エンカウントは突然に
アルフレードさんとまたまた遭遇した。草や枝まみれでも元気いっぱいだ。
本日のアルフレードさんは草木の中から急に飛び出してくるパターンね。かれこれ何度目の遭遇かは私でも分からない。
彼に会うのはいつも突然。驚かないとは言わないけど、でも嬉しいのが勝っちゃうんだよね。
「ややっ、奇遇だね!」
「こんにちは。また道に迷ったんですね」
「うむ、そのようだね」
「……ふふっ! それではまたうちに寄ってくれませんか?」
「ああ! またお世話になろうかな。しかし、この頻度ではいい加減迷惑じゃないかね?」
「いいえ、ちっとも! ……あ、いえ。アルフレードさんがいらっしゃると両親も喜びますし、私も楽しいので……」
「私もだよ! 君やご両親と話していると、この森への興味をより一層かき立てられる。とても満ち足りた気持ちになるよ」
うーん、やっぱり森には負けるか……。そりゃ私になんて興味湧かないよね。
いつ見ても研究以外には興味なさそう。そんなところが好きなのだけど。
というか、アルフレードさんって恋愛とか、結婚とか、そもそも興味あるのかな?
この森にあるという遺跡に興味があるのははっきりわかるけれど。
アルフレードさん曰く、この森には古代の遺跡がある、らしい。
古代から伝わる地域の伝承。近年発掘された石碑や土地の形などから、古代の隠された秘密がここにあるのではないかと、アルフレードさんは独自に推理した。ここ数年の調査で本人的には色々発見したようだが、遺跡そのものはまだ見つかっていない。
元は国立大学院のれっきとした研究員だったと聞いた。
けれど独自過ぎて誰も理解してくれず、本人も仕事で行動が制限される状況は我慢できず辞めてしまったらしい。
今は立派な有力貴族である兄からの仕送りで一人自由に研究しているとのこと。応援してくれるお身内がいて良かった。
通常どこにも属していないはぐれ研究者だと学会では評価されにくいらしいが、それでもなかなか評価されているようだ。
「アリアはよくここで迷わないね」
「私はこの森が生まれ育ったところですから。当然です!」
「私は実家の屋敷でもよく迷子になって皆を困らせていたのになぁ。アリアは素晴らしいよ」
「あはは、そんな」
笑ってごまかしてしまった。でも、家でも迷っていたなんて初耳だ。彼らしい。アルフレードさんの方向音痴は昔からのようだ。
その中でも特にこの森ではよく迷うらしい。この森には、人の強い想いが形になるという言い伝えがある。誰が言い出したのか分からないけれど、私の家ではずっとそう教えられてきた。
でも私にとっては普通の、どこにでもあるような森。彼のように迷う人も多くて年に一人か二人くらい。かなり整備された場所だと思っている。
でも、アルフレードさんが方向音痴であり、彼にとってはこの森が迷いやすいからこそ、こうやって出会えたのだ。私はそれが嬉しくてしょうがなかった。
「昔からこの森を歩き回って、きのこや木の実、薬草を集めていただけですよ。今日だって薬草探しに来た訳ですし」
「いや、素晴らしいよ、アリアは。初めて出会った時、彷徨う私を哀れに思った森の妖精が姿を変えて助けに来てくれたのかと思ったくらいだ」
「大げさですって~」
研究者とはロマンチックなものなのか。よくこうやって大げさに褒めてくれる。
真正面からこんな事を言う相手など他にいるはずもないので正直かなり恥ずかしい。けど好きな人から褒められたら、やっぱりうれしい。
彼のことなので、自覚なく無意識に褒めている可能性が高いとしても、それでも嬉しい!
「そんな私ですが、今まで遺跡らしきものを一度も見た事がございません。でも、……あるんですよね?」
「ああ! 見つけてみせるよ!」
「ふふふ。ほんと、いつも自信たっぷりで羨ましいです!」
自信満々にこちらへガッツポーズを見せてくれるアルフレードさんに思わず頬が緩んでしまう。
純粋で明るく好奇心旺盛。情熱的で生まれが全く違う私たちにも優しくて……あなたこそ私の前に現れた妖精とか天使のようだ。
だいぶ年上なのにとっても可愛い人だと思う。
意外に可愛いとか優しいとか、自分が言われる側になると照れて黙ってしまうのでこの気持ちは心にしまっておくけど。
アルフレードさんを応援したい。けれど、本当は遺跡なんてここにはないと思っている。理由はひとつだけ。森の事なら全て知っている私達が遺跡を見た事ないからだ。
でも、アルフレードさんは本気だ。本当に見つけるつもりでここへ何度も諦めずにやって来る。そして迷っては私の前に現れる。本人は迷ってもそんなに気にしてないみたい。
……あ、また違う方向に行こうとしてる。
「そっちじゃなくてこっちですよ」
「おっと、すまないね。……そうだ、この前お願いした話の返事をそろそろ聞かせてもらえないだろうか?」
「あぁ、あのお話、ですか……」
実はこの前アルフレードさんから助手にならないかと誘われていたのだ。助手になれば私がついているので、こう頻繁に迷子にならないはずだと。
勉強も出来るし給料もちゃんともらえる。かなりの金額だった。家の手伝いしかしていない私には破格の条件の仕事だ。
その上、私の立場としては彼の自宅兼研究所へもついていけることがまず嬉しい。たまにではなくて、もっと長い間共に過ごせるのだ。
今の私は辺鄙な村の更に隅っこ、森に一番近い家で家族と暮らしている。
薬草やきのこなどを集めて加工し、それを売って日銭を稼いで暮らしている。
私の稼ぐ給金があれば家族のためにもなるし、すぐにでも返事した方が良いくらい。でも……。
「実は、あの後家族に話したんです。ですが、その、『嫁入り前の娘が、婚約者でも婿でもない男と二人で暮らすなんてとんでもない!』と叱られてしまって。……私としてはありがたい話ですしぜひお願いしたいのですが」
「……ぬぅ、あの優しいご両親に、そう言われたのかね。むむむ」
「とっても良い話です。でも、家族に反対されてまで、このお話をお受けする訳には参りません」
「そうか。そうなのか。……うーむ」
「あのっ、でも森の案内くらいならいくらでもお受けします! 家族の許しもありますし!」
「そう言われたのか……」
「あれ、アルフレードさん?」
いけない、アルフレードさんが考え込んでしまった。一度考え込むと長いんだった。私に関した事でこんなに考え込むなんて思いもよらなかったな。いくら話しかけても反応が薄い。
「嫁入り前の娘が、婚約者でもない、婿でもない男と二人」
「アルフレードさーん」
「二人っきりで暮らすのは、通常なら好き合う恋人同士か夫婦?」
「おーい……」
「確かに通常、好きでもない異性とは四六時中一緒にいたいと思わないか」
「どうしよう。このままだと日が暮れちゃう」
「そもそも断られると思ってなかった自分がいるのは一体……」
「……ん?」
まさしくこの人は今、自問自答している。それを眺めているしかできない私。
でも、なんか話が逸れてるような?
「そうか! そういう事か!」
「きゃっ、びっくりしたー!」
うつむいてブツブツ自問自答していたアルフレードさんが、急に顔を上げ大声で叫んだ。驚いた。まだ心臓がドキドキしている。
「なるほど、こういう訳かー。これは盲点だった」
「アルフレードさん?」
「アリア、まさかずっとそこに居てくれたのかね?」
「そりゃあ、まぁ。話の途中でしたし」
やっと考えが落ち着いたらしい。他の人が言うとちょっととんちんかんな返事だけど、この人にとっては普段通り。方向音痴なアルフレードさんを黙って置いて帰るほど薄情じゃない。とりあえず思考の檻から出てきたので一安心。
だが、普段と違う点に気づいた。なんだか、さっきから私をじっと見つめている?
アルフレードさんはこの世に気になることが多いのか、研究の為なのか、いつもきょろきょろ周りを見回しながら話している事が多い。こうやって私単体をマジマジと見つめられるのは初めてではないだろうか?
……まるで、自分が研究対象にでもなったかのような気分だ。
「な、何か私の顔についてます?」
「いや、何にもついてないが」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「何か、もし私に言いたい事がおありならばどうぞお先に」
「えっ、いや本人に言う事かどうか、私も迷っていてね。道にはよく迷うんだが」
「おそらく私の事ですよね? 私もそこまで見られていたら気になりますよ」
彼にじっと見つめられていると、私の気持ちも見通されているみたい。もしかして、好きだと見透かされた?
いや、だとしてもこんなに見なくたっていいよね。なんなんだろう。助手を断られたので怒っているのかも?
はぁ、いつもこんな熱い目で見つめられているなんて、本や遺跡が羨ましい。ちょっと嫉妬している。
ここら辺では見かけない青色の瞳が私を映している。王族貴族に多いらしいこの色。綺麗だと眺めているとギュッとその目が閉じられた。アルフレードさんがなぜか目線を下をそらしながら話しだした。
「それもそうだな。よし、言うぞ。私は君の事が好きなんだ」
「はい。……はい?」
「だから、手元に置いておきたいと思ったんだ。そして君のご両親の事も家庭環境も知っていたから、断られないだろうと踏んで助手の話を持ちかけたんだ。アリアを含め優しい人達だからね」
「…………」
「断られて思いもよらぬショックを受けた原因は自らの気持ちさえよく理解せずに浮かれてたからだろう」
混乱して頭が回らない。まさか、こんな形で想いが伝えられるなんて。
「恋は盲目と言うが、まさかこういう理由とはね」
アルフレードさんがふと笑った。皮肉とも照れともつかないその笑みに、混乱している状態なのに胸が少しだけ高鳴る。
「恋なんて十数年ぶりだ」
その言葉には、どこか諦めにも似た静けさがあった。アルフレードさんの過去の恋なんて私は知らない。でも、きっとその時たくさんのものをしまい込んできたのだろう。
「すっかり忘れかけていたよ」
ぽつりと零れるような声。この人が自分より大人でいろんな経験をしてきた男性なのだと改めて思った。
「……すまない。もう止めておけば良いのに、君には迷惑だろうに、何故だがまだ言わずにはいられない」
既に驚きが強すぎて固まっていたが、まだ終わっていないらしい。色々聞きたいのに、頭が追いつかず、ちゃんとした言葉が出てこない。唐突過ぎて、本当は喜ばしいことを言われているはずなのに、全然飲み込めない。食べ物だったらのどが詰まって窒息しそう。
一体まだ何を言うつもりなのか。
こっちを見ずにもごもごと口を動かしている彼へ、私の方も、混乱して動かない口を何とか動かし、その先を聞いた。
「まだ、とは? 一体それは……?」
「単刀直入、私と結婚を前提にお付き合いしないか?」
「けっ、結婚!?」
「そうだよ、婚約者や婿なら一緒にいてもおかしくない――」
もう追いつけない何かを聞かされ、思わずひっくり返りそうになった瞬間――。
「――な、なにっ? 地面が動いて、きゃあ!」
突如地面が波打った。いや、地面の底から何かが迫り上がってきたのだ。間一髪、アルフレードさんに引っ張られたおかげで、下から出現した巨大な岩らしきものにぶつかる災難を回避した。
その後も次から次へと何かが動いては揺れ、砂埃で周りは全く見えなくなった。
「――いやぁ、様々な事を夢想してきたが、現実にこのような事があるとはなぁ」
「こんなものがこの森に……嘘でしょ……」
砂埃が消え、そこに立っていたはずの木々も何処かへ消え失せ、目の前には古めかしい巨大な石づくりの建物が鎮座していた。
……いつの間にかアルフレードさんに抱きついている事に気がつく。しかしそれ以前に驚きの連続で、あまりの出来事に頭の理解が追いつかないせいか、離れようなんて思えなかった。
むしろ生まれ育った森の変わりようが怖くて、彼にもっとしがみついた。
「アリア、大丈夫かね? 実は私も腰が抜けて動けなくてね……」
動けないにもかかわらず、震えてしがみつく私を避けずに優しく背中をさすってくれる。
顔を見上げると、頼りがいのありそうな笑顔の彼がいた。
「アルフレードさん、もしかしてこれが探していた遺跡ですか?」
「まだ詳しくは調べてからの話だが、そうであって欲しいね。君といたから見つけられたんだろうし」
「えっ、本当ですか?」
「いや、根拠はない。しかし、そうに違いない」
自信満々だ。まるでそうだと私も思ってしまうくらいの笑顔。彼もまだ腰が抜けているのに。
「君と一緒なら遺跡も出てきてくれるんだ。何としてでも君を妻として迎えたい」
「えええ? 私がいたからではないですよ!」
「いや、君がいたから私はここで恋をして、ここで結婚を願い出た。……遺跡の現れる鍵がこれだ! とまではまだ決まってはないが、この問題に君は関係がある。この謎をこれから君と一緒に解いていきたい」
「えっ、ええええー?」
「もし君が嫌なら、ずっとお願いしに家へ通わせてもらう事になる」
「家に? そもそも私が嫌なら諦めるという選択肢はないんですか?」
「遺跡に対しても、好きな相手に対しても、私はしつこいぞ! 自分が方向音痴だろうが、相手が嫌がろうが、目標にガンガン向かっていく!」
「は、はぁ……」
意外かもしれない。興味なさそうだと思っていたけど、恋愛するとしつこい……情熱的だったなんて。
いや、あれだけ研究に情熱を注いでいたんだから、恋にもこのくらい一直線なのは納得できる……のかも?
……恋心に気づいた途端プロポーズだもんね。
でも私は、さっき助手を断った時も含めて、一緒にいるのが嫌だなんて一言も言った覚えはない。
そもそも考えたこともなかった。私が、アルフレードさんと……。でも嫌じゃない。むしろ、本当は……。
これが冗談……じゃないのは分かる。この真剣なまなざし、そもそも冗談を言うような人でもない。
こうやって一緒にいるのが当たり前になっていた。結婚とまでは思わなかったが、助手じゃないにしても何かしらでそばにいたかった。
急過ぎて、飲み込むのに時間がかかったのに加えて遺跡が突如現れたので言いそびれ続けているけれど、私の気持ちはなにも変わってない。
「君がいくら嫌でも、ご両親と共に毎日でも会って話して誠意と情熱を見てもら――」
「私、嫌じゃありません!」
明らかに私や両親が嫌がってる方向で話を進める相手の言葉を遮った。
「突然なのでびっくりしましたけど、私は嫌じゃありません! 両親も結婚を前提にした話なら多分大丈夫です。両親が嫌がっても……この件は私も抵抗します」
「なにっ……嫌じゃ、ない?」
「はい! だって私、アルフレードさんの事が」
「同じく好きだったのかね? こんな年上の変人。嫌がってもおかしくないぞ?」
「嫌だったらさっきから抱きついたままでいません!」
「!? やや……確かに」
突然現れた遺跡そっちのけで私達は何を話しているのだろうか。
「こういう時こそ自信たっぷりに私が自分に惚れていると言ってくれれば」
「君は勘違いしているようだ。恋愛に関しての自信がないからしつこいのだよ!」
「森の妖精とか、素晴らしいってすらすら言ってたのに……それは違うんですか?」
「……自覚していない頃の話だね。その場合は別だ」
「……でも、どうしましょう。これから毎日、一緒に過ごすって思ったら――」
「思ったら?」
「嬉しくって、にやけてきちゃいます」
遺跡の鍵が何なのか。何の遺跡なのか。疑問は尽きないけれど、それは後回し。いつも突然に出会う彼に、突然プロポーズされた。そっちの方が私にとっては大きな発見なのだ。
それに、彼も今は遺跡より私を見ている。こんな日が来るなんて、しかも突然に。
「ひとまず日も暮れそうですし、森を出ましょう」
「ああ、遺跡は名残惜しいが君もいるからね。……こっちだったかね?」
「……いいえ、真逆です。こっちですよ」
森も私達の関係も少しの時間で変わってしまった。
しかし、これからもアルフレードさんの方向音痴は変わらなさそうだ。
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