表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

第四話 やだ……。私ってば強すぎ!?

 迷宮での暮らしも随分と慣れてきた昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

 私は今日も今日とて馬鹿広い迷宮の中を彷徨いながら、階段を探して下へ下へと進む日々です。

 いや、本当にこれでいつかは出られるのだろうか? 

 

 まぁ、それはともかく――。

 今、私は倒した鹿みたいな魔物の肉を火で炙って調理をしているところだ。不老不死なので、別に食べなくても死にはしないと思うけれど、やっぱりお腹が空くとひもじいし動き辛い。

 最初のうちは、お腹が減ったら倒した魔物の生肉を食べてたんだけど、それも飽きるしそもそも美味しくない。だからって私には、火起こしの技術も知識もないから諦めてそのまま食べていた。

 でもある時、私はとうとう見つけてしまったのだ! 

 フロアの一角で見つけた古びた箱。その中に入っていた火が出せる奇妙な杖――その名も『火杖(私が命名した)』をっ!


 最初は例のごとく使い方が全然わからなかったけれど、何とか試行錯誤してようやくわかった。

 この杖は火を出したい方向に向け、何かしらの『火』や『炎』をイメージする言葉を唱えればいいのだ。あるいはそのまま『火』とか『炎』とか言うだけで出る。強弱は杖を握る強さで変えられるけど、一度強く握りすぎた時には、あたり一面が焼け野原になるくらいの炎が出た。そのうえ、杖自体が『ミシリっ』と不吉な音を立てちゃったから、その辺は注意が必要だと思う。

 

 この杖の他にも、色々な場所にあった箱の中から『水が出る杖』や『風が出る杖』、『雷が出る杖』なんかを見つけた。それぞれ『水杖』『風杖』『電気杖』と名付けた。使い方も『火杖』とほとんど同じだけど、『火杖』に比べればあまり使用する機会はない。

 たまに水浴びがしたくなったら『水杖』を使うけれど、こんな迷宮だとそれも億劫であまりしないし。不老不死になったおかげか、それほど汗も搔かず身体から老廃物が出ているような感覚もない。本音を言えばお風呂とか水浴びとか必要なさそうな気さえする。

 あくまでも気持ち的な問題でたまに水浴びはするようにしているが……あ、話が逸れた。


 そんな感じで普段使いはしないし、魔物相手にもあまり効果がないので使わない。

 思いっきり握ればともかく、杖から出る火やら水やらの威力では魔物にほとんどダメージを与えられないのだ。それくらいなら殴った方が早い。

 もちろん、皮を剥いでしまえば今焼いている魔物の肉みたいに通用するのだろうけど、そうでなければ全然ダメ。

 この迷宮で出会った中で一番弱そうな、大きい赤色の兎にさえまるで効果がない。


「まぁ、拾い物で魔物を倒せるなんて甘い話はないか。お肉が焼けるだけ有難いと思わないと……そもそも、迷宮にこんなのが入った箱が置いてある方が謎だしね」


 通路とかに落ちている剣やら盾の装備品は分かる。ここを訪れた者たちの落とした物や遺品だろう。しかし、わざわざ迷宮の隅っこに置かれた箱の中に仕舞われている武器などは何なのだろう?

 魔物たちは武器なんてほとんど使ってこないし、わざわざ武器を箱に仕舞うような魔物にも出会ったことはない。では、誰がこれらの箱を用意しているのか?

 人間? いや、こんな物騒な迷宮でそんな余裕がある者なんていないだろう。

 ならばやはり魔物? いやいや、それもおかしな話だ。自分たちが使いもしない道具を用意したところで、人間に利用されるのがオチだ。


「――うーん、わっかんねっ!」


 しばらく首を傾げて考えてみたものの、まるで分らないので考えるのをやめた。

 よってこの件は迷宮入りとなった――そう、ここが迷宮だけに。なんつって。


「よーし、食べようっ! いただきますっ!」


 益体のないことを考えている間に肉がこんがりと美味しそうに焼けあがる。私は火杖を『不思議巾着』に仕舞って、大きな肉塊にかぶり付いた。

 その瞬間だった。


「――ひへっ?」


 首筋にチクリとした痛みが走り、肉を銜えたまま背後へ首を巡らせた。


『ギュルルルル』


 するとそこには、いつの間に接近したのか魔物が立っていた。

 馬の姿をした全身が黒いその魔物は、額から見事な一本角を生やしている。

 これまで何度も倒してきた『角馬』だ。おそらく先ほどの首の痛みは、背後からあの角で突かれたのだろう。


「もう、ひはいふぁっ!」

『ギャっ』


 腹が立ったので、肉を銜えたまま角馬の顔に正拳突き(適当)をお見舞いしてやる。

 すると一瞬にして角馬は散り散りに消し飛んだ。


「あ、加減間違えた」 


 ほとんど跡形もなくなってしまった魔物を前に、私は肉を手に持ち項垂れた。

 実は先ほどの角馬は、比較的美味しい焼肉となってくれるのだ。不思議巾着に入れておけばお肉も傷まないので、後から食べることも可能だった。

 突然のことだったとはいえ、何とも勿体ないことをしてしまった。

 

 肉を食べながらしばらく落ち込んだ後、私はふと角で刺された首筋を触ってみる。

 別に血が出た様子もないし膨らんでもいない。そんな事実を確認し、思わず笑ってしまう。

 そして同時に、今まであえて考えないように奥底に仕舞い込んでいた思いが、蓋を破って浮かび上がってきてしまった。


 かつて――。

 迷宮探索を初めて間もない頃は、あの角馬に何度も殺された。

 角の一突きで頭や顔、首や胸なんかを突かれて一発で殺されていた。

 それが今じゃ、背後から首を突かれてもピンピンしている。最近は真面に攻撃を受けないので気付いていなかったが、それだけ私の身体の強度は上がっているのだ。


 不老不死となり、おまけに死ぬ度に強靭な肉体へと変化していく私。

 果たして、今の私は本当に人間だと言えるのだろうか?

 いつかこの迷宮から出られたとして、私はちゃんと周囲から人間だと認めてもらえるのだろうか?


 出口を探し、このまま迷宮を彷徨えば私は更に人間離れしていくだろう。何ならすでに、人間から離れすぎて化物に近いのかもしれない。

 ただそれでも、たとえ化物扱いされてもこの迷宮に留まり続けるなんて、そんなのは絶対に嫌だ。それじゃ本当に、この迷宮で徘徊を続ける魔物たちと何ら変わらないじゃないか。


 前世では、病気のためにほとんど病院から出られなかった。

 今世では、これまで親の虐待や村の都合で思うように生きられなかった。

 どちらにせよ、私が望むような生き方なんて縁がなかったのだ。

 だからこれからは、だからこそこれからは、思いっきり好きなことをやって、好きなように生きるのだ。

 自分の生を謳歌するのだ。


「よーし、がんばるぞー!」


 うじうじ悩むなんて私らしくない。

 さっさと迷宮出て、色々な世界を見て回ろう。

 自分が人であるとか化物だとか、悩むのはそれからでも遅くはないはずだ。


 残った肉を一息に口に詰め込み、私は迷宮の攻略を再開した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ