第三十話(終話) あらためまして、よろしく
人間という物は、つくづく眼に見た物しか信じられないらしい。
「はぁ、なるほど。つまり一介のポーターであるあなたの拳で、危険度B級やA級、果てはS級相当の魔物まで倒したと? そう言いたいわけですか?」
ヘベン市が、教会守護者のフェルメルによって大きな被害を受けた数日後。
私は未だ崩れかけている教会にて、何度目かになる事情聴取を受けていた。
私と机を挟んで向か会って座る眼鏡をかけた神官服の男は、呆れたような顔で肩を竦める。もちろんその態度にイラっとするけれど、もうすでに何度も同じ対応をされているのだ。いい加減慣れても来る。
「少なくとも私はそう認識していますけど……試してみます?」
「いや結構。おおむね話は分かりました」
拳を軽く握って掲げて見せるが、神官は面倒くさそうに首を横に振って立ち上がった。
「どうやら、フェルメルの『混成』によって即席で生み出された魔物たちは、一日も持たないような短命だったそうです。おそらくは、あなたの拳が当たるタイミングで自壊したのでしょう。教会としては、そのように結論付けさせていただきます」
「えーと……はい」
「では、これにてあなたへの聴取は終わりとなります。気を付けてお帰りください」
むむむ……。
その結論にはあまり納得はできないけど、これ以上は話をしていても無駄のようだ。
私は促されるまま教会を後にし、今では泊まり慣れた『白兎亭』へと帰還した。
店長のバルザさんに聴取の結果を簡単に伝え、部屋に帰ってからベッドに座る。
そうしてからようやく一息ついた。
「ふぅ、疲れたー」
『リィラよ、なぜ拳を振るって証明しなかった? 貴様が一撃であの教会を吹き飛ばせば、奴らとて貴様の手柄を認めざるを得なかったはずだぞ』
すると、何故か私よりもエルゲアが憤るような声を上げる。
「いや、手柄とか興味ないからいいよ。それに、今日はお祝いがあるからね。騒ぎを起こして台無しにしたくないし」
それに片手をひらひらと振りながら宥めていれば、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。
「はーい、どうぞ」
「ぬぅ。リィラ殿、入るでござるよ」
そうやって部屋に入ってきたのは、最早お馴染みとなったレイさんだった。
「おー、いらっしゃい。今日の主役じゃん」
「ぬぅ。その言い方は照れるでござるよ」
私の言葉に、気恥ずかしそうにレイさんがポニーテールをさすさすと撫でる。
だが実際、今晩はレイさんの昇級祝いが下の食堂で催されるのだ。
私が迷子になって教会でドンパチしていた頃、彼女も冒険者組合を守るために手強い相手と戦っていたらしい。
そして見事その敵を討ち果たし、功績が評価され晴れて緑ランク冒険者の仲間入りとなった。
本当はもっと早くお祝いしたかったけど、街の復興や行方不明者の捜索なんかの残務処理がいろいろとあったからね。
「しかし解せぬのは、見事に敵の首魁を討ち取ったリィラ殿が評価されなかったことでござる。リィラ殿がいなければ、さらに多くの犠牲が出ていたやも知れぬというのに……やはり拙者、教会と組合に抗議を――」
「ああ、ああ。だからそれはもういいんだって。私は別に冒険者で身を立てるつもりはないから大丈夫だよ」
店長さんにでも話を聞いたのだろう。エルゲアと同じような反応を示すレイさんに苦笑を浮かべながら、私は再び掌をひらひらと振って諫めておく。
レイさんが異例の緑ランクにスピード出世したにも関わらず、私だけ白ランクのままなのは恰好つかないなぁとは思う。けど別に、何も恰好つけたいわけじゃないしね。
それに、レイさんは変わらず私をポーターで雇ってくれると約束してくれたのだ。今はそれ以上に望むものはない。
「それよりどうしたの? まだお祝いの会まで時間はあると思うけど」
「ぬぅ……実は拙者、リィラ殿に伝えておきたいことがあるでござるよ」
「うん? 何かな?」
「リィラ殿とは今後も長く共に冒険をしたいと思っているでござる。なればこそ、拙者が秘密を抱えたままなのは不義理というもの」
レイさんは真剣な顔でそう言うと、自分の着ていた着物の襟元をはだけさせる。そしてそこから顔を覗かせたのは、十分に膨らんだ肌色だった。
そういえば今日はやたらと着物がゆったりしているように見えたけど、どうやらいつもしているサラシをしていなかったからのようだ。
「えぇーと? それで?」
「ぬぅ。拙者、実は女子でござる。騙すような真似をして申し訳ない」
「あーいや。別に……」
深々と頭を下げてレイさんが謝罪してくるけれど、ほとんど最初から気付いていたんだよね。
けれど気付かれていなかったと思い込んでいるようなので、私も気付かなかったフリをしておこう。
「わぁ、びっくり。驚いたー。胸デカいー」
「ぬぅぬぅぬぅ、本当に申し訳ないでござるよ。拙者の事、嫌いになったでござるか?」
「いや、それは大丈夫だよ。それより何で、男装なんてしてたの?」
あれかな? やっぱり護身のためとか物騒だからかな?
「それは……ぬぅ、何から話したものか」
少し話し難そうに間を置いた後、レイさんはゆっくりと口を開いた。
「もともと、拙者の『血華朱天流剣術』は代々男児にのみ相伝されるもの。しかし拙者の兄弟は病弱な兄のみで、その兄はとても剣を握ることができなかった……故に、拙者が男児として継承し、跡取りとなったでござる」
「なるほど。それじゃあ故郷でも男装してるんだ?」
「然り、普段からこの恰好でござるな」
私の問い掛けに、レイさんは何でもないことのようにあっさりと頷いた。
女の人が普段から男装して過ごすのは大変そうだけど、彼女にとってはもはや慣れっこなのかもしれない。
「まぁ、それが故郷の仕来りなら、そのままでいいと思うよ。私も黙っておくし。それで? 私としてはレイさんと長く一緒に冒険をしたいけど、レイさんはいつまで大陸にいるとか決めてるの? ここには武者修行のためにいるんでしょう?」
「ぬぅ……実は拙者が正式な血華朱天流の正当後継者として認められるために、一つ条件が課せられているでござるよ。それが、黒色冒険者のみが立ち入れる最難関迷宮で、入手できる剣を持ち帰ること。等級的にも実力的にも、まだまだ先は長いでござる」
レイさんが私に背を向け、身体にサラシを巻きながら説明してくれた。常日頃からつけ慣れているためか、見入ってしまうくらいに手早い着付けだった。
「そっか。でも、私としては難しい条件の方がいいのかも。その分、レイさんと一緒に冒険できるからね。これからもよろしく」
「ぬぅ、よろしく頼むでござるよ」
お互い笑顔で改めて握手を交わし合うと、私たちは少し早いけど下へと向かうことにする。
店長さんも張り切っていたし、どんなご馳走が食べられるのか、今からとても楽しみだ。
それはそれは、きっと素敵なお祝いの会になるのだろう。
美味しい物をたくさん食べて、それから眠って、明日からはまたレイさんと一緒に冒険を頑張って――。
これからの充実した日々を想い描ける今日に、私は心の底から感謝した。
これにて第一章は完結となります。
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