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第三話 不思議な巾着とか剣とか盾とか


『グギャァァっ!』


 振りぬいた拳は、人型のゴツゴツした異形の腹をぶち抜いた。

 拳を引き抜くと、まるで鬼のように頭部から二本の角を生やした魔物は血反吐を散らし、ゆっくりと仰向けに倒れ込む。

 どうやら急所を打ち抜けたのか、一撃で葬れたようだ。


「さて、今日もたくさん戦ったな」


 あれから――私が生贄として『神威の迷宮』に放り込まれてから、一体どれだけの月日が流れたのだろう? 時間感覚がないこんな場所では知りようはないが、随分と時が過ぎたのは間違いない。


 いちいち数えたりもしないけれど、それはそれはたくさん死んだ。てか、殺された。そしてたくさん殺した。襲い掛かってくる魔物を手当たり次第に返り討ちにした。

 中には初日に出会った『鎌ライオン(鎌みたいな腕をしたライオンみたいな魔物。私が名付けた)』みたいに倒しきれなくて、結局相手も私を殺せなくて去って行ったパターンもあったとはいえ――うん、概ね返り討ちにした。

 ちなみに殺した魔物の皮や毛なんかを利用して、最低限の身体の部位は隠している。この場所で人間らしい恰好をするのはとっくに諦めたよ。だって戦闘ですぐにボロボロになるし、幸い魔物の皮も魔物自身の爪でいくらでも剥げるしね。


 まぁ そうやって戦っているうちに、いくつか気付いたことがあった。

 一つは、『不老』はともかく本当に私は『不死』になっていて、殺されても殺されても死なないってことだ。

 もしかしたら特別な殺し方があるのかもしれないけど、あの鎌ライオンよりも明らかに強い魔物と戦っても殺されることはなかった。

 もう一つは、私の傷が治るのは「致命傷を負った時のみ」だってこと。どれだけ大怪我していても、それでは死なないなんて場合には傷は治らない。鎌ライオンと戦った時に腕が折れても治らなかったのはこのためだろう。

 そしてこれが一番重要なことだけど、


「せいっ!」

『ギャガガァっ』


 現れた鎌ライオン――おそらく初日のとは別個体――を、出会い頭に一撃で殴り殺す。

 私に気づいて避けようとしたけれど、それを許さない速度で接近しそこそこ軽い力で殴っただけだ。たったそれだけ、たったそれだけであれほど苦戦していた鎌ライオンが爆発四散したのだ。

 これはもう、明らかに私は強くなっている。それも致命傷を負えば負った分だけ強くなっている。いろいろ確かめたけど間違いない。

 死ねば死ぬ程強くなる――。

 なんて、まるっきり漫画のようだ。だけど考えてみれば、そもそも異世界転生だの迷宮だのの時点で、私の知る前世とは大きく違うのだ。今さら私の知る常識に当てはめたところで意味はないのかもしれない。


 今の私が最優先で考えるべきことは、どうにかしてこの迷宮を脱出することだ。

 無限に湧き続ける魔物を倒しつつ、所々に仕掛けられた罠に引っ掛かりつつ、見つけた階段を下へ下へと降りて行っている。

 果たして出口に近づいているかは不明だが、下に続く道しかない以上は下り続けるしかないのだ。


「お、仏さんだ」


 ただただ階下を目指し当てもなく歩いていた私は、目の前に衣服を纏った白骨死体を発見する。

 近づいて観察してみれば、すでに魔物に食い荒らされたのかほとんど身体は残っていなかった。身に着けていた衣服もボロボロで、これでは性別すら判然としない。


「でもここまで来たってことは、単なる生贄の娘さんじゃないのかも。ここ、入口からだいぶ離れてるし……」


 周囲に折れた剣も落ちていたので、間違いなくただの村人や村娘ではない。おそらく、この迷宮に逃げ込んだ『大御神様』とやらを討伐するために挑んだ者の屍だろう。合掌。


「……うん? これは袋?」


 亡骸の傍には剣だけではなく、布の巾着袋が落ちていた。サイズはそれほど大きくはないが、長財布くらいならはいりそうだ。まぁ、今の私は財布どころか文無しだけど。

 拾い上げて外側を見れば、まだ綺麗で穴も開いていない。十分使用できそうだ。

 無作法とは思いつつ、巾着の紐を緩めて何か入っていないかと中を確認してみたのだが、

「はぁ?」

 と、思わず間抜けな声が出た。


 なんと巾着の内側には闇が広がっており、あるはずの布地が見当たらないのだ。底がない。いや、底どころか側面もない。

 もう一度外側を確認して、たしかに単なる巾着袋であることを確認する。

 そして中を覗き込めば――やはりそこにはひたすら闇が広がっている。単に迷宮内が薄暗いから見え難いとかそんな話ではなくて、まるで星のない宇宙を見ているようだ。


「これ、どうなってんの?」


 少しドキドキしながらも、巾着の中に左手を突っ込んでみた。こんな思い切ったことができたのは、理由は分からなくとも自分が不死である自覚があるからだ。

 どのような罠や仕掛けがあろうとも、最悪でも私は死なないはずだ。


「……うーん。うん? ううん?」


 外から見ればそれほど深さも広さもないはずの巾着なのに、一向に指がどこにも触れない。もう巾着の中には私の左肘まで入っているのに……。

恐る恐る腕を入れていき、そしてとうとう肩の付け根まですっぽりと巾着に入ってしまった。その状態で腕をあちこち動かしてみたけれど、最後まで私の指が巾着の布地に触れることはなかった。


「これは不思議だ。何とも不思議。うーん、『不思議巾着』と名付けよう」


 仕組みは分からないけれど、面白そうなので持っていくことにした。亡骸に一礼し、不思議巾着を携えて先へと進む。 


 道中、どこからか湧いてきては喧嘩を売ってくる魔物たちを一撃で倒していれば、今度は迷宮の石床に突き刺さった剣を見つけた。


 引き抜いてみると、珍しいことに刀身が透けている。どうやら鉄などの金属ではなく、ガラスでできた剣のようだ。


「へぇ、綺麗。『ガラス剣』と名付けよう。これも持って行こうっと」


 ガラス剣を持って行こうとして、私は問題に気付いた。まぁ、当たり前なんだけど手が塞がる。これでは魔物が現れた時、咄嗟に戦うことができない。


 えっ? この剣で戦えって? 


 いやいや、どう見てもガラスだから脆いだろうし、魔物相手に使えば一発で折れてしまうだろう。私は単に、物珍しいから持って行きたいだけであって、このガラス剣を実戦で使用する気は毛頭なかった。

 そもそも今まで使ったことのない剣などの武器よりも、散々に使ってきた手や足、拳や蹴りなどの方がよっぽど信頼できるのだ。


「うーん……あ、そうだ。この巾着に入らないかな?」


 前世の常識では、全長で一メートル程ある剣が小さな巾着に入るはずはない。ただここは異世界で、私の持っている巾着は『不思議』の名を冠した巾着なのだ。きっと不思議なことが起こるに違いない。

 

 私は半ば実験するような心持ちで、口を開いた巾着にガラス剣を入れてみた。

 本来であれば底の布地を貫通して切っ先が飛び出してくるはずだが、やはりというか何というか、ガラス剣はまるで呑み込まれるように巾着の中へと消えた。

 

「す、すごっ」


 その出来事に、思わず素っ頓狂な声が漏れた。

 ある程度予想できていたとはいえ、まさかこんなにあっさりと収納されるとは……。


「――あれ? でもさ」


 私はふと気づき、慌てて不思議巾着の中を覗き込んだ。

 やはり無限の闇が広がっているだけで、先ほど入れたガラス剣が影も形も見当たらない。完全に行方不明だ。


「えぇっ! そんなぁっ!」


 慌てて巾着の中に腕を突っ込んでガラス剣を探せば、何だかあっさりと手にあたる感触。この形、先ほど入れたガラス剣の柄かな?

 引き抜いてみれば、確かにそれは先ほど入れたガラス剣だった。

 もう見つけられないと思ったのに、案外簡単に見つかってしまった。もしかしたら不思議巾着は底が知れないように見えて、意外とガラス剣一つで容量がいっぱいなのかもしれない。

 

「なんにせよ、よかった」


 ガラス剣を再び巾着に戻し、私は歩みを再開する。

 するといくらも行かないうちに、今度はガラスでできた幅広の盾を発見する。きっと先ほど見つけたガラス剣とセット装備なのだろう。

 全身を隠せるほど大きな盾ではないけれど、剣と違って縦も横も幅が広いので、この巾着には入りそうにない。


「……とりゃあ」


 まぁ、入りそうにはないけれど、それでも試してみたくなるのが人間というものだ。

 私は巾着の口を目一杯広げてみた。するとこの不思議巾着の口紐はどうなっているのか、なんだか広げたいだけ抵抗なくスムーズに開いてしまう。

 いや、この不思議巾着、本当にとことん不思議だ。


「よし、入るかな? えいえい」


 口が開いた分、幾分か底が浅くなっているように見えるけれど、構わず私はガラスの盾――名付けてガラス盾――を巾着に押し込んだ。

 ガラス盾は何の抵抗もなく、するすると巾着に吸い込まれていく。

 巾着の口を閉じてみても、外側からは何の変化もない。そのうえ剣や盾が入っているにも拘らず、感じるのは巾着一つ分の重さだ。

 本当に一体、この巾着はどうなっているんだろう? けどそういえば、似たような道具が前世の国民的アニメでは登場していた気がする。

 あまり見たことないけれど、青い狸が眼鏡の少年を更生させる趣旨のお話だった。

 もしかしたらこの巾着は、それと似たようなことができる物なのかもしれない。


「二つ入ったけど、中はどうなってるのかな?」


 応えてくれる人などいない疑問を呟いて、私は巾着の中に手を入れる。

 すると、先ほど入れたはずのガラス盾も、その前に入れたガラス剣も手に触れて来ない。どれだけ漁っても何もない。

 えっ? うそ……。


 よもや、この巾着は時間が経つと入れた物が消えてしまう巾着だったのだろうか? そんなの絶対嫌だ。

 ガラス盾はともかく、せめてガラス剣だけは残しておきたい。

 

「どこいった、ガラス剣……あれ?」


 ガラス剣だけでも見つけたいと思い改めて手を入れれば、あっさりと私の手に剣の柄が触れた。


「なんで? さっきまで絶対なかったのに……」


 再び剣の柄から手を離して巾着を漁れば、先ほどと同で何の手応えも無くなってしまう。

 しかし、やはりガラス剣を取ろうとすると、最初からそこにあったかのように、掌にガラス剣の柄が触れてくる。

 これはもしかして――。

 

 一度ガラス剣から手を離し、今度はガラス剣ではなくガラス盾を探すイメージで巾着の中を漁る。

 案の定、当たり前のようにガラス盾の持ち手が私の掌に生まれた。


「おおっ! やっぱりっ! すごい、楽しいっ! ん、んん」


 この不思議な体験に気をよくした私は、思いついて少し咳払いをする。そして巾着に手を入れると、ガラス剣をイメージし巾着から取り出した。


「はいー、ガラス剣ー」


 前世のアニメで見た青狸を真似た声は、思ったよりも似てなかった。むむむ。


「はいー、ガラス盾ー」


 まぁ、そんな感じで。

 時々隙をついて襲ってくる魔物を片手間に屠りながら、私の声真似修行は飽きるまで続いたのだった。


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ネーミングセンス……
[良い点] このような作品にありがちなステータスがない点
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