なら死ぬこともある。況や吾輩の本気の威圧を受けて顔色一つ変えぬとはな。では……これはどうだ?」


 美形が偉そうに言い終えると同時、腕をこちらに向け人差し指で空間を弾いた。一見何の意味もない行動だけど、たったそれだけで私の額に衝撃と痛みが走り、思わず後ろへ一歩後退してしまう。

 

「いててっ……もう、なに?」


 反射的に額を抑えてみれば触れて指に薄く血が付いている。どうやら今の衝撃で出血してしまったらしい。大した傷じゃないけど、だからこそ治ることもない。

 私の傷は、私が一度死ななきゃ治らないのだ。 


「ほう? 驚いたな。これでも死なんのか」

「いや、さすがにあんなのでは死なないでしょ」


 ピンピンしている私を見て、何故か美形は本当に驚いた顔をする。

 ただ私に言わせれば、あんなもので死ぬと思われていたのなら心外だ。舐められすぎていると言ってもいいだろう。


「いや、すまないな。大抵の輩は、吾輩の『空指弾からしだん』で風穴が空く。その程度の傷で済んだ人間は、今まで出会ったことがなくてな。少々驚いた」


 表情から私の気持ちを汲み取ったのか、そんな風にあっさりと謝罪してきた。

 なんだか思っていたよりも素直だ。あれ? もしかしてそんなに悪い奴じゃないのかな?

――そんなことまで考えた時だった。


「ふむ、ではこれでどうだ?」


 気安い様子で剣を抜いた美形の姿が、ブレて一瞬で掻き消える。速い――。


「ぅおっとっ!」


 気配を感じて咄嗟に身を仰け反らせると、その上を銀閃が滑るように通過していく。

 あぶない。避けなければ確実に首と頭が泣き別れしていたね。

 いきなり何するんだ、この野郎っ!


「って、あれ?」


 首に痛みを感じて手を当てれば、そこから夥しい量の血が噴き出している。どうやら完全に避けることはできず、頸動脈を軽々と斬られていたらしい。

 この躊躇のなさはやっぱりあれだわ。この美形、絶対に敵だわ。

 そしてこの速さ……確実に私が出会った魔物の中で一番速いっ! それも圧倒的なほどだ。 

 おまけに大抵の魔物の爪や牙なら弾くようになった私の皮膚を、まるでチリ紙でも切るように裂いたのだ。攻撃力も群を抜いている。やばいっ!


「ほう、躱したか。だが少しばかり遅かったな。今の斬撃で貴様は致命傷を負ったはずだ。やはり、人間とはこんなもの――」


 勝ち誇ろうとした美形の言葉は、斬り裂いたはずの首が元通りになった私を見て止まった。どうやら予想外だったようだ。


「あなた、速いね。今のはほとんど(・・・・)見えなかった」

「ふむ、やはりここまで来ただけはある。人間にしては随分としぶといな。なら次は、まったく(・・・・)見えないように動き、その首を完全に斬り落としてやろう」


 その言葉通り、先ほどよりも大きなブレを残し、美形の姿は一瞬で掻き消えた。

 そして同時に私の首が高々と宙を舞う。気配すら感じる余裕もない。今度こそまったく知覚できなかった。


「これで――」


 返り血を浴びないようにするためか、いつの間にかこちらから離れた場所に立つ美形。彼の言葉は再び止まった。

 自分の頭をしっかりとキャッチし、流れるように首へと戻す私の姿を見たことによって。


「……なるほど、やはりしぶといな。さてさて、面白くなってきた」

「うーん、速い。本当に速いっ! けどまぁ、あと五回くらい見れば目もなれるでしょ」

「ふん。だといいがな」

 

 挑発を交えつつ意気込む私に、美形は細めた目を向けてくる。

 その口元には何故か、随分と楽しそうな笑みが浮かんでいた。


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