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第一話 世界はどこも理不尽


 前世で苦しい思いをしたら、来世できっと報われる。

 そんな話を苦しい思いをした前世で聞いたことがあったけれど、どうやら噓っぱちだったようだ。


「リィラっ! ぼさっとするんじゃないよっ! さっさと仕事しなっ!」

「はい、お母さんっ」


 いけねっ。どうやら空を見上げて現実逃避していたのが見つかったらしい。

 鬼の形相で、今世の母親が怒鳴りつけながら石を投げつけてくる。痛い。

 しかし今世――そう今世。

 病気で死ぬのを回避して、結果的に転落死をした私には、どうやら続きの生があったらしい。それも、文明が発達しまくっていて、いつ高威力の爆弾で世界が終わってもおかしくなかった前世とは違い、今世は随分と原始的だ。

 車もなければバイク、自転車すらない。

 蒸気機関なんて夢のまた夢で、ランプすらも存在しない……あ、いや。

 この村にないだけで、栄えた場所にはそれらすべてがあるのかもしれないが、なにぶんこの貧村から抜け出せそうにない。

 死ぬまでこの村で、癇癪持ちの母親に扱き使われながら暮らす他なさそうだ。


「リィラっ! だからさっさと夕飯の支度をおしっ! ぐずぐずすんじゃないよっ。本当にあんたはのろまだねっ」


 再び母親から罵声が飛んでくる。

 私は一旦、家の前にある畑の草抜きを中断し、夕飯の支度をすることにした。

 この母親の元に生まれて十四年。今世でリィラと名付けられた私は、母親には逆らわない方が良いことを、すでに十二分に学んでいる。

 ちなみに父親は、私が生まれてすぐに死んでいる。山で魔物に殺されたらしい。


「銃火器のない文明レベルで魔物が出る世界とか、前世以上に死にやすそうな世界観だ」


 傍にいる母親にも聞こえないように日本語で呟き、事前にとっておいた野草を使って調理していく。

 その間母親が何をしているかと言えば、ご近所さんから貰った果物を一人で豪快に食べている。もちろん私の分が残っているなんて、そんな期待など一ミリもしない。

 しかし、ここ数年は雨不足からの飢饉が続いているというのに、他所に分けるだけの食料があって羨ましい限りだ。


「ぺっ! あんたが男だったら丁稚なり、兵士なりで追い出せる上に稼ぎが入るっていうのに。なんで女なんて産んじまったんだろうね」


 実と共に含んだ種を吐き散らし、母親が厭味ったらしい声音でそんなことを言う。

 十年以上も言われ続けているのですでに慣れたが、前世ならとっくに虐待認定がなされ児童福祉施設にでも保護されているに違いない。

 

「おまけに痩せっぱちの不器量ときた。嫁の貰い手すらありゃしないよ」


 いやいや、瘦せっぱちなのはあなたがちゃんと食べさせてくれないからで、器量だって元日本人の感覚で言えば悪くない――ううん、むしろ良いくらいのつもりだけど。

 艶のある黒髪に、透き通るような美白の肌。目や鼻、口などのパーツやその配置も整っているし、顔の輪郭だって誂えたように完璧……だと思うんだけどなぁ。

 どうやら美醜感覚も、私の知る世界、時代とは大いに異なっているらしかった。


「トルマさーん。ちょっといいかい?」


 私が母の小言を聞きながしつつ料理をしていると、外からそんな声がかかった。聞き慣れた声の主はおそらく村長で、ちなみに『トルマ』とは、母の名前だ。


「なんだい。こんな時間に」


 村長に名指しされた母は、面倒くさそうに立ち上がって玄関へ向かう。

 そしてしばらく家の外で、母と村長が何か言い争う声が聞こえた。いや、言い争うというよりも、母が一方的にがなり立てている様子だったが。

 

 十数分程して、母が村長を伴い私の前へと戻ってきた。

 その母の表情を見て、私は頗る嫌な予感がした。

 何せ、笑っていたのだ、あの母が。


 いつも嗜虐的な笑みしか私に見せたことのない母が、それはそれは幸せそうに笑っていたのだ。それはもう、死ぬ程に嫌な予感しかしない。いや――。


「リィラ、喜びな。あんたは『大御神様』の花嫁に選ばれたんだよっ!」

「えっ――」


 ああ。それはどうやら、死ぬ予感で間違いがなかったらしい。  

 母の言った『大御神様』とは、村の外れにある迷宮の主のことだ。

 なんでもはるか昔に、世界を統べる程の力を持っていた魔物がいたようだが、やがて勇者と呼ばれる存在に手傷を負わされ迷宮に逃げ込んだ。

 その迷宮にはとんでもない力を持つ魔物たちがごろごろしており、人間側も幾度も追手を差し向けたが件の魔物を討ち取ることは終ぞ叶わなかった。

 やがて、村人たちは村に災いが起こる度、「迷宮に逃げ込んだ魔物が怒りのために近くのこの村を祟っている――」と考えるようになる。

 そして村人たちはいつの頃からか、魔物を『大御神様』と呼び畏れ敬い、怒りを鎮めるために花嫁――つまり生贄を捧げるようになったらしい。

 たとえば、近頃日照りで凶作が続く今回のように……。




「本当、迷惑な話……」


 私は、村の男たちが担ぐ駕籠かごの中で揺られながら小さく呟いた。 

 村長が話を持ってきた晩の翌日、「善は急げ」とばかりに私はすぐに村長の家へと連行された。

 その際、村長からいくらかのお金と食料を受け取る母の姿をしっかりと確認している。さんざん家のことをしてきたのに、まさかあれっぽちの報酬で売られるとは……。

 この世は――いや、どこの世も無常だ。


 そして村長の家で比較的上等な服を着せられ、私はそのまま時代劇で見たような駕籠かごに乗せられ村はずれまで運ばれる。

 行先は言わずもがな、『大御神様』の御座す『神威の迷宮』だ。


「怖いか? 安心しろよ、お前の他にも花嫁は二人いるらしい」


 迷宮の前に着くと駕籠から降ろされた私は、担いできた男の一人にそんなことを言われた。

 いや、なぜそんな言葉を聞いて安心できると思ったのかが甚だ疑問だ。むしろ私以外に二人も生贄になるなんて可哀そうで居た堪れない。


「ほら、来たみたいだぞ」


 男の指さす先を見れば、たしかに男たちが新たに駕籠を二つ運んできた。

 しかし何故かその駕籠は頑丈な木製で、質素で古びた駕籠に乗ってきた私とは雲泥の差がある。

 あれか?

 同じ生贄であってもこんな時でさえ、私は冷遇されるのか?


 そんなことを考えて妙な僻みを覚えていると、木製の駕籠から転がるように人が現れた。というより、実際に転がり出てきた。

 何せ二つの駕籠から出てきた娘たちは、いずれも猿轡を噛まされ手足を縛られている。これでは自分の足で出てくることは不可能だ。

 なんであんな目にあっているのだろう?


 一瞬自分が生贄になるにも関わらず恵まれていないなどと考えたが、あんな扱いを受けるくらいならばオンボロの駕籠でいいや。


「可哀そうに。ありゃ相当暴れたな」

「ああ。逃げられないように頑丈な駕籠を使って、あそこまで拘束したんだろう」


 私を連れてきた男たちがひそひそとそんな会話をしている。

 なーるほど。

 たしかに「『大御神様』の花嫁になりなさい」なんて言われて、歓喜する者はそうそういないはずだ。

 どんなに言い繕ったところで、私たちからしてみれば「魔物の餌になれ」と言われているのと何も変わらない。

 むしろ私のように落ち着き払っている方がおかしいのだろう。


「まっ、なにせ育った環境が違うだろうし」


 私は病弱だった前世を経験し、世界が理不尽に満ちていることを知っている。

 加えて、恵まれているとはお世辞にも言えないような今世の家庭環境だ。なんだかもう、色々とどうでもいいやって感じにもなる。


 あの娘たちはきっと、私よりはマシな扱いを受けてきたのだろう。

 少なくとも、魔物に食い殺されるような死よりは、暴れてでも生にしがみつきたくなる程度には……。

 えっ? 私っ?

 いや――わかんない。

 そりゃあ魔物に食い殺されるなんて考え得る限り最悪な死に方だけど、このままあの毒母の元で生活するのも苦行でしかないもの。


 一番良いのは隙を見て逃げ出して、村には二度と帰らないことなのだろうけど……うん、無理だね。

 大の大人が六人もいて、私たちが逃げ出さないように爛々と目を光らせている。 

 生贄にどれだけの意味があるかは不明だけど、向こうも村の命運が懸かっているので必死だ。

 

「おい、前へ進め」


 それから足の拘束と猿轡だけ外された娘たちと私は、男たちに刃物でせっつかれて迷宮の入口まで連れて来られる。

 

「うっうぅぅ」

「ひぃ、ひいぃっぃ……」


 一方は恐怖からすすり泣き、もう一方はあまりの恐れからか過呼吸を起こしている。 

 何とも胸が痛くなる光景だ。


「……お前は怖くないのか?」


 娘たちをしげしげと見ていれば、冷静に観察しているとでも思われたのだろう。男の一人が問いかけてくる。

 そんな当たり前の質問に、首を傾げて逆に問い返す。


「怖いに決まっていますが、怖いと言えば代わってくれますか?」

「すまん、無理だ。村のために死んでくれ」


 情け容赦のない、いっそ潔い程の即答だった。

 一瞬の悩む素振りすら見せずに切り捨てられ、こんな時に嗤ってしまう。

 

「あはは、『村のため』って」

 

 いやいや、そうじゃないでしょ?


「『村人の気休めのため』でしょ? こんな行為に意味があると本気で思ってます?」

「……すまん」


 今度は絞り出すような声で謝罪してくる。

 まぁ別に、こんな実行役を責めたところで単なる八つ当たり以上の意味はない。

 私は何も答えず前に向き直る。

 

 気付けば迷宮の入口へと辿り着いていた。

 ぽっかりと開いた穴を塞ぐように、半透明の壁が隙間なく貼られている。

 なんだろう?


「お前たちにはこの迷宮に入ってもらう。一応言っておくが、逃げようと思うなよ? この迷宮は一度入れば最後、出ることはできない。この半透明の壁は、入る分には通れるが、出る者を通さないつくりになっているようだ。魔物が迷宮から出てくることがないのはそれが理由だろう」


 なるほど。

 つまり迷宮に入れば最後、いよいよ逃げ出す手段はないということだ。

 そしてそんな話をここでしたということは、


「うげっ!」


 背後から勢いよく蹴り付けられ、私の身体は迷宮の入口を潜り抜けて転がった。

 二人の娘たちも同じように近くで転がっている。


 ああ、そんな。

 私たち三人は、完全に中に入ってしまっていた。


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