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『不死』という、単純にして最強なチート。  作者: 津野瀬 文
第一章

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第十四話 お金とスリ師と侍と


「おいおい、せっかちなお嬢さんだな……って、うおっ?」


 追いかけてきたテサムさんの呆れた声が背中にかかるが、彼はすぐに驚いたような反応をする。


「どうしました?」


 気になって振り向けば、テサムさんの視線は私の隣へと向けられていた。その視線を追ってみれば、隣には威勢よく食事を平らげていくお客さんがいて、そのお客さんの前にはすでにたくさんの空っぽな皿が積み上げられている。

 すごい、どうやらこの量をすべて一人で食べているらしい。とても人間業には思えない。テサムさんの驚きも納得な食欲だ。


「……侍?」


 しかし私が一番気になったのは、隣の客の食事量ではなくその恰好だ。

 長い後ろ髪を高い位置で纏めたポニーテールのような黒色の髪型に、赤を基調とした簡易な着物と袴姿。後ろの襟元に描かれている白い花がなんとも印象的で、前世で見た百合のようだった。


「店員殿、この料理のお代わりを」

「……はいよ」


 取り掛かっていた料理を食べ終わったようで、侍を思わせる客が皿を積み上げながら店員に声をかける。店員は呆れた顔をしながら返事をし、カウンターの奥へと消えていった。


「すごい食べる奴だな。極東の島人しまびとか」


 侍風の客を観察していると、私の横に座ったテサムさんが低い声で呟いた。その口ぶりからして、どうやらこの侍風の客に対して良い印象はなさそうだ。テサムさんから隣の人物の話を聞いてみたいが、すぐ傍に本人がいるのにそれは失礼だよね?


「こんにちは、よく食べますね」


 だからここは思い切って、直接本人に聞いてみることにした。まずは距離を詰めるために気軽に話しかけてみる。


「ぬぅ? ――やや、これは失敬。騒がしかったでござるか?」


 私の言葉に反応して顔を向けてきたのは、以外にも若い顔をしたお侍さんだった。おそらくはまだ十代……かなり美形だし、声も中性的だから性別が分からない。身体の起伏も着物姿だと判別が難しい。胸はないように見えるし、凛々しい顔立ちだから多分男? いや、髪は長いし喉仏も無いから男装した女子侍かも……むむむ。


「ぬぅ? どうしたでござるか? やはり拙者、何か迷惑を?」

「あ、いや、大丈夫です。そうじゃなくて、えーと。あの、お侍さんはこの街に住んでいるんですか?」

否々いないな。拙者は元々、極東の島国ヒノトの者。武者修行を目的に、先日オルラヌン大陸に上陸したばかりでござるよ。それから飲まず食わずで旅をし、今朝ようやくこのヘベン市に辿り着いた故、ここで腹ごしらえ中にござる」

「おお、なるほど。ヒノトかぁ」


 どうやらヒノトと呼ばれる極東の島国は、前世で暮らしていた日本のような場所らしい。何だか訳もなく親近感が湧いた。


『極東の島国か。この大陸の他にそのような場所があるなど気付かなかったな』


 店の中に入り、今まで黙っていたエルゲアが呟くように言った。もしかしたらそれは私に当てたものではなく、単なる独り言だったのかもしれない。


「ここで会ったのも何かの縁でござろう。拙者の名はレイという。レイ・シュテン。お主は?」

「私はリィラだよ。よろしくね」


 気安い感じで名前を聞かれたので、別に隠すことなく答えた。すると、


「へー、お嬢さんはリィラって言うのかい? 素敵な名じゃねぇーか」

「え? あ、どうも」


 背後にいたテサムさんが感心したように何度か頷いた。こんな短時間であれだけど、すっかりこの人の存在を忘れてしまっていた……てへっ。


「さぁさっ! リィラちゃんも早く料理を頼みな。俺のおすすめはこれとこれだぜっ」

「ああ、そうなんですか? それじゃあそれをお願いします」

「おうっ! 任せろっ」


 メニュー表を見せられたって、私には何が書いてあるのか全く分からない。結局テサムさんが勧めてくれたままをお願いする。

 それからレイと名乗ったお侍さんとテサムさんの三人でお話をしていると、注文していた料理が運ばれてきた。

 空腹が限界突破をしていた私は、目の前に置かれた皿から放たれる芳ばしい香りに、口中に唾液が満ちていくのを感じた。


「うわぁ、美味しそうー」

「そうだろう、そうだろう? これがこの『白兎亭』の名の由来にもなった『兎肉の煮込みスープ』で、こっちが旬のキノコを使用した絶品パスタだ。どちらも俺の一押しだぞ」


 どうやら私と同じメニューを頼んでいたテサムさんが、誇らし気にこちらへ親指を上げてくる――のがまったく目に入らないくらい美味しい。ヤバい、スプーンとフォークが止まらない。


「むぐぐぅ……ふぅ。ごちそうさまでした」


 久しぶりに食べた人間らしい食事をたっぷりと堪能し、私は膨らんだお腹を擦った。いやぁ、やっぱり魔物の生肉やただ焼いただけの肉なんかよりも、キチンと調理されたご飯は美味しいや。魔物の出現に警戒する必要もないっていうのが嬉しいよね。


「へへへ。リィラちゃんに喜んでもらえて俺も嬉しいぜ」

「うん。ご馳走様、テサムさん」

「ふぃ、ご馳走様。店員殿、お勘定を――ぬぅ?」


 どうやらお侍のレイさんもようやく満足したように、懐を漁って支払いをしようとする。しかし、その顔が一瞬にして青くなった。


「あれ? どうしたのレイさん?」

「な、ないでござる……」

「えっ? なにが?」

「さ、財布……拙者の財布がないでござるっ!」


 椅子から立ち上がったレイさんは、周囲を慌てたように見渡し、それでも飽き足らずに床に這い蹲って椅子やカウンターの下を覗き込む。

 私も一緒に近くを探してみたけど、どうやらそれらしい物は落ちていないかった。


「おい、極東のお侍さんよぉ。こんだけ飲み食いしといて、まさか金が払えないなんてことはないよなぁ?」


 事態に気付いたのか、店の奥から大柄な男の人が現れた。

 威厳とか貫禄で、なんとなくこの人がこのお店のご主人であろうことは察せられる。相対するレイさんは、いっそう顔を青くして顔から汗を流している。


「ぬぅっ!? ま、待って欲しい。拙者、無銭飲食など企てておらぬ。財布を落としたようで、今、持ち合わせはござらぬが、必ず支払うつもりでござるっ」

「財布がない? そんなもん言い訳になるかっ!」

「う、うう……そうだっ! これから拙者、冒険者登録をするつもりでござるっ。冒険者になってお金を稼いでくるでござるよっ! それまでしばし、しばしの猶予をっ」

「ふざけるなっ! そんなに待てるわけないだろうっ!」


 レイさんが何か言えば言うほど、お店の人の怒りのボルテージが上がっていっている気がする。

 このままじゃレイさん、無銭飲食で衛兵に突き出されちゃうんじゃないかな?


「ちっ、こんなに食いやがって。普段なら皿洗いや店の手伝いで勘弁してやるんだが、この量じゃもうどうしようもねぇ。おい、衛兵を呼ばれたくなけりゃ、腰に差している剣を寄こしな」

「ぬぅ? こ、この刀をでござるか?」


 やがて疲れたような吐息を一つ。お店の人はレイさんが腰に携えていた、赤い鞘と柄をした剣を指差した。

 その形状は迷宮で良く拾った真っ直ぐな剣とは違って、少し湾曲している。拵えからしても、前世では『日本刀』と呼ばれていた剣のような造りだ。


「こ、これは拙者の――刀は武士の魂でござるっ! 一時とはいえ、魂を手放すなどとんでもないっ!」

「剣が魂? 何をふざけたことをっ! なら、責任取って衛兵所に連れて行かれても良いってんだな?」

いな否否いないな。拙者、未熟とはいえ武士でござる。かような無様を晒すくらいなら、ここは責任を取り、潔く腹を切って詫びる所存」


 言うや否やレイさんは、腰から鞘ごとを刀を抜くと、床に正座をして胸元をはだけさせた。その時にチラリと見えた、胸元まで覆うサラシでレイさんが女性であることはわかったけれど、今はそれどころじゃない。

 何とかしてレイさんの切腹を阻止しないと。ここで見殺しにするのは、さすがに目覚めが悪くなるよね。


「あの、その人のお代もこっちで払いますよっ」


 今まさに腹を切ろうとするレイさんと、カウンターから身を乗り出してそれを止めようとしているお店の人へ慌てて告げる。

 

「――なに? 本気で言ってんのか?」

「ぬぅ? ――本当でござるか、リィラ殿?」


 二人が一斉に私を見て来たので、私は大きく頷いた。


「はい、払いますっ! こっちのテサムさんがっ!」

「おうっ! まかせ――って俺っ?」


 我関せずと傍観していたテサムさんを指し示せば、彼はすっごく驚いた顔で自分を指差した。

 だって私はお金を持っていないし、ここはスリ師のテサムさんだけが頼りなのだ。


「な、なんで俺がこいつの分まで払わないと――」

「テサムさん。きっとここで良い事をすれば、あなたが仕出かした罪は赦されますよ」

「へっ? そりゃ何の話だい?」


 テサムさんは私の言葉に、不思議そうな顔で首を傾げた。その反応を見るに、本当に自分がスリを働いたことを忘れているようだ。 

 おい、スリを無かったことにしてもらうために私をこの店へ連れて来たんじゃないのか?なんでこの人忘れてるの?


「テサムさん、ここでレイさんの分も払わないと、あなたも衛兵のところへ行かないといけなくなりますよ?」


 しばらくの間、テサムさんを睨むように見上げていると、彼はようやく思い出したように頷いた。


「あ、ああ、そういうことか。ああ、そうだった。わかったよ、払うよ……」


 渋々といった風情で、テサムさんは懐から財布を取り出した――その瞬間だった。


「ぬぅ? あっ! それっ! 拙者のっ! 拙者の財布っ!」


 私たちのやり取りを見守っていたレイさんが、テサムさんの取り出した唐草紋様の財布を指差して大声を上げた。

 その表情を見れば、レイさんが嘘をついているようには思えない。


「な、な、何を言ってんだっ! これは俺の財布だっ! ふざ、ふざけた言いがかりをつけるんじゃ、ないっ!」


 そんなレイさんに、テサムさんがしどろもどろな弁明をする。この様子を見れば、どちらが怪しいかだなんて考えるまでもない。


「おい、お侍さん。その財布があんたのだってんなら、何か証明の手段はないのか?」


 お店の人がそう訊ねると、レイさんは腕を組んで首を捻った後、カッと大きく目を見開いた。


「ぬぅーん……銅貨でござるっ! この大陸では流通していないヒノトの銅貨を、お守り代わりに一枚いれているでござるよ」

「どれ、貸しな」

「あっ、ちょっ……」


 それを聞くとお店の人が、素早くテサムさんの手から財布を引っ手繰る。そして中身をしばらく眺めた後、ゆっくりと中から小さな小銭を取り出した。


「たしかにこの手の金は大陸にはねぇな。これか?」

「いかにもっ」


 大きく首を縦に振るレイさん。どうやら真実は明らかになったようである。


「テサムさん、あなたレイさんからも掏ってたんですか?」

「……みたいだな」


 呆れ顔でテサムさんを見上げれば、彼は観念したように力なく椅子に腰かけていた。一方対照的に、レイさんは嬉しそうな顔で取り返した財布から代金を支払っている。

 

「いやぁ、助かったでござるよリィラ殿。お主は拙者の恩人。ここの代金は、拙者が代わりに支払うでござるよ」

「大げさだよ、レイさん。大丈夫、こっちのテサムさんが私の分も払ってくれるから。ねっ、テサムさん?」

「すまん、リィラちゃんっ! 俺も今、一文無しになったんだっ!」

「……レイさん。やっぱりお支払いをお願いできるかな?」

「承知した」


 どうやらテサムさんは完全にレイさんから掏った財布の中身を当てにしていたらしい。すっかり支払い能力ゼロの穀潰しと成り果てていた。

 

「おい、あんたっ! 今、払う金がないって言ったか?」

「ひ、ひぃっ」


 おっと?

 お店の人の取り立ての対象が、レイさんからテサムさんに移ったようだ。まぁ、余罪がまだまだありそうだし、もう衛兵に突き出されても仕方ないんじゃないかな?


「り、リィラちゃん、レイさん。お、俺の分も払ってくれないか?」

「ごめんね、私も一文無しなの」

「拙者、盗人にかける情けは持ち合わせておらぬ」

「そ、そんなぁっ!」


 縋りついてくるテサムさんから身を躱し、支払いを終えたレイさんについて私も店の出口へ向かう。

 追ってこようとしたテサムさんは、お店の人に捕まって凄まれている。この後、テサムさんが衛兵に突き出されるのか、店の手伝いだけで済ませてもらえるのか分からないけど……うん。もう正直、どっちでもいいや。

 金の切れ目が縁の切れ目。テサムさん、さようなら。どうかおたっしゃでー。

 私は心の中でテサムさんに別れを告げて一礼すると、振り返らずにお店を後にした。


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