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『不死』という、単純にして最強なチート。  作者: 津野瀬 文
第二章

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第五十二話 理外の少女(イギリム視点)

――上には上がいる。

 

 それが、黒級冒険者として名を轟かせ、自他ともに実力者であると認められているイギリムをして、戒めとして心に刻んでいるこの世の真理だ。

 例えば黒級冒険者。

 黒級冒険者は、単純に戦闘能力のみによって決まらないが、それでもイギリムよりも確実に強いと呼べる者も存在する。

 特に序列一位とされる存在は、イギリムを含めてその他七名の者が共闘しても勝てないかもしれない。それほど突出した強さを持っている。

 そして旧知の間柄にして剣聖であるジオラ・グラン。

 本気で手合わせをしたことはないが、おそらく簡単には勝てまい。良くて引き分け、順当にいけば負ける。

 イギリムとて己を過小評価するつもりはないが、そう思わせるだけの()が、ジオラにはたしかにあった。

 さらに自分の伯母であり、世界を救った過去を持つ命術士の師匠。

 彼女の元を巣立って数十年になるが、まだまだ彼女に勝つビジョンが湧かない。もしかしたらすでにその実力を越えているのかもしれないが、幼い頃から打ち負かされてきた記憶はすっかりトラウマになってしまっていた。今さら克服できそうにない。


 自分よりも強い者を少し考えただけでもすぐにこれだけ思いつくのだ。自分が世界最強だと驕るつもりは毛頭ない。

 とはいえ――だ。


「やれやれ、これは困った」

 

 目の前に相対した少女(バケモノ)を前に、イギリムは口の中で小さく呟いた。


 少女の姿をしたナニ(・・)かから吹きあがるような命力は、凡そ人間が一生のうちに手に入れられるソレを大きく逸脱していた。


 どれほど才ある者だろうと、その者がどれほどの長い年月を経て修練しようと、絶対にここまでにはならない。

 こうなる前に、人間ならば寿命で確実に死ぬ。それだけはハッキリと断言できる。間違えようのない事実だ。

 だというのに、ならば目の前の光景はなんだ?

 到底現実とは思えない規模の命力を無造作に垂れ流す、人間の姿をした存在に呆れと諦めを抱く。

 まだ『人間ではない』と。まだ『魔物の類なんだ』と紹介された方が納得できそうな、それほどまでに人間離れしすぎて化け物染みていた。

「勝てる」「勝てない」の話ではない。

 そもそもまともな戦いになるのかさえ疑問になる。そんな存在に出会ったのは、長年冒険者として名を馳せてきたイギリムにしても初めてだった。


「どうしよう? どちらから仕掛ける?」


 イギリムの心情などまるで気にかけた様子もなく、目の前の少女は無邪気に首を傾げて問い掛けてきた。

 一応、全力の殺気をぶつけ続けている。

 先ほどレイを圧倒した敵意よりもはるかに強い殺気だ。並の者ならそれだけで呼吸もままならず失神するだろう。

 なのに、少女はまるで心地よい微風を受けているかのような涼しげな表情を変えることもない。

 それは多くの者が浮かべる焦りや恐怖とは無縁で、先ほどのレイが浮かべていた強者との死闘に心躍らせる様子とも違い――。


――うむ。まったく歯牙にもかけられておらんな。


 そう、単純に気にも留められていなかった。

 対峙しただけで、レイへ圧倒的な実力差を見せつけたはずの己が、リィラ相手では逆に彼我の実力差を理解させられたような心持ちになる。

 だが、手合わせを願ったのはそれ故だ。

 どうしたって敵わない存在に挑むからこそ、命術士たる自分はさらに成長できるのだ。そんな相手に、この期に及んで敵対することなく巡り合えた幸運を改めて噛み締める。

 

「……では、儂から参るとしよう」


 挑戦者らしく、イギリムは構えると一息ついた。

 そして呼吸を止めると、素早く全身の命力を足元へと集中させ、自分が出せる最大出力を持って地面を蹴りつけ前へ跳ぶ。

 その速さはおそらく、過去最高だっただろう。

 音すらも置き去りにリィラへと一直線へ宙を行くイギリムは、さらにその高速移動を上回る速度で足に集中させていた命力を拳へと集める。

 放った拳がリィラへと叩きつけられるとほぼ同時に、その作業は完了した。

 あえて火や風などは纏わない。

 命力の変換が間に合わなかったのももちろんあるが、それ以上に小細工が通用する相手でないことが分かり切っていたからだ。

 相性や弱点を考慮しなければ、単純に命力を込めた拳の方が威力は高くなる。おそらく、その純粋に強化した拳のみが、彼女へダメージを与えられる唯一の手段となるだろう。

 経験豊富な黒色冒険者たるイギリムにしては消極的に過ぎるその考え。それは、だがしかし――それでもあまりにも甘かったと言えた。


「――っ!」


 たしかに顔面へと繰り出した絶大なる威力を誇る右拳が、重々しい衝突音を発した割には軽々と少女の左掌に受け止められていた。


「なっ……」


 絶句する他ない。

 大型の魔獣でさえ、どこに放とうが大きな風穴を開けていたはずだ。後先すら考えずに、全身全霊を込めたその拳は、短くないイギリムの人生においてすら会心のものとも呼べる一撃だった。

 それがこうもあっさりと……。

 時間にして一秒にも満たなかったであろうそれは、驚愕を通り越し、絶望を抱くに足る攻防だった。


「おお、やっぱりすごい速さと威力だね。びっくりだよ」


 当の少女は暢気そうに感心するような声を出し、イギリムの右拳を開放して自分の左掌を見やる。


「うわーすごい。ほら、真っ赤になってるよ。なんか、煙も出てるし」


 腰の曲がった自分よりも顔の位置が高いリィラは、何故か嬉しそうな表情でこちらを見下ろし、たしかに赤くなった掌を見せつけてきた。

 イギリムの強化された拳があたったことで高熱が発生したのか、細い煙がゆらゆらと揺れている。

 それはイギリムの拳の威力を物語ってはいたが、同時にそれをあっさりと受け止めた彼女の異常さも浮き彫りにした。


「さて、それじゃあこっちの番だよ」


 リィラはその真っ赤になった左掌を握り込み、拳の形をつくって後ろに引いた。

 およそ型と呼べず、技術などないに等しいてんで素人な予備動作だ。まだ、どこにでもいるチンピラの方が様になっているだろう。

 しかし、そこから放たれる拳を絶対に受けてはならない。イギリムにはその確信があった。


――不味い。回避じゃ。


 慌てて後ろへ下がろうとしたイギリムだったが、軋む身体がそれを許さなかった。


「のわっ?」


 威力にすべてを注ぎ込んだ先ほどの攻撃により、身体の保護に命力を回す余裕などなかった。

 その結果、年老いた生身の肉体が耐えきれなかったのだろう。彼らしくもなく、無様に足を絡ませ尻もちをつく。

 だが、結果的にそれがイギリムの命を救う。


「ていやっ!」


 リィラが気の抜ける声と共に放った拳は、倒れ込んだイギリムの頭上を通過して空振りに終わる――はずがなかった。


 拳に押し出された空気が大きな圧となって闘技場内を突き進む。

 通り道に生えていた木々を、委細構わず根元の地面ごと削り取り、さらに行き着いた壁さえも抉り取るように吹き飛ばす。

 一瞬にして組合の誇る黒色冒険者専用の闘技場を半壊させてしまった。


「あっ! や、やりすぎたっ!」

「……なん、と」


 慌てるリィラの様子に、逆に冷静になりながらイギリムはぽつりと呟く。

 あのまま転ぶことなく単純に退(さが)っていれば、間違いなくあの拳圧によって命を落としていたことだろう。原型など残ることもなく、跡形もなく吹き飛ばされていたはずだ。


――よもや、ここまでとはのう……。


 闘技場内に広がる凄惨な光景。

 イギリムは自身が多大に評価していたつもりのリィラの実力は、それでも過小だったことに気付いた。

 

 イギリムが知る限り、この惨状を創り出せるものなら数名いる。イギリムとて、それほど時間をかけず可能だろう。

 だが、ただ一度の拳で。それもその拳から生み出された空気の圧のみで、ここまでのことが一瞬でできる存在など知らない。

 一体どのような経緯を辿り、目の前の少女は成ったのだろうか?

 人世経験豊かなイギリムをしても、皆目見当がつかない事象だった。

 一つだけ確実に言えることがあるとすれば、だ。


――つくづく、少なくとも今は(・・・・・・・)彼女がこちら側の者でよかったのう。


「い、イギリムさんっ! どうしよう、これっ! べ、弁償? 私、これ弁償しなきゃダメかなっ? 無理だよっ、お金ないっ!」


 自分が仕出かした破壊に頭を抱え、狼狽するリィラの姿にイギリムは安堵を抱きつつ立ち上がる。


「――っ?」


 立ち上がると同時、腰のあたりに電流が走ったような衝撃が来たので、どうやら治まっていた腰痛が再発してしまったようだ。


――やれやれ。儂も老いたもんじゃのう。


 顔をしかめたイギリムに、リィラが気付いた様子はない。おそらく、彼女の中ではそれどころではないのだろう。


「ほっほ。落ち着くんじゃ、リィラ嬢。付き合わせた手前、儂が上手く処理しよう」


 痛みが再び顔へ出ないように取り繕いつつ、不安げなリィラへ笑いかけてやる。


 実力を知るつもりが、逆にリィラの底知れなさを改めて叩きつけられる結果になってしまった。

 それでも、腰を痛めてもお釣りがくる程の良い手合わせだったと納得しつつ、イギリムは組合職員が駆け込んでくる前にリィラを落ち着かせることにした。


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