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プロローグ 不公平な世界

 人生は、まがうことなく不公平――。

 それが、十歳の頃に余命宣告された私の辿り着いた真理だった。


 幼い頃に難病と診断され、投薬による辛い副作用や数度の手術を乗り越えながら生きてきた。

 美味しい物も楽しいこともほとんど我慢させられ、ただ生きるためだけに生き続けてきた。

 頑張って頑張って、頑張って頑張って――その果ての余命宣告。

 諦めやら絶望やら、納得やら呆れやら……そしてその他諸々な感情が自分の心の中をぐちゃぐちゃに塗りつぶして、最終的に私に残ったのは怒りだった。

 怒り――そう。病気に対してだったり、私ばっかり酷い目に合わせる運命なんて存在にだったり。

 そんな理不尽な物へ対する純然たる怒りだった。憤怒だった。


 だから決めたのだ。

 生きてやると――生き抜いてやると。


 生きて、生きて、生き抜いて、私を苦しめる病気や運命に目に物を見せてやる。大往生でもって人生に幕を下ろし、そいつらに「ざまぁみろ」と言って逝ってやる。


 その一念で私は闘病に全力を注いだ。

 その結果、余命宣告から七年経っても私は生存していた。


 未だ家よりも病院にいる時間の方が長いとはいえ、病状は以前に比べはるかに落ち着いている。「このままの経過であれば退院も可能、何なら日常生活も送れるようになるだろう」と、私の担当医は嬉しそうに太鼓判を押した。

 つまり、とうとう私は病気を克服したのだ。運命に打ち勝ったのだ。


 そのことが嬉しくて嬉しくて、私はいつになく浮かれていた。

 検査前の絶食と、検査のための採血により身体はフラフラだったのに、それに気付かないくらい浮かれていた。

 だからなのだろう。

 いつもは慣れているはずの病院の階段を踏み外し、手すりを握ろうと伸ばした右手も空を搔いた。

 そして一瞬の浮遊感の後、全身を激しい衝撃と痛みが襲う。

 間違いない、階段から転げ落ちたのだ。

 周囲に人がいなかったため、転落時に誰も巻き込まなかったのは幸いだった。あるいは、不幸にも近くに誰もいなかったため助けてもらえなかった――と、言うべきなのかもしれないが……。

 踊り場で一人俯せに倒れたまま、少しずつ身体の力が抜けていくのが感じられた。

 目を開けているはずなのに、周囲の焦点が合わなくなっていく。視野がどんどん狭くなっていく。

 そんな状態だから、すぐに分かった。

 もう助からないな――って、すぐに分かった。分かってしまった。


 気づいて駆け寄ってきてくれているはずの人々の足音が、なんだか逆に遠くなっていく。

 どんどん薄れゆく意識の中、私に浮かんだのは悔しさだった。

 

 ちゃんとしたご飯を味わえなかった。

 ちゃんとした学校生活なんて送れなかった。

 ちゃんとした友達付き合いなんてできなかった。

 ちゃんとした遊びなんて楽しめなかった。

 ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと――もうそればかりだ。

 ああ、ちゃんと生きたかった。


 もし、私が生まれ変われるのなら、そうだな。

 病気にならない、極論、死なない身体が欲しいなぁ……なんて――。

 私の生は、そんな益体のない想いを残して儚く散った。


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